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16.結局こんなことになったという話①

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 自兵力の消耗を避けるためにスライムを利用するというのが、妖魔達を率いるオークの王であるブルンクデスドバルドの作戦だった。
 そしてその作戦は、見事な成功となりそうだった。
 スライムの群れを迎撃したベルーナ伯爵率いる騎士団は、壊滅的な打撃を受けそうだったからだ。

 ベルーナ伯爵は、一般の騎士や兵士で通常のスライムに対処し、最大戦力である自分自身と自分を護衛する騎士で、最大の脅威である巨大スライムをまず倒す。という作戦を採った。
 妥当な作戦だっただろう。
 その巨大スライムの正体が、スライム・インペラトールという規格外の魔物でさえなければ。

 ベルーナ伯爵は巨大スライムの正体が、スライム・インペラトールという名の魔物だと報告を受けていたが、その魔物の脅威を正確に理解してはいなかった。

 ベルーナ伯爵と護衛の騎士でスライム・インペラトールと戦うというところまでは作戦は上手くいった。
 だが、猛然とスライム・インペラトールに打ちかかっていった護衛騎士5人は、一瞬にしてスライム・インペラトールに取り込まれてしまった。
 そして、その強烈な消化液で見る間に溶かされていく。
 その凄惨な光景に、決死の覚悟を決めていたはずの伯爵も動けなくなってしまった。伯爵の左右にいた2人の騎士も同様だ。

 もっとも、伯爵達が勇気を奮って突っ込んだところで、最初の騎士達と同様に溶かされて終わりだったのだから、動かなかったのは結果として正解だったのかもしれない。

 しかし、動けずにいる伯爵に向かって、スライム・インペラトールが迫って来た。
 どちらにしても最期の時は近いとしか言いようがない。

 と、その時。複雑で長大な呪文を唱える、朗々たる声が当たりに響いた。
 すると、周囲の温度が一気に下がり、スライム・インペラトールの動きが止まった。
 良く見るとその体の地面に接する部分が凍り付いている。

 事態の急変に驚いたベルーナ伯爵と護衛の騎士は、一瞬動きを止めてしまった。
 だが、一拍の後に慌てて呪文が聞こえてきた方向に向き直った。

 そこにいたのは、あの魔術師のマリウスだった。



 突如現れたマリウスの風体は異様なものだった。
 その顔面には深い傷痕が刻まれているものの、彼が声を取り戻していることは呪文を詠唱した事から明らかだ。手指や足も回復している。
 それどころか、かつてのくたびれ果てた姿とはうって変わって、生命力が満ち溢れているようにすら見える。
 彼は黒いローブを身に着け、右手にはねじくれた異様な雰囲気の杖を握っていた。
 そして、こんな状況だというのに、その傷だらけの顔には嘲笑するかのような笑みが浮かんでいる。

 だが、何より彼を異様に見せていたのは、彼が、首輪を付け四つん這いになった2人の女性を引き連れている事だ。
 ベルーナ伯爵には分からなかったが、それは迷宮都市トレアの官吏だったメリサと、南の砦の守備隊幹部だったヴェルナの2人だった。

「マ、マリウス。そなた、いったいなぜ・・・」
 思わずもれたベルーナ伯爵のつぶやきに、マリウスが答えた。

「なぜ、とは?
 この体のことですか?
 損なわれた身体の機能は、身体欠損回復の霊薬という薬を用いれば治すことが可能なのですよ。
 もっとも、ただの傷痕は、機能を損なっているわけではないので、治らないのですがね」
 マリウスはそう言って己の顔に残る傷痕を左手の指でなぞった。

 反応できずにいるベルーナ伯爵らの様子を見て、マリウスは言葉を続けた。
「ああ、それとも、この雌犬共のことですか」
 そう言ってメリサとヴェルナの方に杖を向ける。
「この者達には少し恨みがありましてね。報復しようと思って帰ってきたら、随分と面白い状況だったので様子を見ていたのですよ。
 そうしたら、助けてくれと必死に懇願していたので、試しに聞いてみたのです。
 私の愛玩動物になるなら助けてやっても良いと。そうしたら浅ましくも是非そうして欲しいと言うのでね。望みをかなえてやったのですよ。
 愛玩動物としては役に立ってくれていますよ」

 ベルーナ伯爵は、そのマリウスの言い様に当然思うところはあったが、そのようなことを気にしている場合ではない事を思い出し、慌てて告げた。
「そ、そうか。まあいい。それよりも早く他のスライム共も倒すのだ!」

 周りでは、騎士や兵士達がスライムと必死の戦いを繰り広げている。
 ベルーナ伯爵はその騎士達を助けるようにマリウスに命じた。

「お断りします」
 だが、マリウスはそう即答した。

「な、なんだと?」
「いや、逆に不思議なのですが、なぜ今更私があなたの言うことを聞くと思ったのですか。
 あんな目にあわされて、言う事を聞くはずがない。年端の行かぬ幼子でもそのくらいのことは分かると思いますがね。
 大体、今言ったでしょう。私は報復しようと思って帰って来たと」
「あの時の事なら謝る。ミレディアもくれてやる。だから・・・」

「お断りします。その程度では足りませんよ。
 まあもっとも、この雌犬どもも結局は助けてやったのだから、条件次第ではあなたも助けてあげても良いですよ。領民達も一緒にね」
 マリウスはそう言って、その条件を告げた。

「ふざけるな!そんな事が認められるものか!」
 その条件を聞きベルーナ伯爵が叫ぶ。
 それと同時に、護衛の騎士の1人がマリウスに切りかかった。

 その騎士は、かつてマリウスの顔を切り裂き、毒を飲ませて声を潰した者だった。
 彼はマリウスの姿を認めた後、マリウスが敵対する事を予期して秘かにマリウスに近づいていた。

 だが、マリウスの反応の方が早かった。
 マリウスが素早く呪文を唱え、杖と騎士の方に向けると、それだけで騎士は身動きできなくなった。
 その身に着けた板金鎧が握り潰されるかのようにひしゃげた。
 そして、マリウスが杖を突き出すと、騎士は凄まじい勢いで弾き飛ばされてしまう。

 それは“念動”の魔術を応用した魔術で、対象を激しく突き飛ばして大きなダメージを与える効果があった。
 だが今は、それ以上に突き飛ばされた方向が最悪だった。
 その方向にはスライム・インペラトールがいたのだ。

 騎士はスライム・インペラトールにぶつかり、その下半身を取り込まれてしまう。
 そして即座に消化が始まった。
「ぎゃぁああぁぁぁ」
 騎士は絶叫した。
「があぁぁあ、ゴボッォォォォ」
 騎士の悲鳴が、途中から不気味な音に変わる。
「ゴバァア」
 そして、そんな音とともに騎士の口からスライム・インペラトールの体の一部が吹き出した。

 スライム・インペラトールは下半身のみを取り込まれていた騎士の体内に入りこみ、その体を内部からも溶かしていたのだった。
 騎士は絶望の表情を浮かべたまま絶命し、その全身をスライム・インペラトールに取り込まれていった。

「お、おおお、お・・・」
 ベルーナ伯爵はそんな意味のない呻き声をあげ、真っ青になってその惨劇を見ていることしか出来なかった。

「さて、交渉は決裂のようですし、スライムを解放してあげましょう。もちろんスライムはそのまま放置しますから、領都に向かうかもしれない。そうでなくても妖魔が攻めてくる。どちらにしろ、あなたも、あなたの家族も、あなたの領民もこれでお仕舞いですね」
 そう告げるマリウスの声は平静そのものだった。
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