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3.知らないベッドと後輩の感(中谷)
しおりを挟む夢をみた。
真っ暗で何も見えないと分かっているのに、目を開けて暗闇を見つめている自分。
抜け出せない空間から全てを悟り、諦め、嘆く自分。
過去のトラウマを夢として見る事はないけれど、幸せな夢以外はどうしてもそれと結びついてしまう。
暗くて湿ってて気が狂いそうになる空間でそれでもやっぱり一人を選ぶ自分がどれだけ臆病なのか思い知らされる。
助けてと言えない自分が本当は好きじゃない事も知っている。
「んっ……頭、痛い……」
陽の光が差し込む部屋で目を覚ます。
それと同時に押し寄せる激しい頭痛と体のだるさが、昨晩の歓迎会で飲みすぎた事を思い出させ後悔する。
「えっ……ここ、どこ」
意識がはっきりとなりつつもぼやけた頭で辺りを見渡し、固まる。
自分の家とは真反対の色をしてるベッドシーツに陽の光が綺麗に差し込む窓、知らない天井。
良く考えたら自分が着ている服も自分のものではない。
視線をずらし、ベッド横の机には自分のスーツが綺麗に畳まれた状態で置いてある。
すごく、嫌な予感がする。
それと同時に閉められたままの扉の向こう側から音が聞こえる。
「ど……どうしよう」
部屋を見渡し激しい困惑と恐怖に戸惑いながらシーツも布団も真っ白なベッドを見つめる。
もし、これでこの家の主が女性だったら最高に最悪だ。
そんな事を思いながら焦る頭で目が覚める前までの記憶を必死に思い出そうとする。
歓迎会が終わり、来栖先生や安藤先生達と別れてから知らない女性に声をかけられ………。
それで……それで、どうなったっけ。
ガチャ
「あっ、起きてたんですね先輩。体、大丈夫そうですか?」
昨夜の事を思い出そうと目覚めたばかりの脳で
考えを巡らせていたら、部屋の扉が開き誰かが自分に声をかける。
男の声。
それでもどこかで聞いたことがあるような声。
反射で顔を上げ、扉の前に居る人物に目をやる。
「えっ……と」
どこかで見た事あるような声に、顔。
だけどそれも曖昧で、自分の事を先輩と呼ぶ男が誰だか思い出せない。
「ひろ先輩?大丈夫ですか?」
声をかけられても返答がない自分に歩み寄ってくる。
綺麗なクリーム色でふわふわな髪は繊細にセッティングされ、丸い形の輪郭に男にしては可愛らしい顔立ち。
それでも背は少し高めで体格は決して華奢とは言えない広い肩幅と、まくられた袖から見える腕には浮き出た血管と程よくついた筋肉。
ここまで冷静に見る事が出来ているのにそれが誰なのか思い出せない。
「す、すみません大丈夫です。えっと……ひろって呼ぶって事は……その……」
最悪な結果はギリギリ免れていた事に安堵しつつも自分を知っている相手に誰なんですかと聞ける勇気がでない。
「先輩、俺の事覚えてないですか?」
口ごもり、その後の言葉を言えず目を逸らす自分に質問をされる。
「すみません、その……まだぼーっとしていて……」
「そうですか……俺、南浩太です。高校の時一年だったんですけど水泳部で一緒だった」
一瞬切ない表情をした気がしたのは勘違いだったのか、微笑みながらそう言う。
みなみ……こうた。
「みなみ……南、あっ思い出した二つ下の!」
どこかで見た事のある顔立ちと、聞き覚えのある声がそれをはっきりとさせた。
「思い出してくれて良かった、先輩それより体は大丈夫ですか?昨日結構飲んでたみたいなんですけど」
そう言いながら二度目の微笑みを見せ、まだベッドの上に居る俺に歩み寄ってくる。
「あ、えっとなんか介抱させたみたいでごめんな。体は大丈夫だけど歓迎会の後の事はあんまり覚えてなくて、俺なんかやらかしたかな?」
「体が大丈夫なら良かったです。昨日はたまたま先輩の事を見かけて、女性にしつこくされてた所に声をかけに行ったらその後すぐ倒れちゃったんで先輩の家は知らないし、とりあえず俺の家に連れてきました」
「そっか……ありがとう」
そうだ。
女性に声をかけられたあと誰かが駆け寄ってきてくれて、そのまま気を失ったんだ。
恥ずかしい。
二つも下の後輩にかっこ悪いところを見られその後介抱されるなんて良い歳の大人がみっともない。
「いえ、全然。それより先輩って……女性の人苦手なんですか?」
「えっ?」
予想もしない返答に不意をつかれ固まる。
今まで誰にも話した事がないコンプレックスは誰かに勘づかれる事も無ければ、それを聞いてくる人もいなかった。
「な、なんで?」
「先輩が倒れた時最初はアルコールの匂いがしたんで飲みすぎたのかと思ったんですけどあの時居た女性に触られてた腕を、気失ってるのに凄い擦って爪立ててたからそんなに嫌だったのかなって」
無意識だ。
意識がない状態なのに自分がそんな事をしてたなんて知らない。
ただそれだけの事で女性が苦手だなんて普通は分からないはず。
女性に触れたことも触れられたことも生きてきた中で覚えはない。
昨日に限っては確かに恐怖そのものだったけどそれだけの事でなんで、なんで感づく。
今までにない経験から冷や汗が沸くのを感じる。
手が無意識に震え、何も答えなくても〝はいそうです〟と言っているようなもの。
「そんなに……抵抗あるんですか?」
何も答えられない俺を見てまた南が質問をする。
視線は震える手に向けられ、俯いてしまった顔を覗こうとする。
「かなり、あるかも。怖いから」
「そうですか、異性に抵抗がある人は珍しくないですし何かあったらいつでも聞きますよ」
「そ、そっか。ありがとう」
それでも俯いたままの俺を見つめ、沈黙が場を仕切る。
「朝ごはん、食べましょう用意できてるので来て下さい」
そう言いながらなぜか頭を優しく撫で、そのまま部屋を出ていった。
何となく撫でられた事に抵抗がなく、ホッとした気持ちになった自分に違和感を感じながらも昨日助けられた相手が南でよかったと思うのがはっきりと分かった。
「ありがとう」
聞こえてないだろう感謝の気持ちを呟き部屋を後にする。
知らない感覚。
なぜだか胸騒ぎがしたのを押さえ込み部屋を出た。
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