149 / 278
第3章
59.王都の酒場にて
しおりを挟む
9月18日。
エイクが王都に帰還したその日の夜。
ゴルブロ一味の幹部であるマンセルは、王都アイラナの東新市街の酒場で4人の手下達と共に大いに酒を飲んでいた。
そして、昨夜同様にエイクの悪口を景気良く吹聴している。
マンセルは今夜も上機嫌だった。
ハリバダードの街でずっと賞金首だった彼は、今いるような表の酒場で大っぴらに酒を飲む事はほとんどなかったからだ。
(犯罪者扱いされないのは、やっぱり気が楽でいいな。
もっとも、いつまでもお行儀よくしているのも真っ平だが)
彼はそんな事を思っていた。
そして、店の中にいる女たちを物色していた。自由に動けるようになったら犯してやろうと、今から女達に目星をつけていたのだ。
彼の理想は、好き勝手に奪い、犯し、殺し、それでいて犯罪者扱いされないようになる事だ。
ゴルブロという強者について行けば、一国の裏社会を丸ごと支配して、そんな状況になるのも不可能ではないと考えていた。
そんな事を考えながら飲み食いしていたマンセルだったが、それでも彼は昨夜よりも遥かに周りを警戒していた。
エイクが帰還している事を既に把握しており、何らかの対応をしてくるだろうと予想していたからだ。
そのため、店に入って来た鎧姿の女が、真っ直ぐに自分の方に向かって来ることにも直ぐに気が付いた。
マンセルはその女の情報を心中で確認した。
(ジュディア・ラフラナン。最近エイクに奴隷として囲われて、冒険者として働かされている女。
まず女を使って来たか)
マンセルはそう考えたが、態度は全く変えず気付いてもいない態を装った。
ジュディアはそのマンセルの直ぐ近くにまで歩みよる。
彼女は上質の板金鎧を身に着け、腰にブロードソードを佩き、盾さえ持っている。完全武装だ。
そして彼女は迷わずマンセルに声をかけた。
「ゴルブロと徒党を組んでいるマンセルで間違いないな」
マンセルは急に自分の名を呼ばれても驚かなかった。
ハリバダード最強のゴルブロ一味の幹部である自分の名前は、少なくとも盗賊たちの間ではそれなりに知られている。エイクやその仲間が自分の名を知っていてもおかしくはない。
マンセルは声をかけられて初めて気付いたといった感じで、ジュディアの方に顔を向けて答えた。
「ほぅ、これはこれは、こんな綺麗なお嬢さんに名前を知ってもらっているとは嬉しいね。
そうとも、俺がマンセルだ。エイクとかいう冒険者殺しの糞餓鬼にお灸を据えてやったゴルブロ様の仲間のマンセルで間違いねえよ。
それで、俺に何の用だい?お嬢さん」
マンセルは、この後ジュディアの行動についていくつか予想を立てていた。
一番考えられるのは、エイクを蔑む発言に対して警告したり恫喝したりすることだろう。
その場合は、精々挑発して手を出すように仕向ければいい。
先に手を出してくれば、ジュディアの方が犯罪者だ。更にエイクへの悪評のネタに出来るし、場合によっては正当防衛として取り押さえて辱めてやってもいい。
そうすればエイクに対する強烈な挑発にもなるだろう。
完全武装をして来た事を考えるといきなり攻撃してくる可能性もないとはいえない。
それでも構わない。手間が省けるだけだ。
その場合は戦闘を想定して近くに仲間も忍んでおり、まともに戦っても勝てない場合もあり得る。だが、その場合はさっさと逃げればいい。
どっちに転んでも、この国においてはまだ犯罪者ではない自分に対して、先に手を出せば相手のほうが犯罪者になる。
結局はエイクを追い込むネタに出来る。
或いは、ジュディアはエイクの意思ではなく自分の意思でここに来ているということもありえる。
彼女の境遇を考えれば、エイクの支配から逃れるためにエイクの敵対者と接触をとろうと考えてもおかしくはない。
その場合は味方に引き込むべきだろう。
だが、実際のジュディアの言動はそのどれでもなかった。
ジュディアは堂々たる声で、はっきりとマンセルに告げた。
「貴様には重犯罪者として賞金がかけられている。
衛兵隊の詰所まで同行してもらおう。抵抗する場合命の保障は出来ない」
そしてマンセルの前に彼の手配書をかざした。
(は!?何でだ?まだ手配されるはずがない。偽物?)
