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夢じゃないから笑っとけ
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結婚相談所でいくら悲劇的なことが起こっても、日常は続いていく。
時間がそのスピードを緩めることはなく、朝は必ずやってくる。
そんな中、今日も今日とて周平は酒屋兼コンビニエンスストアもどき『マナベ』で働いていた。
梅雨入りしたばかりの雨は冷たい。
冬の間レジ横にあったスチーマーは撤去され、レジ裏の煙草が並んだ棚の横に置いてある。
普段は埃を被らないように布を被せてあるが、それが今日は稼働していた。
もちろん周平の仕業である、スチーマーの中ではあんまんが二つ蒸しあがっていた。
「ペー助、スチーマーの私用利用すんな」
「固いこと言うなよ、ターキー。俺とお前の仲じゃないか」
「ただの幼馴染だろうが」
「よう、竹馬の友よ」
「竹馬で遊んだことはねぇ」
ターキーこと真鍋達生は周平の幼馴染であり、ここマナベのオーナーの息子だ。
そのツテで周平はここで働いている。
「ターキー、お前合コンでボーリングでターキーをよく出すから渾名がターキーって言ってるらしいな」
「なんで、それを…」
ニヤァと笑った周平は、レジカウンターの前に立つ幼馴染の頬をペチペチと叩いた。
ターキーの由来はボーリングではない、七面鳥だ。
幼い頃ずんぐりとしていてなおかつ名前が達生、とくれば子ども特有のそれで容赦ない渾名を付けられた。
「ターキー、こないだリンリンが幹事の合コン行ったろ?」
林真鈴ことリンリンも二人の幼馴染だ。
リンリンは女子大、ターキーは商業系の専門学校に通っている。
リンリンふざけやがって、とターキーが悪態をついたところで自動ドアがガタガタと開いた。
洒落た音なんて鳴らない、年季の入った自動ドアは開くだけで大きな音がする。
「いらっしゃいませー」
周平は通る声で客を迎え入れ、対してターキーは客の顔を見てびくりと体を震わせた。
雨の匂いとほんのり冷たい風と共に入ってきた客はマナベの常連客だ。
周平は密かに眠さんと呼んでいた。
ターキーはそろりそろりと動いてレジ中の周平の背後に隠れた。
「850円です。はい、150円のお釣りです。ありがとうございましたー」
眠さんが二、三日に一回買っていく『眠眠破壊』は、眠さんしか買わない。
眠さんのために仕入れているようなものだ。
眠さんは襟のくたびれた長袖Tシャツにスウェットにサンダル、長く伸びた髪はだらしなく前髪の合間から見える眼光は鋭い。
そして眠さんはいつも通り無言で去っていく、と思いきや背後のターキーを一瞥して行った。
「ペー助、なにあれ?ちょー怖い」
「いっつもアレ買ってくんだ」
「俺、睨まれたような気がすんだけど」
「気のせいだろ。眠さん、いっつも顔色悪いからなぁ」
「客に渾名つけんな」
「お、もう上がりだ。じゃあな、ターキー」
マナベの営業時間は朝の六時から夜の七時まで、定休日は日曜だ。
コンビニもどきなので二十四時間営業などしない。
あくまで地元に根付いた酒屋兼コンビニもどきだ。
その内、周平の勤務時間は朝の六時から十三時までの七時間。
この時間のどこかで眠さんは現れる。
周平のあとはターキーの祖母つる婆が店番だ。
「つる婆ぁ!!交代してー」
「ぺーちゃん、おつかれさま」
幼い頃から勝手知ったる『マナベ』で周平は気持ちよく働いていた。
母屋に戻るターキーと別れて、スチーマーからあんまんを取り出す。
蒸したてのあんまんはふかふかで粒餡が熱々で美味い。
傘をさしてふと見ると店先で眠さんが座り込んで、恨みがましく空を見上げながら眠眠破壊を飲んでいた。
顰めた顔に、それはそんなに不味いんかい?と問いたくなってしまう。
周平はとっとっと眠さんに歩み寄りあんまんをひとつ渡した。
「お客さん、いつも来てくれるよね?これ、蒸したて美味しいからひとつどうぞ」
こちらを見上げる眠さんの口があんぐり開いている。
間抜け面だなぁ、と周平は軽く笑った。
そこにあんまんを突っ込んで、また来てねー!と手を振って帰る。
さわさわと落ちる雨を傘で受け止めて、あんまんを食べながら家路を歩く。
庭の紫陽花が雨に映えて美しい、スマホで写真を一枚撮ってから玄関を開けた。
「ただーいまー」
「ペー助!おかえり!」
ダダダと走ってくるのは絶賛ニート中の侑で、早く早くと腕をとられた。
「あっくん、どうした?」
「ビックニュースだよ!ビックニュース!」
「なになに?」
リビングでは大和が神妙な顔つきで正座していた。
「ペー助ぇ…」
「どした、やまち」
「やまち、あれ、ほら見せなよ!」
侑に急かされた大和がスマホを操作して、これ!と印籠のように見せられた画面を見せてきた。
──松花院撫子様
「…雑誌掲載のお願いィ!?やまち、すごいじゃん」
松花院撫子は大和がハンクラ作家として活動する時の名前だ。
フリマアプリで売る際にその宣伝になればとSNSでも情報を発信している。
周平でも知っているファッション誌『Mignon』、そこに大和の作品が紹介される。
「夢じゃないよね?」
浮かれていた侑と周平にぽとりと落とされた湿った大和の声。
