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12.喜び(南)
しおりを挟む「今日は、ありがとう。それと……ごめん」
「別に……もうなんて事ないし、気にしてもいないからあまり考えすぎんな」
俺より一歩前を歩く峰房の背中にそう言えば、心なしか素っ気ないような気もするけど変わらず受け入れてくれているかのように言葉が返ってきた事に安心する。
「そっか、よかった」
「けどまぁ、あんまり溜め込みすぎんなよ」
「分かった、今後は気おつける、それじゃあ俺はタクシー拾って帰るわ」
あの後、結局自分を抑えることができないまま頭の中は先輩の事でいっぱいでどうしようも無く、その思いを何度も峰房に当て続けた。
酷く、惨めで、自分の事を可哀想だと思ってしまうほど
壊れていた瞬間だった。
「はいはい、俺も眠いしさっさと帰るわじゃあなー」
何事も無かったかのように笑う峰房に、自分も同じようにする。
「おう、またな峰房」
「はいよー」
歪んだ関係だと、俺も峰房も分かっているはずなのに行為の後でも何隔てない峰房に驚く時もある。
お互いいつものところで別れ、あと数時間もすれば明るくなり始める澄んだ夜空を見上げて深呼吸をする。
「はぁ……俺も、いい加減にしないとな……」
吸った息が溜息として吐き出され、心なしか一人になった事で急に寂しさを覚える。
「今何時……」
上着のポケットに入れたスマホを何となく手に取り、表示された時間を見ようとしたけれど、一件のメッセージが入っている事に気づいた瞬間足が止まった。
「え、せん、ぱい……?」
画面に表示されていたメッセージの送信者が先輩である事を確認し、驚きと嬉しさが込み上げてくる。
足先から指までが震えた。
ドクンと勢いよく流れ出す血流に緊張と興奮がまじり、送られてきた文を読み終える。
「くそ、連絡来てたのすぐ気づいてたら……」
先輩からの連絡があった時間からはもうだいぶ経っていた。
自分が今返信した所で連絡がすぐに返ってこない事を分かっているのに送り返してしまう。
けれど、思わなくてもいいことを思う。
結局返信してしまったのに今すぐに会いたい、顔をみたい、話をしたい。
こんな時間に起きているはずがないのに、迷惑だと分かっているのに返信をしただけじゃ物足りない。
その衝動を抑えることが出来ず自然と指はコールボタンへと動いてしまう。
プルルルルプルルルル
プルルルルプルルルル
もう絶対寝てるはず。
会うことはできないけどせめて声だけでもいいから聞きたい。
そう思う気持ちが自分を知らずうちに動かしてしまう。
プルルルルプルルルル
『は、はい。もしもし』
ドクンと、大きく跳ねた心臓が勢いよく元の場所に落ち着くような感覚。
鼻から吸った空気が冷たく、痛みを帯びるのに声を聞けただけでそれ以外の全てをどうでも良くしてしまう。
寝起きで少し霞んでいる声を聞くのも、先輩を家に泊めたあの日の翌朝に聞いた声と同じで、二度目の経験のはずなのに、すぐそばに居ない先輩との物理的な距離さえもどかしくさせる。
好きだ。
どうしようもなく好きでたまらない。
自分の事をここまでダメにして、先輩の全てを独占したいと勝手に動くかのような体はもう既に先輩に独占されているようなものだと自覚して、仕方ないことだと受け入れてしまう。
敵わない。
先輩が相手だと、自分はどうしようもなくなると澄んだ頭で理解した。
『そうですか?それじゃあひろ先輩、おやすみなさい』
『え、あ、うん、おやすみ……』
プー……
プー……
たったの数分。
たったの数分で会話は終わってしまった。
寝起きながら俺の迷惑に付き合ってくれた先輩との会話はそれ程長くは続かなかったのに今はそれだけで満足してしまう。
「はぁ……」
たった数分間だけの先輩とのやり取り。
けれど、それが数分間だったとしても自分にとっては一瞬に感じた。
溜息じゃない。
驚きと、嬉しさと、喜びと、物足りなさと、寂しさ。
こんな時間なのに、迷惑なはずなのに、そんな素振りも感じさせず無意識に優しさを振りまく先輩。
そんな先輩に数日後会うことが出来る。
静かな街中で、誰も居ないのをいい事に自然とつり上がる口角。
まるで夢でも見ているかのような感覚だった。
確実に手に入れる事ができた関係と、先輩からの信頼があるんだと馬鹿ながらも高を括った。
これからもっと、ずっと先輩と関わって生きていきたい。
先輩の色々な事を知って笑いあって、喧嘩さえも出来るような関係になりたいとあの頃から強く望んできたからか、それに一歩っでも近づけたように感じて嬉しさを隠しきれなかった。
それほど時間も経っていないはずなのにいつの間にかうっすらと明るくなり始めた空は、自分にとって新しい事の始まりを見せるかのようにキラキラとして見えた。
ガチャ
「はぁ……なんか疲れたかも……」
家に着き、そのまま脱衣場へと向かう。
今日一日で感情の変化が激し過ぎたのと、単純に疲労だ。
久々の朝帰りに小言を言う弟が居ないのは実家を出た者の特権。
服を脱ぎ、そのまま風呂場へと踏み込む。
熱いシャワーを浴びるだけして、すぐにベッドへ向かう。
髪も乾かさず、寝巻きに着替えベッドへ倒れ込む。
シャワーのおかげで少し冴えた頭の中で先輩の事を思い出す。
初めてした先輩との通話。
スマホ越しの声。
寝起きの先輩。
照れる素振り。
おやすみと言い合えた事。
全てが新鮮で自分にとって大切な思い出になった。
けれど大きな喜びと同時に苦痛は免れない。
喜べば喜ぶ程、好きだと思えば思う程その誰かにとって自分が特別でありたいと思ってしまうのはイコールだ。
今の自分にとってそれは自傷行為と変わらない。
自ら傷を作り隠す。
なのにその傷を癒そうと自らそれを探しにいく。
腑抜けた精神と先輩に対する執着。
特別な理由がある訳でもないのに依存してると自分でも思う。
けれど頭の中でどれだけその事について理解していたとしても理性とは別物。
難しい事や余計な事は考えたくない。
欲しいのは自分が先輩の事が好きだという事実だけで十分だから。
カーテンの隙間から差し込む外の明るさが思いのほか眩しく、睡魔で朦朧とする意識の中そんな風に先輩の事を考えていたせいか頭痛がした。
最後に濡れたままの髪から滴る水が枕を冷たくしていく感覚だけを覚え眠りにつく。
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