マンセルは困惑した。とっさにその手配書が本物か偽物か判別が出来ない。
だが、どちらにしても想定外の事態であることは明らかだ。想定外の事態が起こった時どうするかは予め決めていた。
「ずらかるぞ!!」
周りの仲間に向けてそう叫び、マンセルはジュディアに向かって机を蹴り飛ばし扉に向かって走った。仲間達も後に続く。
だが、店の外の通りに飛び出したところで、右側から呪文の詠唱が聞こえた。
すると地面から土で出来た手が何本も飛び出して、マンセルと仲間達を捕らえようとする。
(魔法攻撃!?精霊魔法か!)
そう理解したマンセルは精神を奮い起こし抵抗を試みる。
その試みは成功した。
しかし、4人の部下達は3人まで土の手に捕らわれてしまった。
呪文が聞こえて来た方を見たマンセルは、10m足らずの距離のところにハーフエルフの娘がいるのを認めた。
(テティスとかいう女か!)
マンセルはそう判断した。彼はエイクの下で働いている女ばかりの冒険者パーティの構成を把握していた。
(近くに他の連中もいるはずだ)
そしてそうとも思った。
今見えているのはテティスだけだが、他の者達もテティスの近くに居るはずである。
自分が逃走ではなく、店内でジュディアを攻撃した場合に備えて、直ぐに店内に踊りこめる場所にパーティメンバー全員がいたはずだからだ。
その考えに基づき、マンセルは通りのテティスがいるのと反対へ向かって駆け出した。
とにかく今は逃走を最優先にするしかない。そう考えたのだ。
魔法による拘束を逃れた部下の1人も後に続く。
そのマンセル達に突っ掛かってくる2つの人影があった。
一つは薄浅葱色の髪をした少女で、ショートソードを手にマンセルの部下の前に立ち塞がる。
エイクに従う冒険者パーティ“黄昏の蛇”の一員となった、元闇司祭のルイーザだ。
もう一つは150cmほどの小柄な者で、フード付のローブを羽織っている。
その人影は、マンセルの行く手を阻むと、両腕を同時に突き出して攻撃した。
その両腕は石で出来ていた。それはストーン・サーヴァントだった。
容易くストーン・サーヴァントの攻撃を避けたマンセルだったが、足は止まってしまう。
そして彼は、通りの少し先に精緻なローブを身に着けた女がいて、呪文を詠唱している事に気付いた。
やはり“黄昏の蛇”のメンバーのカテリーナだ。
カテリーナの呪文は直ぐに完成し、空中に1mほどの長さの半透明の鋭い六角錐が2つ浮かぶ。そして、マンセルと部下に一つずつ激突した。古語魔法“魔力の投槍”だった。
(ぐッ!!)