「「 夢じゃないよ。嬉しいときは笑えよ、やまち 」」
泣き虫の大和を二人はぎゅうと抱きしめた。
時間がそのスピードを緩めることはなく、朝は必ずやってくる。
そんな中、今日も今日とて周平は酒屋兼コンビニエンスストアもどき『マナベ』で働いていた。
梅雨入りしたばかりの雨は冷たい。
冬の間レジ横にあったスチーマーは撤去され、レジ裏の煙草が並んだ棚の横に置いてある。
普段は埃を被らないように布を被せてあるが、それが今日は稼働していた。
もちろん周平の仕業である、スチーマーの中ではあんまんが二つ蒸しあがっていた。
「ペー助、スチーマーの私用利用すんな」
「固いこと言うなよ、ターキー。俺とお前の仲じゃないか」
「ただの幼馴染だろうが」
「よう、竹馬の友よ」
「竹馬で遊んだことはねぇ」
ターキーこと真鍋達生は周平の幼馴染であり、ここマナベのオーナーの息子だ。
そのツテで周平はここで働いている。
「ターキー、お前合コンでボーリングでターキーをよく出すから渾名がターキーって言ってるらしいな」
「なんで、それを…」
ニヤァと笑った周平は、レジカウンターの前に立つ幼馴染の頬をペチペチと叩いた。
ターキーの由来はボーリングではない、七面鳥だ。
幼い頃ずんぐりとしていてなおかつ名前が達生、とくれば子ども特有のそれで容赦ない渾名を付けられた。
「ターキー、こないだリンリンが幹事の合コン行ったろ?」
林真鈴ことリンリンも二人の幼馴染だ。
リンリンは女子大、ターキーは商業系の専門学校に通っている。
リンリンふざけやがって、とターキーが悪態をついたところで自動ドアがガタガタと開いた。
洒落た音なんて鳴らない、年季の入った自動ドアは開くだけで大きな音がする。
「いらっしゃいませー」
周平は通る声で客を迎え入れ、対してターキーは客の顔を見てびくりと体を震わせた。
雨の匂いとほんのり冷たい風と共に入ってきた客はマナベの常連客だ。
周平は密かに眠さんと呼んでいた。
ターキーはそろりそろりと動いてレジ中の周平の背後に隠れた。
「850円です。はい、150円のお釣りです。ありがとうございましたー」
眠さんが二、三日に一回買っていく『眠眠破壊』は、眠さんしか買わない。
眠さんのために仕入れているようなものだ。
眠さんは襟のくたびれた長袖Tシャツにスウェットにサンダル、長く伸びた髪はだらしなく前髪の合間から見える眼光は鋭い。
そして眠さんはいつも通り無言で去っていく、と思いきや背後のターキーを一瞥して行った。
「ペー助、なにあれ?ちょー怖い」
「いっつもアレ買ってくんだ」
「俺、睨まれたような気がすんだけど」
「気のせいだろ。眠さん、いっつも顔色悪いからなぁ」
「客に渾名つけんな」
「お、もう上がりだ。じゃあな、ターキー」
マナベの営業時間は朝の六時から夜の七時まで、定休日は日曜だ。
コンビニもどきなので二十四時間営業などしない。
あくまで地元に根付いた酒屋兼コンビニもどきだ。
その内、周平の勤務時間は朝の六時から十三時までの七時間。
この時間のどこかで眠さんは現れる。
周平のあとはターキーの祖母つる婆が店番だ。
「つる婆ぁ!!交代してー」
「ぺーちゃん、おつかれさま」
幼い頃から勝手知ったる『マナベ』で周平は気持ちよく働いていた。
母屋に戻るターキーと別れて、スチーマーからあんまんを取り出す。
蒸したてのあんまんはふかふかで粒餡が熱々で美味い。
傘をさしてふと見ると店先で眠さんが座り込んで、恨みがましく空を見上げながら眠眠破壊を飲んでいた。
顰めた顔に、それはそんなに不味いんかい?と問いたくなってしまう。
周平はとっとっと眠さんに歩み寄りあんまんをひとつ渡した。
「お客さん、いつも来てくれるよね?これ、蒸したて美味しいからひとつどうぞ」
こちらを見上げる眠さんの口があんぐり開いている。
間抜け面だなぁ、と周平は軽く笑った。
そこにあんまんを突っ込んで、また来てねー!と手を振って帰る。
さわさわと落ちる雨を傘で受け止めて、あんまんを食べながら家路を歩く。
庭の紫陽花が雨に映えて美しい、スマホで写真を一枚撮ってから玄関を開けた。
「ただーいまー」
「ペー助!おかえり!」
ダダダと走ってくるのは絶賛ニート中の侑で、早く早くと腕をとられた。
「あっくん、どうした?」
「ビックニュースだよ!ビックニュース!」
「なになに?」
リビングでは大和が神妙な顔つきで正座していた。
「ペー助ぇ…」
「どした、やまち」
「やまち、あれ、ほら見せなよ!」
侑に急かされた大和がスマホを操作して、これ!と印籠のように見せられた画面を見せてきた。
──松花院撫子様
「…雑誌掲載のお願いィ!?やまち、すごいじゃん」
松花院撫子は大和がハンクラ作家として活動する時の名前だ。
フリマアプリで売る際にその宣伝になればとSNSでも情報を発信している。
周平でも知っているファッション誌『Mignon』、そこに大和の作品が紹介される。
「夢じゃないよね?」
浮かれていた侑と周平にぽとりと落とされた湿った大和の声。
「「 夢じゃないよ。嬉しいときは笑えよ、やまち 」」
泣き虫の大和を二人はぎゅうと抱きしめた。
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