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7.新しい日常と緑山男子高校(中谷)
しおりを挟む排水溝へと流れていく白濁液を目で追いながら、頭の中にいた人物のことを思って罪悪感にのまれたあの日から二日。
キーンコーンカーンコーン
キーンコーンカーンコーン
「はーいじゃあ四時間目始めるぞー、日直号令ー」
あの後一件のLINEが南から届いていた事に気づき、内容を確認したがどう返信していいのか分からず、結局ありがとうの一言だけしか返せなかった。
既読さえ着いているがその後からは一切連絡を取っていない。
南からもそれに対する返信は当然のようになかった。
「はーい、起立ー、礼ー、お願いしまーす」
「「「お願いしまーす」」」
「着席ー」
「ねー先生ー、新太がいませーん」
月曜日。
緑山男子に着任して二日目。
初日は挨拶だけで授業自体は無かったから実際は今日からが本番。
数学教師という夢を叶え、コンプレックスを配慮した上で自分の母校で仕事が出来るというのは今までの事を思うとやっと安定してきたと思えた。
「えっ、いない?」
中央一番後ろの席の生徒が右手を高く上げながらそう言い、教室の中をよく見渡すと窓側角の席に誰も座っていない。
「新太、新太……えっーと」
生徒名簿を開き、一番からあいうえお順に振り分けられた生徒のフルネームに目を通す。
出席番号 26番 南 新太(みなみ あらた)
「えっ」
一瞬声が出た。
ついこの間まで見覚えと聞き覚えのある名字をみて思ったよりも体が反応した。
「えっ……えーと、誰かどこにいるか聞いてる奴いないかー?朝は居たんだもんなー?」
開かれたままの生徒名簿を何枚かめくり、一時間目から三時間目の出席表には丸が付けられてあるから今日登校して来ていることは分かる。
「えー、知らないっすよー」
「俺もー何も聞いてなーい」
他の生徒達も何も知らない様子で口々にそう言う。
「んー、仕方ないし先に授業始め」
ガラッ
「あっ、すいません保健室行ってました」
先に授業を始めようとすると、後ろ側の扉から一人の生徒がそう言いながら入ってくる。
一直線に誰も座っていなかった席に向かうその姿を見ながら、心臓が跳ねる。
髪の色は全く違うが、綺麗な黒色に少し癖のある髪質。
顔のパーツは細かいところまで似ていて、可愛らしい顔に相反して漂よわせる雰囲気は自分が知る人物を、より一層強調させた。
「み……南か。保健室行ってたって、どこか調子でも悪いのか?」
急に開かれた扉から入ってきた事で、クラスのほぼ全員が南 新太へと視線を向ける。
「別に、体調は悪くないです。さっき指切ったんで絆創膏貰いに行ってました」
俺の質問に対し、向けられた視線を素直に絡めより強く確信した。
間違いなく、南〝弟〟の方だ。
あの南が学生だった頃に凄く似ている。
学年は二つも違うのに授業後、毎日のように部活で顔を合わせていた記憶と、つい先日の記憶が自分の頭の中で混ざり合う。
「そうか、何も無いなら良かったけど授業始まってるから早く席つけな」
「すいません」
俺だけが動揺し、それをこの教室にいる誰にも悟られないよう平然をよそおう。
さっと席につき、何事も無かったかのように授業の用意をする南弟に自分の視線の独占がやまない。
「じ、じゃあ授業始めるぞ。改めて二年生全クラスの数学を担当する中谷です。今日からよろしく。俺の事は好きに呼んでもらっていいし、質問があればなんでも聞くから遠慮しないでいいからな。それじゃあ早速授業始めるからー、教科書七ページ開いてノート出せー」
「「「へーい」」」
「へーいってなんだよ、流石男子高だな」
軽い挨拶をすませ、授業を始める。
二年四組、出席番号26番南 新太。
その存在を傍らに意識しながらも、やっと手に掴んだ仕事に支障を出すなんてあってはならないと自分に念をおし二日前の出来事をうっすらと思い出しながらそう言い聞かせる。
「じゃー今日はここまで、日直ーもうすぐチャイムなるから先に号令してー」
「はーい、起立ー、礼ー、ありがとうございましたー」
「「「ありがとうございましたー」」」
「着席ー」
キーンコーンカーンコーン
キーンコーンカーンコーン
着席の合図と共に丁度よくチャイムがなる。
一日の半分、四時間目の授業が終わり各自昼食を取りに学食へ向かう生徒や教室で弁当を食べる生徒らで昼休憩が始まる。
久しぶりに見る四年前まで自分も着ていた同じ制服に身を包み男子しかいない暑苦しい教室の雰囲気でも生徒たちをみて懐かしさと自分の成長を改めてまた感じる。
新しく始まった日常にまだ今日は終わってもいないのにドッと疲れが押し寄せてくる。
「はぁ、自分も職員室戻って昼食べよ……」
そう呟いて、荷物をまとめ教室を出ようとする。
「あの……先生」
教室の扉を開けようとする自分の手が、かけられた声によって止まる。
振り返り自分に声をかけてきた相手を見て息を飲む。
「えっ」
「ちょっと、聞きたいことあるんですけどいいですか」
俺の前に立ち何を考えているのか分からないような表情でそう言う。
「ぜ、全然いいよ、どうした南……」
「いや、全然授業と関係ないことなんですけど。先生俺の兄ちゃんとは知り合いか何かですか?」
「はっ……?」
唐突な質問に予想以上に間抜けな顔をしてしまったと自分でも分かるほど理解に苦しんだ。
「いや、ちょっと事情があって気になったんで……先生元ここの生徒なんですよね?兄ちゃんも俺の三つ上でここの生徒だったから知ってるのかなって」
そう言い、段々と険しい表情をしながら目を逸らしていく南弟をみてなんとも言えないものを感じながらも冷や汗が出る。
自分がなぜここまでして焦っているのか、戸惑っているのか分からない。
ただ二日前、風呂場での事を思い出すとあの時頭の中にいた人物に対して後ろめたさと自分でも分からない現象に苛まれる。
「南の、兄ちゃん?あー、浩太の事か?」
きっと、あの夜倒れた俺を偶然助けてくれた南に再開してなければ今ここで南弟に同じように質問されていたとしても思い出せなかったと思う。
南によく似たその影を見ても何かを思うことは無かっただろう。
「やっぱり、知ってるんだ。知り合いなんですか?」
「知り合いって言うか学生の時は部活の後輩でもあったし、ついこの間たまたま再開したからよく覚えてるよ。言われてみれば浩太によく似てるな」
間違ってはいないが合ってはいない言葉をとっさに並べ、何故か大きく脈打つ心臓と俺がこの時一瞬見逃しそうになった南弟の引きつった表情が頭に残る。
「そうなんですか、それだけ聞きたかったんで失礼します」
「あっ、うん分かった」
そう捨て吐きその場から離れる南弟の後ろ姿を見ながら少し安心した。
俺自身に何も無ければ対して身構えるようなことではなかったはずなのにあの時流れていく白濁液と薄い酸素の狭い空間での感覚がどうしても離れなくて南の顔を思い出してしまう。
緑山男子高校で南の弟と関わる事でこの先俺にとって色々な苦悩が迫られる事をまだこの時は思いもしなかった。
俺がどういう人間なのかすら……。
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