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13.相談室と動けない自分(中谷)
しおりを挟む「先生……先生……中谷先生!」
「え、あ、ごめん。考え事してて気づかなかった」
南と土曜の夜に会う約束をしたあの夜から二日後。
南とはその日の朝から連絡を取り合い、詳しい待ち合わせ場所や時間、何処に何を食べに行くかをもう決めていた。
南との連絡のやり取りだけでも変に緊張してそれを引っ張るかのように寝不足気味になっていた。
相談をすると言っても実際どんな風に例え、自分の思っている事や問題点を言葉にしたらいいのか分からない。
そんな事をぐるぐると巡らせながら廊下を歩いていたからか声をかけられていたことにも気づかなかった。
「……」
「……ど、どうした?南」
振り向き正面に立つ南弟にもう一度声をかけなおす。
「ちょっと相談したい事が……」
「えっ」
声をかけられた事にも驚いたが、その相手が南 新太だった事も今の自分にとっては挙動不審になるほどピンポイントなのだ。
「そ、相談?全然俺でよければ聞くけど」
「それじゃあ、後で相談室でもいいですか?」
「相談室ね、分かった」
「はい、じゃあ俺荷物取ってきます」
「了解、相談室の鍵預かったら俺もすぐ行くな」
「はい、分かりました」
南 新太
この一、二週間で思いもしなかった俺との関係性の展開をみせた南 浩太の弟。
密かに自分の中で南の存在が形をはっきりとさせてスペースを作っているのはもう否めない。
南が俺との事で何か弟に話したのかどうかは分からないけど南弟の方からアクションを起こされるのはやっぱりどうしても後ろに南の姿を思い浮かべてしまう。
職員室に戻り、持っていた教材を全てデスクに置いてから相談室の鍵を借りる。
緑山高には、進路相談や生徒とのマンツーマンの話し合い、純粋な悩み相談までを一式この〝相談室〟で受け持っている。
長机とパイプ椅子があるだけの素朴な部屋だけど大きな役割を担っている為使用の頻度も高い。
全部で三つある相談室のうち、相談室一の鍵を握りそのまま職員室から出る。
「あれ、早いね。待った?」
「いえ、さっき来たばっかです」
自分より先に相談室の前で待っていた南弟に声をかける。
「そっか、じゃ鍵開けるね」
「はい、お願いします」
ガチャ……
相談室に入り俺はそのまま椅子に腰掛け、南弟は荷物を床に下ろして同じように長机を挟んだ正面の椅子に座る。
「それで?相談したい事って何だった?」
「えっと、その前に……」
「え……?何?」
話を切り出そうと一言目を放った後すぐに、南弟は座ったばかりの椅子から腰を離しその場から離れる。
長机を回り、俺が座っているすぐ側まで歩み寄って止まる。
「さっきからずっと、気になってたんです。これ」
そう言いながら勢いよく俺のワイシャツを掴み南弟が一歩前にまた踏み出す。
「え、え、なに??」
「何か、着いてるんですよ、ここ」
「えっ……?痛っ……!」
南弟がそう言いながら掴んだままのワイシャツにもう片方の手を伸ばす。
そのすぐ後に左側の丁度鎖骨下あたりにズキッと痛みが走る。
「あ、すみません。血……出ちゃいましたね」
「え、あ、いや」
痛みのする箇所を見下ろすと白いワイシャツに赤く自分の血が小さく滲んでいる。
何がどんな状況か分からずあたふたする俺に南弟は容赦なくワイシャツを掴んだまま素早い手つきで上から三番目までボタンを外し、血が出ている箇所までワイシャツを広げる。
「結構血、出てますね」
「い、いや。うん、それより俺は全然大丈夫だし、もう離れていいよ」
「ティッシュと絆創膏持ってるんで」
「え、あ……」
俺と南弟の会話が上手く噛み合っていないのは何故なのか、何が起こっているのか分からないのと話が通用しないので軽い混乱を起こす。
言葉を詰まらせてる隙に、制服のポケットからティッシュを取り出し、滲み出ている血を軽く拭きあげる南弟。
「先生、肌綺麗ですね」
「えっ?」
小さくボソッと南弟から放たれた言葉は今の俺との距離ではそれなりに聞こえてしまう。
意味がわからず反射的に反応してしまったその瞬間。
「あっ……!ん……なに、してんの、お前……」
痛みがまだ残り、拭いたばかりの小さな傷口からまた少し血が浮かび上がっていたその場所に南弟が口を付ける。
勢いよく肌ごと吸われる感覚。
口を這わせる南弟。
「や、めろ。やめろって!」
何がどうなっているのかますますわからず混乱するまま、俺にくっついていた南弟を勢いよく突き放してしまう。
ガタンッ!