マンセルは痛みに堪える。
そして(挟み撃ちだと!舐めやがって!)と心中で叫んだ。
戦力を集中させずに二手に分けたという事は、より安全で確実に勝つ事よりも、逃走を阻止する事を重視したからだ。
同時にそれは、自分達の方がマンセルたちよりも格上だと判断しているが故の行動でもある。
そして忌々しい事に、マンセルはその判断は適切だと認めざるを得なかった。
なにしろ既に3人の部下が移動を封じられ、自分ともう1人の部下も“魔力の投槍”の一撃でかなりのダメージを負ってしまったのだから。
そこに更にテティスが精霊魔法を放った。
先ほどと同じ“大地の捕縛”の魔法である。
今回はマンセルの部下1人だけを標的にしている。
テティスのマナの量ではそれが限界だった。
だが、この魔法によってその男もその場に拘束されてしまう。
そしてテティスは、仲間達に指示を出した。
「ルイーザ、マンセルを逃がさないで」
「分かりました」
「カテリーナ、その場所だと投げナイフで狙われる。サーヴァントの近くに寄って自分を守らせながら戦いなさい」
「分かったわ」
ルイーザとカトリーヌはそれぞれそう応えてテティスの指示に従い、マンセルの近くに向かう。
「ジュディアはそのままその3人を1人ずつ潰して」
「承知した」
ジュディアもそう応える。
彼女は既に、店を出たところで拘束されたマンセルの部下3人の内の1人を攻撃していた。
拘束しているうちに確実に倒す為だ。
ジュディアに攻撃された男も反撃を当てていたが、板金鎧を纏い防御力強化の錬生術も使用したジュディアには全くダメージを与えられていない。
残りの2人のマンセルの部下は、テティスに向かって投げナイフを投げたが、テティスはそれを辛うじて避ける。
(とにかく逃げるしかねぇ!)
あっという間に更に悪化した情勢を受けて、マンセルはそう判断せざるを得なかった。
そして、自分を取り囲もうとするストーン・サーヴァントとルイーザ、更にカテリーナの動きを見極め、隙をついて離脱を計った。
その試みは成功しそうだった。
ストーン・サーヴァントは意外に素早く動いたし、ルイーザの身のこなしは中々のものだ。
しかし、熟練の斥候で軽戦士でもあるマンセルには遠く及ばない。
マンセルは、両者の攻撃を上手くすり抜けた。
そして、背後から放たれたテティスの弓矢すら器用に避ける。
こうなれば、戦闘技術を持たないカテリーナにマンセルを止めることは出来ない。
そのはずだった。
だが、カテリーナがまた呪文を唱え終わると、マンセルを猛烈な眠気が襲った。
(“誘眠”の魔法か!)
そう気付いたマンセルだったが、抵抗する事はできなかった。
彼は魔法への抵抗を助ける護符も携帯しておりそれも使用したが、それでも届かなかった。
カテリーナは元々冒険者として上級下位に位置づけられていた魔術師で、特に攻撃魔法の強力さには定評があった。その上、魔法の指輪で己の魔力を底上げしている。
エイクに対しては全く効かなかったが、本来その魔法は大きな威力を持つものだったのだ。
結局カテリーナの魔力に抗し得なかったマンセルは、その場に膝をつき、次いでうつぶせに倒れて眠りについた。
“誘眠”の魔法は、対象に自然な眠りを与えるもので、対象は一度寝てしまっても、周りで大きな音がしたり、軽く触れられたりするだけで普通に起きる事ができる。つまり、一撃必殺の魔法ではない。
だが今は、マンセルを直ぐに起こしてくれる者はいなかった。
「その男の上に乗って押さえ込みなさい」
カテリーナがマンセルを指差し、ストーン・サーヴァントにそう指示する。
ストーン・サーヴァントは忠実に命に従い、マンセルの上に座った。
周りの喧騒により早くも目覚めそうになっていたマンセルだったが、間一髪間に合わずストーン・サーヴァントに乗られてしまう。こうなってはもはや逃れる術はない。
ストーン・サーヴァントは、更にマンセルの両肩を掴んで彼を確実に押さえ込んだ。
これで実質的に勝負ありだった。
移動を封じられたマンセルの部下達は、それぞれ戦いを続けたが勝ち目はなかった。
まずジュディアの攻撃を受けていた者が最初に倒れた。
