剣魔神の記

ギルマン

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第4章

7.孤児院との関係③

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 エイクは先ほどから、バルバラが「いかなる罰でも受ける」とか、「奉仕する」とか、「この身を好きに使ってくれ」などと口にするたびに、己の欲望が疼くのを感じていた。
 バルバラはエイクよりも確実に10歳以上は年上だ。だが、歳若いエイクから見ても、その女性的な魅力は些かも損なわれてはいない。むしろ成熟した色香が感じられる。
 エイクは、少し前にバルバラの肩を掴んだ時に感じた、柔らかい感触を思い出し、更に欲望を高まらせた。

(多分、俺が体を求めても、バルバラは拒まないだろうな)
 エイクはそうとも思った。
 バルバラは人に仕えるという行為を随分と大仰に考えている。そして、エイクに対して強い罪の意識や、深い恩義を感じているのも事実だろう。
 そんな彼女なら、不埒な要求にも応じると思われる。
 エイクは、直ぐ近くにある寝台を意識してしまっていた。
 もしも、エイクが一言それを望めば、今すぐにでもその体を存分に味わう事が出来るはずだ。
 エイクは、今日の予定を大幅に変えてでも、バルバラを貪りたいという抗し難い欲望を懐いていた。

(駄目だ。バルバラを抱く正当な理由はない)
 だが、エイクはそう考えて己の欲望を振り払おうと努めた。
 今更自分が女好きだということを否定するつもりはないが、欲望を感じたというだけで見境もなく女を抱く人間にはなるまいと思っていたからだ。
(父さんも、若い頃は何人も女を侍らせていたそうだが、それでも自分なりのルールを持っていたんだ。俺もそうする)
 エイクはそう自分に言い聞かせた。

 例えば、エイクは相応の金品をバルバラに提供するつもりでいる。もし、それがバルバラの方から望んだことなら、その対価として体を求めるのは、エイクの考えでは正当な行為だ。
 だが、今回はむしろ、エイクが自分の都合で金品を押し付けるのであり、エイクが対価を求めるような筋合いではない。
 また、バルバラはエイクのことを命の恩人と言った。それが事実なら、命を救った見返りにその身を望むのは、正当な要求だとエイクは考えている。
 しかし、これも、そもそもバルバラ達が命の危険に晒された事自体がエイクの行いのせいであり、それを理由に何かを要求する事自体が間違っている。
 結論として、エイクはバルバラに身を捧げろと要求する正当な理由はないと判断したのである。

(それにバルバラに不誠実な態度をとったり無体な要求をしたりすれば、アルターが不快に思うはずだ。アルターとの関係を悪化させるわけにはいかない)
 エイクはそんなことも考え、己の欲望を押さえ込んだ。
「……今すぐ頼む事はないが、お前の知識と魔法の技量には期待している。何かあればその時はよろしく頼む」
 エイクはどうにかそう伝えた。
「畏まりました」
 バルバラもそう答える。

「それじゃあ、早速子供達を集めてくれ。どうせなら実戦式の方がいいと思う。ブロンズゴーレムは用意しているな?」
「はい。常時大教室に控えさせています」
「そのゴーレムと戦うところを子供達に見てもらおう」
 エイクはそう告げると、バルバラとの話を切り上げ、大教室へと向かった。




 大きな風きり音を上げてエイクのクレイモアを右から左へと一閃されると、ブロンズゴーレムの胸に横一線の大きな傷が走り、その上半身が大きく仰け反った。
 ゴーレムは怯えて身を退くことはない。エイクの振るう剣の勢いによって、その重厚な体が物理的に弾かれたのである。

 その様子を見ていた孤児達からは歓声や悲鳴が上がった。
 エイクの剣技に感歎した者もいれば、心強い守護者と思っていたブロンズゴーレムが、容易く傷つけられた事にショックを受けた者もいたからだ。

 ブロンズゴーレムはさすがにその一撃で倒れる事はなく、上体を戻し、そのまま左右の腕をエイクに向かって振るう。
 エイクは一歩下がり、身を屈めて危なげなくその攻撃を避けた。
 そのエイクに、水の刃が襲いかかり、更にその身から炎が噴き出す。
 バルバラが顕現させた氷水の上位精霊ケルピーが放った精霊魔法“水刃斬”と、バルバラ自身が唱えた古語魔法“自然発火”が効果を表したのだ。

 エイクは、どうせなら魔法を受ける訓練も兼ねて行おうと考え、バルバラに全力で魔法攻撃も行うように命じていた。
 これを受けてバルバラは、ブロンズゴーレムの斜め後ろにケルピーを顕現させ、更にその後ろに自分が立って、それぞれエイクに向かって魔法を使ったのである。
 だが、その強力なはずの魔法攻撃は、エイクに対しては危険なほどのダメージは与えていない。エイクには、マナ活性化による魔力ダメージ軽減の能力を使わない余裕すらあった。

