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理不尽な男
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翌朝。マリーベルは何時になく爽やかな目覚めを迎えていた。気力か何かが体に満ちているような感覚すら感じる。
彼女は今日は賢者の学院に行って勉学に励むつもりだった。
ヘンリーに捨てられない為ではなく、多くの人に求められる人間になる為という意識で、もう一度勉強をしてみたい。
彼女はそう考えていた。
賢者の学院内の大図書室で書籍に当たっていたマリーベルは、図書室がざわついたのに気が付いて顔を上げた。
「え?」
そして驚きの余りそんな声を上げて、思わず立ち上がってしまう。
足音を立ててこちらに向かって来るヘンリーを目にしたからだ。
先ほどのざわめきは、ヘンリーが勢い良く図書室内に入って来た為に起こったものだったようである。
「何をやっている!」
ヘンリーは、マリーベルの近くまで来ると、いきなりそう怒鳴った。
「こんなところで大声を出さないでください」
マリーベルはそう告げると、慌ててヘンリーを図書室から連れ出した。
そのまま怒鳴り続けそうだったからだ。
マリーベルはどうにかヘンリーを学院の裏庭の人目につかない場所に連れてゆくことに成功した。
マリーベルが足を止めるのとほとんど同時に、またヘンリーが怒鳴った。
「何をやっていたんだ!」
「勉強です。今日は冒険者の仕事は何も入っていないのですから、私が何をしていても構わないはずです」
「何で俺のところに来ないんだ!」
(話しがまるで通じない)
そう思ってマリーベルは困惑した。
確かに以前のマリーベルは、基本的にヘンリーの近くにいて少しでもその役に立とうとしていた。
賢者の学院などに出かける時にも、必ず彼に声をかけていた。
だが、ヘンリーはそのマリーベルを疎んじて、「邪魔だ」とか「とっとと失せろ」とか言っていたではないか。
なぜ今になって、自分のところに来ないという理由で怒って、学院にまで迷惑をかけるのだろうか。そう思うと、マリーベルの困惑はいっそう深まった。
「あなたの近くに行かなければならない、などというルールはなかったはずです。
そして、最初に言った様に、今日は何の予定も入っていなかったんですから、何をするのも私の自由です」
「口答えをするな!」
そう言うや、ヘンリーはマリーベルを平手打ちした。
それは何の遠慮もないもので、受けた衝撃を支えきれずに、マリーベルはその場に倒れてしまった。
そして彼女は、精神的にも大きな衝撃を受けていた。
彼女がヘンリーに打たれるのはこれが始めてではない。
だが、今までマリーベルはヘンリーが怒るのは自分のせいだと考え、己を責めていた。
しかし、今の仕打ちはどう考えてもマリーベルが悪いとはいえない。明らかに道理の通らない、不当な暴力だ。マリーベルはそのことに気付いた。
いや、今回だけではない。今までもずっとマリーベルが叩かれる道理などなかった。
自分はずっと不当な暴力に晒されていた。
その事実に今更気が付いたことが、彼女にとって衝撃だったのだ。
「ちッ、いいか! 今後は俺の言うことには絶対に逆らうなよ」
じっと動かずにいるマリーベルに、ヘンリーは舌打ちを打つと一方的にそう言い捨てて去っていった。
(逆らうなって、どういうことなの。これからもこんな理不尽な仕打ちを受け続けろというの?)