軽戦士である彼にとって、重武装のジュディアはただでさえ相性の悪い相手だ。その上、拘束され持ち味の身軽な動きを封じられては、まるで歯が立たなかった。
次に、最初の“大地の捕縛”の魔法を逃れて、マンセルと共にルイーザとカテリーナがいた方へ向かって逃げて来た男が、テティスに弓矢で射られ、ルイーザにショートソードで攻撃され、留めにカテリーナの“魔力の投槍”を受けて倒れた。
その“魔力の投槍”は、通常以上の大成功となって彼の胸を貫き、その身を貫通する大きな穴を開けた。完全な致命傷だ。
会心の一撃を決めたカテリーナは、「やったわ!」と声に出し、両手で軽く握りこぶしを作って喜びを顕わにした。
彼女は、エイクによってずたずたに傷つけられていた優秀な魔術師としての誇りを、少しは取り戻せたと思っていた。
残った2人の男はテティスに繰り返し投げナイフを投擲して、せめてもの反撃を試みていた。
そのうちの1本はテティスを捉え、けして小さくはないダメージを与えた。
だが、そこまでだった。
テティスの弓矢と、カテリーナの“魔力の投槍”、そしてジュディアのブロードソードの攻撃を受けた2人は順番に倒れた。
戦闘を終え、テティスは改めて仲間達に指示を出した。
「ジュディアは、念のためマンセルを見張っていて。
カテリーナとルイーザは息のある者達を縛り上げてから、周りの人たちに事情を説明しておいて。
私は店の主人に説明して来るから」
テティスの指示を受けた3人は、それぞれ承諾の応えを返し、指示に従って動き出す。
それを確認したテティスは、光の精霊に訴えかけて手早く自分の傷を治すと、マンセル達がいた店の中に入っていった。
本人が告げたとおり、今の騒ぎに関する事情を店の者に説明するつもりだった。
エイクが王都に帰還したその日の夜。
ゴルブロ一味の幹部であるマンセルは、王都アイラナの東新市街の酒場で4人の手下達と共に大いに酒を飲んでいた。
そして、昨夜同様にエイクの悪口を景気良く吹聴している。
マンセルは今夜も上機嫌だった。
ハリバダードの街でずっと賞金首だった彼は、今いるような表の酒場で大っぴらに酒を飲む事はほとんどなかったからだ。
(犯罪者扱いされないのは、やっぱり気が楽でいいな。
もっとも、いつまでもお行儀よくしているのも真っ平だが)
彼はそんな事を思っていた。
そして、店の中にいる女たちを物色していた。自由に動けるようになったら犯してやろうと、今から女達に目星をつけていたのだ。
彼の理想は、好き勝手に奪い、犯し、殺し、それでいて犯罪者扱いされないようになる事だ。
ゴルブロという強者について行けば、一国の裏社会を丸ごと支配して、そんな状況になるのも不可能ではないと考えていた。
そんな事を考えながら飲み食いしていたマンセルだったが、それでも彼は昨夜よりも遥かに周りを警戒していた。
エイクが帰還している事を既に把握しており、何らかの対応をしてくるだろうと予想していたからだ。
そのため、店に入って来た鎧姿の女が、真っ直ぐに自分の方に向かって来ることにも直ぐに気が付いた。
マンセルはその女の情報を心中で確認した。
(ジュディア・ラフラナン。最近エイクに奴隷として囲われて、冒険者として働かされている女。
まず女を使って来たか)
マンセルはそう考えたが、態度は全く変えず気付いてもいない態を装った。
ジュディアはそのマンセルの直ぐ近くにまで歩みよる。
彼女は上質の板金鎧を身に着け、腰にブロードソードを佩き、盾さえ持っている。完全武装だ。
そして彼女は迷わずマンセルに声をかけた。
「ゴルブロと徒党を組んでいるマンセルで間違いないな」
マンセルは急に自分の名を呼ばれても驚かなかった。
ハリバダード最強のゴルブロ一味の幹部である自分の名前は、少なくとも盗賊たちの間ではそれなりに知られている。エイクやその仲間が自分の名を知っていてもおかしくはない。
マンセルは声をかけられて初めて気付いたといった感じで、ジュディアの方に顔を向けて答えた。
「ほぅ、これはこれは、こんな綺麗なお嬢さんに名前を知ってもらっているとは嬉しいね。
そうとも、俺がマンセルだ。エイクとかいう冒険者殺しの糞餓鬼にお灸を据えてやったゴルブロ様の仲間のマンセルで間違いねえよ。