 エイクは逆袈裟切りにクレイモアを振り上げ、ブロンズゴーレムに当てる前に寸止めにした。
 ゴーレムを完全に破壊してしまうと、その素材となっていた物質の多くが著しく劣化して、一部しか再利用できなくなってしまう。
 それは余りにももったいないので、エイクはその一撃で倒せると思ったところで寸止めにすることにしていた。

「攻撃を止めなさい」
 バルバラの声が響く、倒されたと見なされたブロンズゴーレムの、動きを止めるための命令だ。

 エイクは続いてケルピーの方へ向かった。
 迎え撃つように“水刃斬”が放たれるが、エイクは真正面からこれに突っ込む。抵抗に成功したエイクは、やはりさほどのダメージも受けずに、たやすくその水の刃を突き抜けた。
 そして、ケルピーの馬の形をした首に向けてクレイモアを振るい、これも寸止めにした。無駄にケルピーを傷つけないためだ。

 エイクに三度“水刃斬”が襲い、バルバラの“自然発火”の魔法も再度効果を発揮した。
 しかしエイクはまったく怯まず、もう一度ケルピーの首へクレイモアを向けて寸止めにする。そこでケルピーが姿を消す。バルバラが顕現を解いたのである。打ち合わせどおりの行動だった。

 エイクは更にバルバラの方へ向かう。
 そして、エイクの体から炎が吹き上がるのとほぼ同時に、エイクが突き出したクレイモアの先端が、バルバラの胸の前で止まった。

「参りました」
 バルバラがそう告げて頭を下げた。
 それを受け、エイクもクレイモアを鞘に収める。
 バルバラはエイクの近くに歩み寄り、光の精霊に訴えかけてエイクに癒しの魔法を使った。
 バルバラとケルピーから何度も魔法攻撃を受けたエイクは、命に別状はなかったものの、さすがに無傷ではなかった。

 その後、バルバラは子供達の方に近づいた。
 エイクの戦いを目にした子供達が懐いた思いは様々なものだった。
 ある者は純粋に感歎していたし、恐怖を感じている者もいた。
 だが、その全員が途中から声を出すのも忘れ、息を飲んでエイクの戦いを見ていた。子供達にとっては、それほどの迫力があるものだったのだ。
 バルバラがその子供達に向かって声をかける。
「良く見ていましたね?これがこの国でも一番強いといわれるエイク様の戦いです。
 これを見本にあなた方も鍛錬に励むのですよ」
 その声に多くの子供達が「はい」と答え、他の者達も首を縦に振った。

 エイクはそんなバルバラや子供達を尻目に、今の模擬戦について考えを巡らせていた。
(バルバラの古語魔法の技量は大したものだ。冒険者なら上級中位くらいにはなれる。
 しかし、“自然発火”より強力な攻撃魔法が使えないというのが本当なら、攻撃の威力という点ではカテリーナの方が上だな)
 以前エイクがゴルブロ一味の脅威についてバルバラと相談した時に、バルバラは自分は攻撃魔法をあまり習得してはおらず、使える中でもっとも強力なのは“自然発火”の魔法だとエイクに伝えていた。
 そして、“自然発火”は使い勝手の良い魔法ではあるが、威力に関してはさほどではない。

(ケルピーも弱くはないが、顕現させている間は他の精霊魔法が使えなくなってしまうのが問題だ。
 ゴーレムは即座には作成できないから前衛として使うのは難しい)
 ゴーレムにの作成に関しては、“簡易ゴーレム作成”という数分しか稼動させられないが、儀式を省略できる魔法もある。数分程度の稼働時間でも、1回の戦闘だけなら十分に役に立つ。
 しかし、この魔法は実はかなり使い勝手が悪い。なぜなら、ゴーレムを作成する為の材料は必要だからだ。
 例えばブロンズゴーレムなら大量の青銅が必要になる。そんなものを持ち歩く事など普通は出来ない。
 例外的に竜牙兵の元になるのは、一握り程度の大きさで携帯可能な竜牙種という魔道具である為、即席に作成することもできる。しかし、竜牙種はかなり貴重な魔道具である上に、バルバラには、まだ竜牙兵を作成するほどの技量はない。
 更にいえば、現代の技術では、1人の魔道師が同時に操る事が出来るゴーレムは1体だけである。
 つまり、孤児院の警備にブロンズゴーレムを当たらせている限り、他のゴーレムを作成しても操る事ができない。
 結果としてバルバラがゴーレムを前衛として使うのは非常に難しい。

(バルバラを戦闘で使おうとするなら、基本的に優秀な攻撃役と組ませる必要があるな)
 と、そんなことを考えていたエイクに、「エイク様」と、孤児の一人から声がかけられた。
 エイクが声のした方を向くと、灰色の髪をした少年が立ち上がってエイクのほうを見ていた。
 その瞳には挑みかかるような、敵意すら感じるほどの強い意思が込められている。
「オルリグといいます。お願いできるなら、俺に稽古をつけてください」
 オルリグはそんなことを口にした。
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