そう考えたマリーベルの心に、長いこと忘れていた感情が湧き起こった。
それは怒りだった。
(もう、こんな目にはあいたくない。こんなことをされるなら……、もう、ヘンリーの傍になんて、いたくない)
マリーベルは、ついにそのような意思を持つに至った。
それは、幼いことから彼女を捕らえていた心の牢獄に、深い亀裂が穿たれた瞬間だった。
そして彼女の心に、現状を受け入れたくないという意思が強く沸き上がった。
(どうして私はこんな目にあわされているの?どうして逃れる事が出来ないの? どうして……)
―――弱いからだ。
“治療師”の言葉が思い起こされた。
マリーベルはなお暫らく立ち上がることが出来なかった。
やがて、マリーベルは図書室に戻って勉強を再開した。他にすることも思いつかなかったからだ。
そして、暗くなる頃に冒険者の店に戻った。
そこを宿にしているのだからやむを得ない。
出来れば会いたくなかったが、ヘンリーは冒険者の店の1階に居た。
だが、ヘンリーの顔は思いのほか穏やかなものになっている。
そして意外にも優しげな声色でマリーベルに話しかけて来た。
「昼間は悪かったな。話をしたいと思った時にいなかったから気がたっちまったんだ。
詫びの印にとっておいてくれ」
そう言って、長細い箱に入った何かをマリーベルに差し出す。
その中にはペンダントが入っていた。それなりの値打ちものに見える。
少し前のマリーベルなら歓喜の声を上げただろう。喜びの涙され流したかも知れない。
しかし、今のマリーベルにはそれはただ白々しいもののように思えた。
彼女はむしろ、ヘンリーによって壊されたり捨てられたりした、彼女の大切な品々の事を思った。その中には、両親の形見の品すら含まれている。
(こんなものを送られても今更だわ)
そんな事を考えつつも、マリーベルは「謝罪を受け入れます。ありがとうございます」と答え、ペンダントを受け取った。ここでまた騒ぎを起こしたくなかったからだ。
「お、おお、そうか」
ヘンリーはそう答える。何か困惑しているようにも見えたが、マリーベルは気にせず2階の自室に向かった。
彼女はヘンリーのこの行動の意味を考えていた。
(やはり、私も役に立つことはあると思い直したのかしら)
それはありえることだと思えた。
マリーベルは今の自分に出来る事を、出来るだけ客観的に評価し、やはり冒険者にとっては役に立つものであるはずだ、との結論を出していた。
ヘンリーが同じ結論に至ったとしてもおかしくはない。
(少しでも、彼が私を必要とするなら、昔に戻れる可能性もあるのかしら)
そしてそんなことを考えてみた。可能性が全くないということはないように思えた。
彼女はまた、昔の幸せだった頃の自分とヘンリーの関係を思い出していた。
彼女は今日は賢者の学院に行って勉学に励むつもりだった。
ヘンリーに捨てられない為ではなく、多くの人に求められる人間になる為という意識で、もう一度勉強をしてみたい。
彼女はそう考えていた。
賢者の学院内の大図書室で書籍に当たっていたマリーベルは、図書室がざわついたのに気が付いて顔を上げた。
「え?」
そして驚きの余りそんな声を上げて、思わず立ち上がってしまう。
足音を立ててこちらに向かって来るヘンリーを目にしたからだ。
先ほどのざわめきは、ヘンリーが勢い良く図書室内に入って来た為に起こったものだったようである。
「何をやっている!」
ヘンリーは、マリーベルの近くまで来ると、いきなりそう怒鳴った。
「こんなところで大声を出さないでください」
マリーベルはそう告げると、慌ててヘンリーを図書室から連れ出した。
そのまま怒鳴り続けそうだったからだ。
マリーベルはどうにかヘンリーを学院の裏庭の人目につかない場所に連れてゆくことに成功した。
マリーベルが足を止めるのとほとんど同時に、またヘンリーが怒鳴った。
「何をやっていたんだ!」
「勉強です。今日は冒険者の仕事は何も入っていないのですから、私が何をしていても構わないはずです」
「何で俺のところに来ないんだ!」
(話しがまるで通じない)
そう思ってマリーベルは困惑した。
確かに以前のマリーベルは、基本的にヘンリーの近くにいて少しでもその役に立とうとしていた。
賢者の学院などに出かける時にも、必ず彼に声をかけていた。
だが、ヘンリーはそのマリーベルを疎んじて、「邪魔だ」とか「とっとと失せろ」とか言っていたではないか。