それで、俺に何の用だい?お嬢さん」
マンセルは、この後ジュディアの行動についていくつか予想を立てていた。
一番考えられるのは、エイクを蔑む発言に対して警告したり恫喝したりすることだろう。
その場合は、精々挑発して手を出すように仕向ければいい。
先に手を出してくれば、ジュディアの方が犯罪者だ。更にエイクへの悪評のネタに出来るし、場合によっては正当防衛として取り押さえて辱めてやってもいい。
そうすればエイクに対する強烈な挑発にもなるだろう。
完全武装をして来た事を考えるといきなり攻撃してくる可能性もないとはいえない。
それでも構わない。手間が省けるだけだ。
その場合は戦闘を想定して近くに仲間も忍んでおり、まともに戦っても勝てない場合もあり得る。だが、その場合はさっさと逃げればいい。
どっちに転んでも、この国においてはまだ犯罪者ではない自分に対して、先に手を出せば相手のほうが犯罪者になる。
結局はエイクを追い込むネタに出来る。
或いは、ジュディアはエイクの意思ではなく自分の意思でここに来ているということもありえる。
彼女の境遇を考えれば、エイクの支配から逃れるためにエイクの敵対者と接触をとろうと考えてもおかしくはない。
その場合は味方に引き込むべきだろう。
だが、実際のジュディアの言動はそのどれでもなかった。
ジュディアは堂々たる声で、はっきりとマンセルに告げた。
「貴様には重犯罪者として賞金がかけられている。
衛兵隊の詰所まで同行してもらおう。抵抗する場合命の保障は出来ない」
そしてマンセルの前に彼の手配書をかざした。
(は!?何でだ?まだ手配されるはずがない。偽物?)
マンセルは困惑した。とっさにその手配書が本物か偽物か判別が出来ない。
だが、どちらにしても想定外の事態であることは明らかだ。想定外の事態が起こった時どうするかは予め決めていた。
「ずらかるぞ!!」
周りの仲間に向けてそう叫び、マンセルはジュディアに向かって机を蹴り飛ばし扉に向かって走った。仲間達も後に続く。
だが、店の外の通りに飛び出したところで、右側から呪文の詠唱が聞こえた。
すると地面から土で出来た手が何本も飛び出して、マンセルと仲間達を捕らえようとする。
(魔法攻撃!?精霊魔法か!)
そう理解したマンセルは精神を奮い起こし抵抗を試みる。
その試みは成功した。
しかし、4人の部下達は3人まで土の手に捕らわれてしまった。
呪文が聞こえて来た方を見たマンセルは、10m足らずの距離のところにハーフエルフの娘がいるのを認めた。
(テティスとかいう女か!)
マンセルはそう判断した。彼はエイクの下で働いている女ばかりの冒険者パーティの構成を把握していた。
(近くに他の連中もいるはずだ)
そしてそうとも思った。
今見えているのはテティスだけだが、他の者達もテティスの近くに居るはずである。
自分が逃走ではなく、店内でジュディアを攻撃した場合に備えて、直ぐに店内に踊りこめる場所にパーティメンバー全員がいたはずだからだ。
その考えに基づき、マンセルは通りのテティスがいるのと反対へ向かって駆け出した。
とにかく今は逃走を最優先にするしかない。そう考えたのだ。
魔法による拘束を逃れた部下の1人も後に続く。
そのマンセル達に突っ掛かってくる2つの人影があった。
一つは薄浅葱色の髪をした少女で、ショートソードを手にマンセルの部下の前に立ち塞がる。
エイクに従う冒険者パーティ“黄昏の蛇”の一員となった、元闇司祭のルイーザだ。
もう一つは150cmほどの小柄な者で、フード付のローブを羽織っている。
その人影は、マンセルの行く手を阻むと、両腕を同時に突き出して攻撃した。
その両腕は石で出来ていた。それはストーン・サーヴァントだった。
容易くストーン・サーヴァントの攻撃を避けたマンセルだったが、足は止まってしまう。
そして彼は、通りの少し先に精緻なローブを身に着けた女がいて、呪文を詠唱している事に気付いた。
やはり“黄昏の蛇”のメンバーのカテリーナだ。
カテリーナの呪文は直ぐに完成し、空中に1mほどの長さの半透明の鋭い六角錐が2つ浮かぶ。そして、マンセルと部下に一つずつ激突した。古語魔法“魔力の投槍”だった。
(ぐッ!!)