突き放した衝撃で長机にぶつかりよろける南弟。
混乱と、初めて身体に触れられた唇の感覚のせいで呼吸が荒くなり、頭の中でいくつもの言葉が雪崩のように押し寄せてくる。
自分は教師で、相手は生徒。
成人してる者と未成年者。
それに男だ。どちらも。
いやそんな事より今目の前にいるのは南の弟。
南が今の状況を見ていたら、どうなっていただろう。
「はぁはぁ……ご、ごめん勢いが、つい」
同じ同級生や仲間内の悪ふざけと同じような類だとしても、流石に度が過ぎている。
「……先生?それ、絆創膏貼った方がいいですね。俺持ってるんで一枚どうぞ」
俺の問いかけには一切答えず、はだけたワイシャツ姿のままの俺を見て、視線を徐々に下へずらしながらそういう。
その視線を追ってさっきまで痛みが漂っていた箇所に目をやるとそこには赤黒く少し大きめのアザのようなモノが出来ていた。今ではジンジンと熱を帯て、不健康さながらの自分の体では目立つ跡。
キスマークだ。
これが俗に言うそれなのだと初めてされて分かった。
「っ……!ど、どう言うつもりだ」
「どう言うつもりって、そんなの俺が聞きたいですね」
間髪入れず、俺の質問に対してさっきまでの大人しく礼儀ある優等生の様な風貌とは打って変わり、鋭く細まった目つきと顔がまるで別人のように見えた。
「は……?何が、どう言う事かさっぱり」
「先生に相談があって、時間作ってもらったのは本当の事ですよ。今のそれだってその内の一つですし」
そう言いながら俺の身体にくっきりと着いてしまった跡に視線をのばす。
「何?どう言う……」
「先生、俺自分で言うのもあれなんですけど結構兄弟間の仲大事にしている方だと思うんですよ」
「えっ……?」
何を言い始めているのかさっぱり分からない。
「だから、兄ちゃんの事は誰よりも大事で兄ちゃんと俺との仲が拗れるような火種になりかねない人って俺が先にどうにかしないといけないんですよね」
「……南、お前何言って……」
「だから、先生に相談なんです。理解出来なくていいし何を言ってるのかさっぱり分からなくていいんであまり兄ちゃんと関わらないでもらってもいいですか?」
「……」
さっぱり、理解できない。
南弟の言う通り、何を言っているのか全く分からない。
何も言葉を返すことが出来ないまま一息に吐き出しでもしたかのような南弟は椅子に座ったままの俺の姿をじっと見つめ直ぐに視線を背けた。
「それじゃあ俺は、もうこれ以上話す事無いので。あとそれ、スーツ着てれば分からないと思うけど違う服だと見えるかもしれないから一応これ置いておきますね。それと、今使ったばっかですけど俺はもういらないのでこれも」
そう言って座ったままの椅子から動けない俺の目の前に一枚の絆創膏と安全ピンを置いて相談室から出ていく南弟。
その光景を見て混乱している頭は一気に恐怖へと感情が変わった。
南 新太と言う人間がどんな風に出来ているのかは、今の出来事で全てを測ることは出来ないが少なからず狂気じみている一面に、今の自分はどうしたらいいのか全く分からなかった。
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