惨劇の廃墟の死者の声

ギルマン

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9.死者の声

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「ぐげげッ」
 三度武器を交わしたところで、モードアがそんな声をあげます。その様子は余裕を取り戻しているように見えます。
 私には全く余裕はありません。
 モードアの攻撃はやはり鋭く、錬生術を用いても避けるのがやっとです。
 こちらの攻撃を当てることは出来るのですが、その皮膚は粘液に守られており、更に異様なほどに弾力があって、容易に切り裂く事が出来ず、効果的なダメージを与えられません。

 モードアが私の胸目掛けて巨大鋏を突き出します。
 後退が足りず、その鋏はハードレザーアーマーの胸当を貫き、私の胸元を傷つけました。
「つッ!」
 思わずそんな声をあげてしまいます。
 それほど、私が受けたダメージは大きなものでした。もう一撃喰らえば、死んでしまうか、少なくともまともに戦えなくなってしまうでしょう。

(勝てない……)
 私の、戦う者としての経験が、そんな非情な予想を教えます。
 敵はけして許してはならない邪悪な存在なのに、私は絶対に負けないという強烈な意思を持って戦っているのに、それでも勝てない。
 強くなければ、善悪や気持ちだけでは、敵に勝つことは出来ない。
 どれほど真摯な思いで、決死の覚悟で戦っても、弱ければ悪しき者にも敗れてしまう。
 そんな単純で残酷な真実が私の目の前に迫っています。

 やがて、私のマナが底をつき、錬生術を継続させる事が出来なくなりました。
 これでは攻撃を回避することは至難です。
 どうせ当てられるなら攻撃に全てをかけるべき。そう考えた私は、回避を考えずに、渾身の力を込めた一撃をモードアに向かって振り下ろしました。

 その攻撃はモードアの左肩を捉えました。そして深く切り裂き、少なくないダメージを与えます。
「グガッ」
 モードアはそんな苦悶の声を上げました。しかし、倒すには至っていません。
 そして反撃とばかりに、私の首めがけて、開いた状態の鋏を突き出そうとします。
 大きく体勢を崩してしまっている私に、その攻撃を避ける術はありません。
 それでも、私はその攻撃を避けるために懸命に体を動かそうと努めます。例え無駄と分かっても、最後の最後まで全力を尽くすべきだからです。

 その瞬間、私の体の中で、私以外の者の意思が働くのが感じられました。
 そして、私の意志によらず、私の口が言葉を紡ぎます。
「常闇よ!」
「ゲ!?」
 モードアが困惑の声をあげ、その攻撃が乱れます。
 モードアの鋏は、懸命に回避しようとしている私の首をかすめて閉じられました。
 私の首から血が吹き出ます。直撃は避けましたが、このままでは遠からず出血で死ぬでしょう。
 けれど、即死ではありません。少なくとも、もう少しだけは動く事が可能です。
 そして今は、そのことこそが重要です。

 「ゲア、ア」
 モードアはそんな声を上げて首を振っています。
(見えていない!?)
 モードアの挙動はそんな印象を与えるものです。
 いずれにしても、この機会を逃す事はできません。
 と、私が攻撃に移ろうとしたその時、また意図せずに私の口から言葉が紡がれます。

「神よ、世にあるべからざる者へ、討滅の裁きを与えたまえ」
「ゲガアアァァァ」
 モードアがそんな叫び声を上げ、その全身が激しく震えます。相当のダメージを負っているようです。
 そのモードアの胸に向かって、私は全身の力を込めてシャムシールを突きだし、ほとんど無理やり刺し貫きました。

「ガッ」
 そんな声を最後に、モードアの動きが止まります。
 私がシャムシールを引き抜くと、その体がうつ伏せに倒れます。
 私はそのモードアの体の横を通って、呪印へと急ぎました。モードアの生死を確認する余裕すらありません。もう間もなく、体を動かす事も出来なくなることが分かっていたからです。

 どうにか私は、呪印の下にたどり着き、そして、最後の力を振り絞ってシャムシールを突き立てました。
 呪印から穢れたような黄色の光が消えていきます。
(壊せた、のでしょうか?)
 そう思いつつ、私はその場に倒れこみました。どうやら、ここまでのようです。

「大いなる癒しを」
 そんな声が、また私の口から発せられました。
 体が軽くなるような気がします。
 そして、私の体から何かが抜け出ていくのが感じられます。
 私が視線を動かすと、そこには、最初に私に憑依したゴースト、レーシアさんの姿を見ることが出来ました。
 彼女は、あの後もずっと私の中にいたのです。そして、神聖魔法と思われる術を用いて、モードアを攻撃してくれたのでしょう。
(あなたが?)
 私はそう問いかけようとしましたが、声になりませんでした。

 レーシアさんはうなずくような仕草をします。
 ――――ありがとう
 そして、そんな声が聞こえたような気がしました。
 レーシアさんの姿は薄れ、消えていきます。
 それとほとんど同時に、私は意識を手放しました。
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