好かれる男が俺を好きな理由

朝日奈由

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11.着信音とスマホ越しの声(中谷)

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二十四時間以上が経った。
結局昨日は南に連絡をしようと思っていたのに疲れすぎたのか帰宅して直ぐに寝てしまった。

今日もまだ顔と名前が一致すらしていない生徒達を相手に何かを教える事の難しさを改めて認識した。
けれど、それ以上にしんどいのは他に理由がある事も二日目にして理解出来た。

火曜日、午前と午後の授業が終わり帰宅時間まで他の業務をこなす。
一刻も早く帰宅したい思いを足早に今日もまた速攻帰宅して来てしまった。

「どうしよう……なんて連絡したらいいんだろう」

家に着いてスーツのままソファに座り込みトーク画面を開いたままのスマホから、どうしたらいいのか分からず考え込んでしまう。
あんな風に再開してからまだ片手で数えられる程しか日は経っていないのに自分の中で何故か南に対して大きな信用と親しみがある。
今までにない感覚から不思議でたまらないけどまた直ぐに会って話しをしたいと思えるのは自分のコンプレックスを打ち明けたからなのか、純粋に今まで知らなかった一面を知れたからなのかは分からない。

「簡潔に、それでいて分かりやすくの方がいいよなぁ……」

家には自分しか居ないのに独り言で気を紛らわせる。
こう言う時にどう切り出して連絡したらいいのか分からない。

「なんか、変に緊張する……こういう時はストレートに伝えた方が分かりやすいよな……【いきなり連絡して迷惑だったらごめん。今更だけどいつでもいいから時間がある時にまた改めてお礼させて欲しい。それと、よければ、この間言ってくれたことに甘えてみようかなって思った】……めめしい、けど、これが一番分かりやすいか……」

自分の事について、自分から誰かに話そうと思ったことは今までになかった。
そう思える相手も、感覚も覚えた事がなかったから。
なのに、この時の俺は南にならって心を許して自分で鍵をかけていたはずの扉を無理矢理こじ開けていたのかもしれない。
運命なんて言葉は、何か物事が起こった後にその事実を綺麗に保って美化させる為だけに作られた偽善な言い回しに過ぎないと荒んだ自分は思っていたのに。

いくらか時が経った時の俺が、本気でその言葉の意味を考えて運命だったのかもしれないと思う日が来る事も知らずに。



「んーっと……南からまだ返信はない、か……」

悩んだって仕方ないと割り切り、勢いのまま送信した分を何回も読み返し今だに既読も付かず返信もないトーク画面を確認する。
風呂に入り、適当に食事を済ませ持ち帰った仕事を片し、寝る準備を整えベッドの上。
寝る前に確認だけしておこうと開いたのに心なしかそのせいでショックを受ける。
まるで恋でもしているかのように早く南から返信が無いものかとそわそわと期待していた。

「もう……寝よ。明日もいつも通りだし今日中に返ってくるとは限らないもんな」

部屋の電気を消す。
枕元にスマホを置き、まだ冷たいベッドに体を任せる。
眠る直前まで南の事を考えて、きっと明日の朝起きた時には変わらず南からの返信があるかとそれで頭の中が占領されるのだろうと、今までの自分だったら異常な考えなはずなのにその事を冷静に、なんの躊躇いもなく受け入れているのはきっと相手が南 浩太だから。

南からなんて返信があるだろうかと薄い頭で考えながら眠りにつく。





ピコンッ、ピコンッ
プルルルルプルルルル
プルルルルプルルルル

「んっ、んん……」

プルルルルプルルルル

「んんー、なに……」

枕元で鳴り響く着信音で目が覚める。

「誰……こんな時間に……」

バイブで小刻みに揺れるスマホを手に取り相手の名前を見て驚く。
一気に眠気が冷め、無意識に起き上がる体。
まだ夜も空けていない暗闇の中で画面の明かりだけが光々しく意識を独占する。

『は、はい。もしもし』

『あっ、先輩。出てくれないと思ってた。すみませんこんな時間にいきなり電話して』

そう言われ、耳元に当てていたスマホを離して時間をみる。

『ううん、全然大丈夫。どうした?』

何故だか無駄に緊張しているのが分かる。
一言一言を飲み込みながら言葉を発する。

『きっと寝てましたよね、けどさっき先輩からの連絡みて、返信だけにしようと思ったんですけどなんて言ったらいいのか、心配で声聞きたくなって』

耳元で聞こえる南の声。
電話越しだと少し高く感じるのは気のせいなのか。

『心配って……俺は全然大丈夫だし、気にしないで』

『そうですか、それなら良かったです。連絡見て、何かあったんじゃないかって思ったんで』

『何か……うん、特には何も無いけどやっぱり南に少し甘えてみようかなって思ったから……迷惑じゃなければだけど……』

『……』

『南?』

何も聞こえなくなる。
南が今どこでどんな状態で自分と電話してるのかそんな事を考えてしまう。

『あっ、いや……あのまま、もしかしたら何も連絡無いかもしれないって思ってたから先輩からの連絡があったのが嬉しくて……』

『うう、嬉しいって……っ、そ、そっか。なんか、ありがとう』

『……先輩、もしかして照れてます?』

的をつかれた返答に慌ててしまうのもきっと南には想定内の事だったのかもしれない。
なのに、意地悪そうに俺の事を見透かし、優しく言う南だから悪い気はしない。

『い、いやいや!照れてはないっ!』

『はは、そうですか。それで、先輩今週の土曜って空いてますか?』

『今週の土曜日?んー、特くには何も無いし仕事は休みだけど』

『そうですか、それじゃ夜どこかで会いませんか?』

『えっ?』

『ダメ、ですか?』

『いや、ダメとかそういうんじゃないけど』

『本当ですか?俺大学あるんで夜になっちゃうんですけど、どこかで夜飯食べましょう。先輩の話も聞きますよ』

『え、いいの?』

『俺は全然大丈夫です。また先輩にも会いたいですし』

『あああ会いたいって……分かった、そしたらまた連絡する』

『はい、お願いします。じゃあこんな時間にいきなりすみませんでした、おやすみなさい』

『う、うん。おやすみ』

『……切らないんですか?』

『え、あっ、いや……南が、切りなよ』

『なんですかそれ、面白いです』

『面白くない』

『そうですか?それじゃあひろ先輩、おやすみなさい』

『え、あ、うん、おやすみ……』

プー……
プー……

そんなに長い時間声を聞いてた訳じゃない。
数分だけのやり取りだったのに、やけに寂しく感じる。
学生の頃は思ってもいなかった南との関係性に嬉しく思うのは理解できているのに、それ以外の分からない感情が浮かんでくる。

心臓が、鼓動が正常じゃなくなる。
もっと声を聞いていたかったと素直な感情が気持ちを殺す。
 電話を切る前、最後に南が〝先輩〟じゃなく、〝ひろ先輩〟と言った。
この歳で名前を呼ばれても何とも思わないはずなのに意識してしまった。
これがどんな意味があってどんな感情なのかそこまでは自分でも分からない。
だけど、小さな事でも嬉しく思えているのならそれは南のおかげだ。
もっと自分の事を知って欲しい、気にかけてほしいそんな黒い部分の自分がいるのも分かっててそこには蓋をする。
学生時代の後輩と、新しい関係が築けているのが嬉しい。
きっとそういう事なんだとこの時は本気で思っていた。









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