好かれる男が俺を好きな理由

朝日奈由

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1.再開と沈黙(中谷)

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暗い。寒い。虚しい。苦しい。

……違う……寂しい。

そんな風に思うのはきっと自分が自分の事を好きじゃないから。
心に、触れてほしくない。
大事な部分は見せたくない。
一度知られてしまい、見られて、触れられてしまえば許してしまうかもしれないから。
判断が甘くなり、刺されたままの傷口が治して欲しいと開き出はじめるから。


中谷 弘之(なかや ひろゆき)
22歳 私立緑山男子高等学校にて本日から夢だった数学教員になりました。


そう、男子校で。


「それでは続いて、四月から新しく数学を教えて頂く中谷 弘之先生からご挨拶お願い致します」

全校生徒512人。
その全てが男子。
先生の年齢も20代前半から50代後半までと振り幅が大きく、その中でも女性の教員は約三名。
自分のやりたい仕事とコンプレックスを配慮した環境がここまで適してるのは中々ない。

「はいっ。中谷 弘之、22歳。まだまだ君たちと変わらない学側の人間かもしれませんが僕なりに頑張って行きますのでどうぞよろしくお願い致します。担当教科は数学で、二年生を受け持ちます。僕は元々この緑山男子の卒業生ですので、見知った先生方も沢山いらっしゃいますが在校生のみんなに関しては今日が初めましてです。特に二年生、一年生と三年生のみんなも今日からよろしくお願い致します」

知ってる体育館、知ってる教室、知ってる下駄箱、知ってる校舎。
生きていくのにマイナス的な自分がやっとここまで来れた。
あとは、この先長い年月出来れば何も無く、変わらない日々が続いてくれと願っていたのに……。



「いやぁー、まさかあの中谷が先生になるとはなぁ!嬉しいものだよ、自分が送り出した生徒が今度は自分と同じ立場になってまたここに戻ってくるとはな!」

「来栖先生、少し飲みすぎじゃないですか?さっきから同じ事しか言ってないですよ」

「いやいやそんな事はないよ!せっかく可愛い教え子がこんな立派になって戻ってきたんだ今日ぐらいは俺の前で羽目を外して沢山飲め!」

「い、いや。僕はもうこれ以上は……って!あー、入れないでくださいよ来栖先生」

「うーん、それにしても随分男前になったな中谷、身長は学生の頃とあんまり変わっとらん気がするけど顔つきや髪型まで今どきのかっこいい若者だなまったく!」

そう言いながら僕の顔をまじまじと見つめ五年前はしていなかった眼鏡を揺らしながら笑う。

「はぁ、それもさっき聞きまっ、ってあぁこぼしてますこぼしてます!」

「あーもうちょっともう!来栖先生!ほんとに飲みすぎですよ!中谷先生が困ってますし、どうぞ中谷先生おしぼりです」

白いブラウス、胸元に作られた少し大きめのリボンが揺れる。

「えっ……あっ……あ、ありがとう、ございます」

お腹の辺りに冷たい感覚。
こぼされたアルコールがおろしたてのスーツを容赦なく染めあげる。
緊張と恐怖で手に汗を握り心臓の鼓動が速くなるのが冷静に自分でも分かる。

「大丈夫ですか?中谷先生?」

心配で100%善意の表情。
乗り上げた体から覗かれる顔。
嫌いだ。

「あ、いえ、なんでもないです……す、すみません安藤先生、おしぼりそこに置いておいて貰っても……いいですか?」

反射的に遠のく体。
これでも少しマシになった方だ。
大学時代までは話すどころか、目を合わせたりソーシャルスペースに女性がいるだけで震えが止まらなかった。

「……あぁ、そうですね分かりました置いておきますね」

少しの沈黙と戸惑いの表情を一瞬浮かべ、気を使うようにそっと椅子に戻る。
やっぱり、普通に生きるのは難しい。
理解できない人には、恐怖を恐怖と認識して貰えない。
苦しい。


「それじゃあまたなー中谷ー!いい夢みろよー!」

「うるさいですよ来栖先生!もう夜も遅いですし早く帰らないと奥さんまた怒っちゃいますよー中谷先生もお疲れ様です着任そうそう歓迎会で遅くまで付き合わせてしまいすみません」

「あ、あの。いえ、それじゃあ僕は」

小さなお辞儀とその一言を残しそのまま歩き出す。



「やばいな、結局来栖先生に結構のまされて足下フラフラじゃん……それにしてもこの時間なのに結構明るいしまだ若そうな子達ばっかだ……な。まあでも俺もまだ若いけど……はぁ、怖いし早く帰ろ」

深夜一時すぎ、まだまだ寝静まることの無い世界はアルコールの匂いをまといそこらじゅうを歩いている。

「え、待って待ってー!この人ちょーイケメン!!しかもスーツだし!ねえ!お兄さんいくつー??遊ばなぁい?」

急に掴まれる腕、露出の高い服を身にまとい、擦り寄る身体、覗かれる見せたくない〝顔〟。

「えっ、い、いや……」

「やー!近くで見るともっとイケメン!お酒飲んできたのー?目トロトロだよぉ、ねー遊ばない??」

触れられた所から寒気が走る。

「いや、ほんとに、辞めて……くだ、さい」

酒を飲める歳なのか怪しい見た目。
やばい、まずい、吐きそう。
触れられた体が拒否反応を起こし、覗かれてる顔をとうざけようと下を向けばむくほど前かがみになりそのまま床に腰を抜かすのじゃないかと思うほど足が震える。
怖い、吐きそう、泣き……そう。

「あの、その人の腕、離して貰えません?俺の連れなんで」

だ、れ?

「やだー!お兄さんもかっこいいし綺麗!可愛い!タイプ!ねえねえ、良かったら私と今から遊んでくれないかなぁ?」

「はぁ……ごめんだけど、俺、会ってその日に股開くどこにでもいる女とか一番無理、不潔だからどっか行ってくんない?」

「なっ……なにそれ、あっそじゃーいいし」

掴まれてた腕が解放せれ、擦り寄られてた体が離れていく。
助かった、のか。
アルコールのせいで意識が朦朧として腰を抜かす事だけはしないようにぐっとこらえると、安心のそれか涙が零れる。
情けない、この歳になって女に触れられて泣くなんて。

「せんぱ……あ、あの大丈夫ですか?」

「助けてもらい、ありがとうございます」

涙をバレないように拭い顔をあげる。

「あ、やっぱり先輩だ、ってちょ、ちょっと!大丈夫ですか?!」

顔を上げ視界いっぱいに降り注ぐ光量と、ぼやける視界でどこかで見た事のあるような顔を一瞬みて、ぼやけてた視界が一気に暗くなる。

「たす……け、て」
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