ひだまり

塔野 瑞香

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ひだまり

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この環境はこの生活は普通なんだと思いながら過ごしてきた。でも、常にどこか寂しくて。
あの二つのひだまりがなければ私はいなかったのかもしれないし、もっと底に落ちていたのかもしれない。
今でも目を閉じてあなた達を想うと涙がでるのは何故でしょうか。


父は自分の実家で花屋を営んでいて、夜は帰りが遅く休みは日曜日だけ。母は家の近くのスーパーでパート勤務していた。私の記憶では保育園に入る前の幼少期から、日中は母の実家で過ごし、夜になると母と私と三つ年の離れた兄と一緒に母の実家近くのアパートへ帰っていた。そのアパートが私達家族4人の実際の住まいだった。
そして翌日の朝になると、母の実家へ戻るという生活だった。
父は私が寝たあとに帰ってきていたんだろう。幼い頃は顔を合わした記憶はほとんどなく、遊んでもらった記憶はない。それにそれとなく、成長とともに確実に感じていた。私よりも兄を可愛がっていることを。母も私より優秀な兄を誇りに思っていることを。だから私は自分を孤独に追いやった。両親との交流もない、愛も感じられない。そんな子供時代。頼りたくても、助けを借りたくても、語りかける空気もそこにはない。私になんか興味はないんだ。そう思った。私は異常なくらい暗かった。学校でも家庭でも心を閉ざしていたと思う。


なぜ母の実家でほぼ過ごしていたのか…父の収入がそこまでよくなく、食べさせてもらっていたと母は言っていた。
けれど同居をする家のスペースも、それ以前に父にはそのつもりはまったくなかったと思われる。

私の中で祖父の印象が強烈に残っているのが、保育園の運動会に祖父が来てくれて、一緒に玉転がしをした時だ。
他の子は両親と一緒に競技をしていたけれど、私には祖父で少し恥ずかしかったのと、何で母は来てくれなかったのだろうと寂しかった思いがある。母は仕事で都合がつなかく、祖父に参加をお願いしたらしいが。

今も一緒に玉転がしをした写真は残っている。あの当時は祖父で恥ずかしかった。
けれど、とても張り切って玉転がしをしてくれた祖父、周りからのたくさんの声援、その時の情景を思い出せる。
そして母の代わりに祖父が来て寂しく思ったこと、恥ずかしいと思ったことが今は感謝でいっぱいになる。
祖父もその当時、公園の清掃の仕事をしていた。その合間を縫って来てくれていたらしい。
なによりも私のことを思い、運動会へ参加してくれたことを嬉しく思う。

小学校に上がると土曜日授業がある。その日は給食が出ない。するとお昼を作ってくれていた。
だいたいいつも油っこい焼き飯だったけれど、一生懸命に作ってくれたんだと感じて食べていた。



祖母が私をおぶっている写真が何枚かある。実際によくおんぶしてくれていたらしい。
祖母は私が小学校まではビルの清掃の仕事をしていた。
夕方16時台になると家に帰って来た。母や祖父はまだ仕事から帰って来ておらず、学校から帰って来たら祖母といる時間が長かったと思う。

私が野良猫に手を引っかかれて、手を血だらけにして帰って来た時も祖母はすぐにタクシーで病院へ連れて行ってくれた。祖母がいなかったら大怪我した私はどうなっていたのか…。

休みの日は祖母と一緒に出かけることが多かった。行く先は親戚の家か、お寺へお墓参り、祖母が信教していた仏教の会合に行くことなので、私が行きたい所というよりは祖母が赴く場所へ一緒に付いて行ったような感じだった。
それでも私は嬉しかった。私という存在を無視されていない。確実に味方で傍にいてくれる二人は絶対的な安心感だった。

中学生になり反抗期とういか、いちいち干渉されるのもうざったくなる年頃。遅くまで起きて注意されて「うるさい」と言って怒らせた。
高校生は居てくれているだけでも有難いことなのに外部との繋がりが楽しくなり、家の中にあまり焦点を置かない。
専門学校時代はなお友達と夜遅くまで遊ぶことが増えて、帰りが遅いと電話をされても冷たく切る。
残された時間はわずかだったのに…。
私をとても可愛がってくれた祖父は逝ってしまった。

その約10数年後に祖母も逝ってしまった。

人は大切な人が亡くなってから悔やむ。あの日にお見舞いに行っていたら。あの時、優しい言葉をかけれていたら。
ありがとうって言えていたら。


私は数年前、精神を病んで休養していた時期があった。気持ちは落ち込んで不安定になっていた。明日もよく見えていなかった。そんな時、夢に祖父と祖母が二人並んで出てきた。祖母は私に「大丈夫?」と声を掛けた。祖父はそっと微笑んでいた。二人は今でも私を見守っていてくれているのかと涙が出た。

そしてまた最近、精神を病んだ。祖父が夢に出てきた。会話をした。なんと話したか覚えてはいないけれど。
とても温かった。見守っていてくれているのは嘘ではないと確信をした。

今でもきっとこれからも二人は私にとって掛け替えのない『ひだまり』であるに違いないだろう。


そして当たり前に居てくれて言えなかった「ありがとう」を心の中で唱え、贈りたいと思う。
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