なぜ今になって、自分のところに来ないという理由で怒って、学院にまで迷惑をかけるのだろうか。そう思うと、マリーベルの困惑はいっそう深まった。
「あなたの近くに行かなければならない、などというルールはなかったはずです。
そして、最初に言った様に、今日は何の予定も入っていなかったんですから、何をするのも私の自由です」
「口答えをするな!」
そう言うや、ヘンリーはマリーベルを平手打ちした。
それは何の遠慮もないもので、受けた衝撃を支えきれずに、マリーベルはその場に倒れてしまった。
そして彼女は、精神的にも大きな衝撃を受けていた。
彼女がヘンリーに打たれるのはこれが始めてではない。
だが、今までマリーベルはヘンリーが怒るのは自分のせいだと考え、己を責めていた。
しかし、今の仕打ちはどう考えてもマリーベルが悪いとはいえない。明らかに道理の通らない、不当な暴力だ。マリーベルはそのことに気付いた。
いや、今回だけではない。今までもずっとマリーベルが叩かれる道理などなかった。
自分はずっと不当な暴力に晒されていた。
その事実に今更気が付いたことが、彼女にとって衝撃だったのだ。
「ちッ、いいか! 今後は俺の言うことには絶対に逆らうなよ」
じっと動かずにいるマリーベルに、ヘンリーは舌打ちを打つと一方的にそう言い捨てて去っていった。
(逆らうなって、どういうことなの。これからもこんな理不尽な仕打ちを受け続けろというの?)
そう考えたマリーベルの心に、長いこと忘れていた感情が湧き起こった。
それは怒りだった。
(もう、こんな目にはあいたくない。こんなことをされるなら……、もう、ヘンリーの傍になんて、いたくない)
マリーベルは、ついにそのような意思を持つに至った。
それは、幼いことから彼女を捕らえていた心の牢獄に、深い亀裂が穿たれた瞬間だった。
そして彼女の心に、現状を受け入れたくないという意思が強く沸き上がった。
(どうして私はこんな目にあわされているの?どうして逃れる事が出来ないの? どうして……)
―――弱いからだ。
“治療師”の言葉が思い起こされた。
マリーベルはなお暫らく立ち上がることが出来なかった。
やがて、マリーベルは図書室に戻って勉強を再開した。他にすることも思いつかなかったからだ。
そして、暗くなる頃に冒険者の店に戻った。
そこを宿にしているのだからやむを得ない。
出来れば会いたくなかったが、ヘンリーは冒険者の店の1階に居た。
だが、ヘンリーの顔は思いのほか穏やかなものになっている。
そして意外にも優しげな声色でマリーベルに話しかけて来た。
「昼間は悪かったな。話をしたいと思った時にいなかったから気がたっちまったんだ。
詫びの印にとっておいてくれ」
そう言って、長細い箱に入った何かをマリーベルに差し出す。
その中にはペンダントが入っていた。それなりの値打ちものに見える。
少し前のマリーベルなら歓喜の声を上げただろう。喜びの涙され流したかも知れない。
しかし、今のマリーベルにはそれはただ白々しいもののように思えた。
彼女はむしろ、ヘンリーによって壊されたり捨てられたりした、彼女の大切な品々の事を思った。その中には、両親の形見の品すら含まれている。
(こんなものを送られても今更だわ)
そんな事を考えつつも、マリーベルは「謝罪を受け入れます。ありがとうございます」と答え、ペンダントを受け取った。ここでまた騒ぎを起こしたくなかったからだ。
「お、おお、そうか」
ヘンリーはそう答える。何か困惑しているようにも見えたが、マリーベルは気にせず2階の自室に向かった。
彼女はヘンリーのこの行動の意味を考えていた。
(やはり、私も役に立つことはあると思い直したのかしら)
それはありえることだと思えた。
マリーベルは今の自分に出来る事を、出来るだけ客観的に評価し、やはり冒険者にとっては役に立つものであるはずだ、との結論を出していた。
ヘンリーが同じ結論に至ったとしてもおかしくはない。
(少しでも、彼が私を必要とするなら、昔に戻れる可能性もあるのかしら)
そしてそんなことを考えてみた。可能性が全くないということはないように思えた。
彼女はまた、昔の幸せだった頃の自分とヘンリーの関係を思い出していた。
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