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14.予感(南)
しおりを挟むピーンポーン……ピーンポーン
ピンポンピンポン
「えっ……いや、なに」
何度もなるインターホンの音にベッドの上で飛び起きる。
ピーンポーンピーンポーン
「……誰」
変わらず鳴り続ける音に少し苛立ちを覚えながらも、朝方濡れたまま寝たせいでそこら中に跳ねまくっている髪をかき上げながら玄関へと向かい、鳴り続けるインターホンを遮るように勢いよく玄関を開ける。
ガチャ……
「はい、って……」
「あー、やっと出てきた。兄ちゃんおはよう!」
「なんだ、新太か。誰かと思ったわ」
玄関を開けて顔を覗かせたのは見慣れた制服姿に不満そうな顔をしている新太。
「兄ちゃんまだ寝てたの?」
寝巻きに、そこら中に飛び跳ねている髪を見て新太がそう言う。
「え?あぁ、昨日はちょっと寝るの遅かったから。つーかそんな事より新太制服だし、なんで居るの?学校はどうした?」
「学校は行くよー、けど朝峰くんから連絡あって兄ちゃん寝過ごして大学来ないかもしれないから起こしてきてくれって言われたから」
「あー、なるほど……」
新太から話を聞き憎たらしい顔をした峰房の姿が脳裏に浮かぶ。
「峰房のやつ……まぁいいや。そう言えば今何時?」
朝方眠ってしまった時と同じぐらい明るい空に、今が何時なのかも分からず聞く。
「え?今?俺家出たの八時ぐらいだったから半前ぐらいじゃない?」
「そ、学校まで送ってやるから中で待ってな着替えてくる」
「え?いいの?てか兄ちゃんは大学行かないの?」
「んー、今日はサボる、寝る」
「ええー、折角起こしたのにーまぁいいけど」
そう言いながら新太は靴を脱ぎ部屋の中に入ると荷物を床に置いてリビングのソファに座る。
「兄ちゃんそう言えばさー、昨日は峰くんと一緒だったの?」
「え……?まぁ、そうだけどなんで?」
峰房から新太に連絡があったのだから聞かれて当然の事だとは分かるが、昨日の夜の事を思い出し返事に一瞬戸惑ってしまう。
「いやー別に何となく」
新太がどんな意図で質問をしてきたのか何となく想像できてしまった。
新太の中で何故か〝峰くん〟と呼ばれている峰房。
何年も峰房との関係を続けていて俺にべったりだった新太は、俺と峰房の関係性をいつからか知っているのに唯一新太が俺の側に居ることを許している人間。
それゆえか面識もあればお互いの連絡先も交換済みなのは昔から。
どうしてなのか理由も分からない上に勘が良すぎる新太はいつも触れてほしくない事に察しがいい。
「そっか」
大人しくソファで待っている新太の背中に言葉を返しながら、寝室のベッドに置かれたままのスマホを手に取り画面を見て今度は違う理由で固まってしまう。
【おはよう。今朝はわざわざ電話までかけてくれてありがとう。それで、時間と場所はどうしたらいいんだろうと思って連絡したんだけど……】
先輩だ。
通知画面に表示されている先輩からのメッセージを見て鼓動が早くなる。
「……っ、連絡きてるだけどこんなドキドキすんのな」
不意に出た言葉にあの頃じゃなく、今こうして先輩とより一層関わるようになって分かった事。
誰かを本気で好きな時、人はなんでもない様な事でこんなにも心をかき乱される。
先輩と再開して、この何日間で俺が初めて知った事。
恋を、恋愛をした事がある人なら当たり前な事かもしれないのに自分にとって片想いのまま深く関わる事もなく終わってしまったあの一年を思い出す。
本気で心の底から想っている人と関われなければこんな風になる事すら分かれない。
「……兄ちゃん、誰それ」
「わっ、え、びっくりした」
スマホの画面を見つめたままの俺にいつの間にか側に来ていた新太に気づかず声をかけられて我にかえる。
「……これ、誰?」
俺の返事を待たず、圧をかけるかのように手元にあるスマホをに視線を戻しながらまた同じ事を聞かれる。
画面に向けられた新太の冷たい目。
自分の中の天秤が大きく揺らぐ。
今まで新太に対して大抵の事は許してきたつもりで、そうでなくても新太と他のモノを天秤にかければ自分から手放してもいいと思えるモノばかりだった。
「えっと……この間話してた先輩、今度メシ行くから多分その連絡」
「ふーん……中谷、ひろ、ゆき?」
通知画面に表示されている先輩のフルネームを新太が読みあげる。
「……新太?」
「別に、なんにも。それより兄ちゃん早く準備してー」
「えっ……お、おう」
表情を変え、足早に寝室から出ていく新太の背中を見て嫌な予感が止まらない。
外に出られる格好に急いで着替え先輩への返信を後にして新太と一緒に家を出る。
「兄ちゃん」
「ん?」
俺の家から新太の通う緑山高等学校までは徒歩で行ける距離。
ふいに呼ばれ隣を歩く新太に応える。
「さっきの、その先輩とご飯行く日っていつ?」
「えっ……なんで?」
嫌な予感が確信へと変わる予兆を見せたと思った。
雲ひとつ無い清々しい程いい天気のはずなのに、自分が考えすぎなのか問われた質問の裏を見透かそうとしてしまう。
「その日兄ちゃん夜家に居ないって事でしょ?それだったら兄ちゃん家行けないから」
悟されるのを分かってか在りきたりな理由を付け加える新太。
「あー……なるほど」
「うん」
「土曜、今週の土曜に約束してる。だから、その日は家で大人しくしてろよ」
「そ、分かった」
前を向いたま歩き続ける新太を横目で見る。
なんでもないような顔をしてるその裏で何を考えているのかを知りたくなる。
心配じゃない。
幼い時から俺に対して執着する新太に、それをそのままにして見ないふりをしてきた事に今更ながら後悔で胸がざわつく。
「新太」
「んー?なに?」
「新太には大事なものってあるか?」
それでも、今まで作り上げてきた兄弟の絆を壊したくはない。
「なに?いきなり」
俺の問いかけに驚いた顔を見せ、笑いながらそう言う。
「いや、何となく」
「変なのー、そんなの急に聞かれてもなー」
「そう、だよな……」
「あっ、でも兄ちゃんの事は大事だよ」
微笑んだまま新太が返す言葉に自分の息が詰まる。
「……ん、ありがとう」
素直に笑えない自分を殺したくなる。
引きつる口角を無理矢理上げ、新太と目を合わせないように上手く笑ってみせる。
「送ってくれてありがとう」
「いいよ、起こしに来てくれたのに悪いな」
「いいよー、じゃあね兄ちゃん」
「おう」
校門まで新太を送り別れる。
校舎内に歩く新太の後ろ姿を見ながら、自分の中で今まで何よりも重く大切な家族としてその絶対的ポジションであるがゆえに揺らがなかった天秤のバランスが崩れるのが分かってしまった。
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