マンセルは痛みに堪える。
そして(挟み撃ちだと!舐めやがって!)と心中で叫んだ。
戦力を集中させずに二手に分けたという事は、より安全で確実に勝つ事よりも、逃走を阻止する事を重視したからだ。
同時にそれは、自分達の方がマンセルたちよりも格上だと判断しているが故の行動でもある。
そして忌々しい事に、マンセルはその判断は適切だと認めざるを得なかった。
なにしろ既に3人の部下が移動を封じられ、自分ともう1人の部下も“魔力の投槍”の一撃でかなりのダメージを負ってしまったのだから。
そこに更にテティスが精霊魔法を放った。
先ほどと同じ“大地の捕縛”の魔法である。
今回はマンセルの部下1人だけを標的にしている。
テティスのマナの量ではそれが限界だった。
だが、この魔法によってその男もその場に拘束されてしまう。
そしてテティスは、仲間達に指示を出した。
「ルイーザ、マンセルを逃がさないで」
「分かりました」
「カテリーナ、その場所だと投げナイフで狙われる。サーヴァントの近くに寄って自分を守らせながら戦いなさい」
「分かったわ」
ルイーザとカトリーヌはそれぞれそう応えてテティスの指示に従い、マンセルの近くに向かう。
「ジュディアはそのままその3人を1人ずつ潰して」
「承知した」
ジュディアもそう応える。
彼女は既に、店を出たところで拘束されたマンセルの部下3人の内の1人を攻撃していた。
拘束しているうちに確実に倒す為だ。
ジュディアに攻撃された男も反撃を当てていたが、板金鎧を纏い防御力強化の錬生術も使用したジュディアには全くダメージを与えられていない。
残りの2人のマンセルの部下は、テティスに向かって投げナイフを投げたが、テティスはそれを辛うじて避ける。
(とにかく逃げるしかねぇ!)
あっという間に更に悪化した情勢を受けて、マンセルはそう判断せざるを得なかった。
そして、自分を取り囲もうとするストーン・サーヴァントとルイーザ、更にカテリーナの動きを見極め、隙をついて離脱を計った。
その試みは成功しそうだった。
ストーン・サーヴァントは意外に素早く動いたし、ルイーザの身のこなしは中々のものだ。
しかし、熟練の斥候で軽戦士でもあるマンセルには遠く及ばない。
マンセルは、両者の攻撃を上手くすり抜けた。
そして、背後から放たれたテティスの弓矢すら器用に避ける。
こうなれば、戦闘技術を持たないカテリーナにマンセルを止めることは出来ない。
そのはずだった。
だが、カテリーナがまた呪文を唱え終わると、マンセルを猛烈な眠気が襲った。
(“誘眠”の魔法か!)
