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9.職員室と教師達(中谷)
しおりを挟む「はぁ……なんか疲れた……」
午前中の授業が終わり昼休み。
職員室に戻って自分のデスクにうなだれる。
四時間目終わってすぐの南弟との会話を思い出して、何故かざわついた自分の心情にドッと疲れが押し寄せ、溜め息がこぼれる。
「そうだよなー中谷、ただでさえ生徒一人一人覚えるのにもそれなりに苦労するのに慣れない初めての環境でって考えたら色々大変だよなー」
独り言だったつもりが来栖先生に聞かれていたのか、いつの間にか腕を組みながら俺のうしろで、うんうんと頭を上下に振り、同じように溜め息をこぼしている。
「うわ、びっくりした。来栖先生……そうですね、まずは生徒との交流大事にして仲深めないと何かとやりずらいですね……」
同じ数学教師で一年生と三年生を教え、三年C組の担任でもある来栖先生が俺を慰めてくれる。
コンビニのパンをかじる様子は数学を教えてるとは思えない身なり。
「あれ、そう言えば来栖先生今日のお昼は愛妻弁当じゃないんですか?この間はそうだったのに」
「んーあぁ、お前の歓迎会終わって家に帰ったら案の定嫁にこっぴどく叱られてなぁ……しばらくは作ってくれそうにないよ……」
「あぁ、怒られちゃったんですね……」
二人で二度目の溜め息をこぼす。
「ほらぁ……来栖先生言ったじゃないですか、奥様に叱られますよって!あんな状態で帰ったら誰だってそうなりますよ」
間髪入れず会話を聞いていたのか、俺と来栖先生の間に入りキレ気味に腕を組む女性。
声を聞いて反射的に体がビクつく。
今日も綺麗で白いブラウスに裾が広がっているスカートを履いて世で言う可愛い系の顔にぴったりな雰囲気をまとっている。
「おお、安藤先生。あぁあ、安藤先生も顔は可愛いのにきつい事言うよなぁ」
「来栖先生が悪いんですよ、ねえ中谷先生」
職員室という限られた空間だとしても密室な訳でもなく近くにいる訳でもない。
意識さえしなければ過剰に反応する事はないけれど、会話の中に入られるとなると話は違ってくる。
安藤早苗(あんどう さなえ)
外国語教師として一年生を見ている。
一年A組担任で俺の二つ上。
「あっ……そ、そうですね」
急に振られた会話にどう返したらいいか分からず戸惑う。
女性に対してあからさまに不自然な受け応えをしてしまうのはもう仕方が無いこと。
視線を合わせる事ができず、言葉の最後が霞んでしまう。
「ほらやっぱりそうですよねー。そうだ、中谷先生午前中の初授業と生徒達との対面どうでしたか?」
「えっ……い、いや大変、ですねやっぱり。少しづつ、生徒達とも、う、打ち解けられるように頑張ります……」
デスクの下の脚が震える。
怖い。
そう思っているのが震える脚から伝わり、手のひらに汗を感じる。
「そうですねー、最初はそんなものですよ!根気よくお互い頑張りましょうね!」
「は……はい」
優しく、気を使って話しかけてくれているのは頭では理解しているつもりでも、自分の身体が拒絶反応を起こして思うようにさせてくれない。
生きずらい。
些細なことでも一々反応してあからさまに態度に出てしまう自分がどうしても好きになれない。
もっとこんな風だったら、もっとこうなっていれば、あの時あんな出来事が無ければって自分や自分の大切だった人をちっぽけな理由で嫌う。
そんな風に生きてきたからか、歳を重ねるごとに自分という人間の軸が固く、強く出来上がってしまって今更どうにも出来ないと思っていた。
〝相談ぐらいなら俺でよければいつでも聞きますよ〟
ふいに、数日前、南が俺に言ってくれた言葉を思い出す。
今まで、誰かに気付かれてしまえば女性の事を意識し過ぎてるだけの浮かれたやつだって、相談をしてしまえばそんな事で悩む必要も無い、ただの考えすぎだと言われると決め付けていたから誰にも明かさずに生きてきた。
誰にも理解されないと思っていたから。
「なんだお前、安藤先生の事気になってんのか?」
職員室から出て言ってしまった安藤先生の後ろ姿を見ながら来栖先生が俺の耳元で呟く。
「はっ……?!え、ち、違いますよ」
「そうか?顔赤いし、挙動不審すぎるぞ」
「これは……違いますよ全然そういうのじゃ無いです……」
違う意味で変な意識をしてるのは間違っていない。
けれど女性に対して好きなんて感情、持てるはずもない。
緊張のせいで強ばる体は一刻も早く現状を打開したいと思っている証拠で、嫌な事を思い出してまた一層深く嫌悪する。
みんなが皆悪い人じゃないと理解していても、もしそういう人だったらどうしようと疑念の心で自分を開かせてくれない。
「そうかー、つか中谷お前昼飯は?食わないのか?」
「あ、いや食べますよ。ちょっと食欲無いですけど午後も授業はありますしちゃんと食べます」
「おぉ、偉い偉い。しっかり食えよ、弁当か?」
そそのかされ、鞄の中から昼ご飯を出す。
「あっ、はい。極力自分で作るようにしてますから」
「なんだお前ー、女子力高ぇな!」
「女子力って、女子じゃないですし……ただの節約ですよ」
実際本当のところは外で買い物をするのが苦手だから。店員さんが女性だったら、朝から疲れてしまう気がして
少しの可能性でも、自分が楽になるよう逃げて生きてきた。
「凄いなお前……じゃあ折角の昼休みだし邪魔するのはここまでで退散するとしようかな」
「あはは、ありがとうございます」
そう言って来栖先生も職員室から出て行ってしまう。
手元に出した弁当を広げ有り合わせと冷凍食品で詰め込んだ昼ご飯を食べる。
周りの先生達はそれぞれお昼を食べたり、昼休みにわざわざ職員室まで来て分からないことを教えてもらう生徒の相手をしたり、デスクに向かって作業をこなしたりとそれぞれ。
「やっぱり、南に……相談してみようかな……」
周りを見渡し職員室の中にいる女性教員は二人だけ。
安藤先生と体育教員の丸川先生。
あと一人は養護教論の足立先生。
足立先生は基本保健室でお昼も過ごすため、職員室には居ないけど他二人の女性教師の存在がある以上、他の先生との話の輪に入られたら失礼な態度を取ってしまうのは分かっている。
折角掴んだ夢を簡単に手放したくはない。
その為には自分が適応して変われなければいけないのも分かっている。
少しでも長くこの仕事を続けるために特定の人物だけでもいいから上手く関わりあえるようにさえ出来れば今はそれだけで大きな進歩だと思った。
南の言葉を素直に受け取っていいのなら、今までと違った展開が待っているかもしれない。
そんな淡い期待を抱きながら考え込み昼休みが終わる時間が近づく。
「連絡……今度は俺からしてみようかな」
少しの期待と不安を秘めたまま、無意識に許してしまっていた心の内側が少しずつ開き始めていることに自分ではまだこの時気づいてもいなかった。
その小さな開きだけでも大きな波を引き連れ自分に降り注ぐ事の重要さを知らなかったから。
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