そう気付いたマンセルだったが、抵抗する事はできなかった。
彼は魔法への抵抗を助ける護符も携帯しておりそれも使用したが、それでも届かなかった。
カテリーナは元々冒険者として上級下位に位置づけられていた魔術師で、特に攻撃魔法の強力さには定評があった。その上、魔法の指輪で己の魔力を底上げしている。
エイクに対しては全く効かなかったが、本来その魔法は大きな威力を持つものだったのだ。
結局カテリーナの魔力に抗し得なかったマンセルは、その場に膝をつき、次いでうつぶせに倒れて眠りについた。
“誘眠”の魔法は、対象に自然な眠りを与えるもので、対象は一度寝てしまっても、周りで大きな音がしたり、軽く触れられたりするだけで普通に起きる事ができる。つまり、一撃必殺の魔法ではない。
だが今は、マンセルを直ぐに起こしてくれる者はいなかった。
「その男の上に乗って押さえ込みなさい」
カテリーナがマンセルを指差し、ストーン・サーヴァントにそう指示する。
ストーン・サーヴァントは忠実に命に従い、マンセルの上に座った。
周りの喧騒により早くも目覚めそうになっていたマンセルだったが、間一髪間に合わずストーン・サーヴァントに乗られてしまう。こうなってはもはや逃れる術はない。
ストーン・サーヴァントは、更にマンセルの両肩を掴んで彼を確実に押さえ込んだ。
これで実質的に勝負ありだった。
移動を封じられたマンセルの部下達は、それぞれ戦いを続けたが勝ち目はなかった。
まずジュディアの攻撃を受けていた者が最初に倒れた。
軽戦士である彼にとって、重武装のジュディアはただでさえ相性の悪い相手だ。その上、拘束され持ち味の身軽な動きを封じられては、まるで歯が立たなかった。
次に、最初の“大地の捕縛”の魔法を逃れて、マンセルと共にルイーザとカテリーナがいた方へ向かって逃げて来た男が、テティスに弓矢で射られ、ルイーザにショートソードで攻撃され、留めにカテリーナの“魔力の投槍”を受けて倒れた。
その“魔力の投槍”は、通常以上の大成功となって彼の胸を貫き、その身を貫通する大きな穴を開けた。完全な致命傷だ。
会心の一撃を決めたカテリーナは、「やったわ!」と声に出し、両手で軽く握りこぶしを作って喜びを顕わにした。
彼女は、エイクによってずたずたに傷つけられていた優秀な魔術師としての誇りを、少しは取り戻せたと思っていた。
残った2人の男はテティスに繰り返し投げナイフを投擲して、せめてもの反撃を試みていた。
そのうちの1本はテティスを捉え、けして小さくはないダメージを与えた。
だが、そこまでだった。
テティスの弓矢と、カテリーナの“魔力の投槍”、そしてジュディアのブロードソードの攻撃を受けた2人は順番に倒れた。
戦闘を終え、テティスは改めて仲間達に指示を出した。
「ジュディアは、念のためマンセルを見張っていて。
カテリーナとルイーザは息のある者達を縛り上げてから、周りの人たちに事情を説明しておいて。
私は店の主人に説明して来るから」
テティスの指示を受けた3人は、それぞれ承諾の応えを返し、指示に従って動き出す。
それを確認したテティスは、光の精霊に訴えかけて手早く自分の傷を治すと、マンセル達がいた店の中に入っていった。
本人が告げたとおり、今の騒ぎに関する事情を店の者に説明するつもりだった。
0
お気に入りに追加
84
あなたにおすすめの小説
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
男女比の狂った世界で愛を振りまく
キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。
その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。
直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。
生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。
デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。
本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。
※カクヨムにも掲載中の作品です。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
男女比世界は大変らしい。(ただしイケメンに限る)
@aozora
ファンタジー
ひろし君は狂喜した。「俺ってこの世界の主役じゃね?」
このお話は、男女比が狂った世界で女性に優しくハーレムを目指して邁進する男の物語…ではなく、そんな彼を端から見ながら「頑張れ~」と気のない声援を送る男の物語である。
「第一章 男女比世界へようこそ」完結しました。
男女比世界での脇役少年の日常が描かれています。
「第二章 中二病には罹りませんー中学校編ー」完結しました。
青年になって行く佐々木君、いろんな人との交流が彼を成長させていきます。
ここから何故かあやかし現代ファンタジーに・・・。どうしてこうなった。
「カクヨム」さんが先行投稿になります。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる