異世界陸軍活動記

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ハヤトとしての余生

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 コトンとの新婚生活が始まった。
 というか、既に始まっていた

 俺が回復したとなると、いろんな人が家を訪ねて来てくれた。
 前にも、行方不明になってから発見された時に尋ねて来てくれたそうだが、その時のあまりにもひどい俺の状態を見て、いたたまれなくなったそうだが、今の俺の状態を見て、皆安心したような顔をしていた
 
 その中で忙しいにもかかわらずタクティアも訪ねて来てくれた。
 ハルツールは既に作戦を成功させていて、移転門も無事に奪取し、緩衝地帯にまでマシェルモビアを追い返している。
 緩衝地帯は既に10%も制圧しており、残りの40%という所まで来ているという

 残念ながら大陸の外海、以前はハルツールが占拠していたラベル島は奪還が難しい状態にあるとう。
 しかし元々ラベル島は、どちらかというとマシェルモビアに近い為、仕方ないと言えよう、それでも緩衝地帯を取り戻せつつあるのはハルツール側としては嬉しいだろう

 そのタクティアだが、あの時俺に一体何があったのか聞いてくる

「政府の発表ではゴルジア首相が裏切り、逃げた首相をハヤト中尉がそれを追ったと聞いていますが、実際の所はどうなんですか?」

 と言われた。その話をする前に
「俺もう軍辞めてるからね? 中尉じゃないからねタクティア叔父さん」

 と断りを入れる。何気に軍に入れ直すみたいな状況を勝手に作らないでほしい。そっちが忙しいのは分かっているがその手には乗らない

 どうやらあの時の事はその場に残ったリテア様とその護衛、そしてそれを見たであろう周りにいた軍の4個小隊には政府から箝口令が敷かれた。
 そりゃ、あの時俺もゴルジアに対して色々言ったし、その時リテア様や護衛の人達も聞いていたからね、本当だったら言っちゃいけない事も俺言っちゃったし。
 でもさ、ゴルジアも色々教えてくれたから、こっちもそれを返さなけりゃならないじゃん? それが礼儀ってものじゃん?

 てなわけで宗教的なタブーにも触れちゃったし、天使の話とか誰も信じないだろうけど、絶対触れちゃならない部分もあるという事での箝口令だろう。
 だからタクティアには

「僕もわかんなーい」

 と全てを有耶無耶にした


 ◆◇

 俺の意識が戻り、コトンとの結婚生活が1年経とうとするとき、二人の間に第一子が生まれた。
 元気な男の子であり、俺に名を付けて欲しいと言うコトンの要望に、名は『タロー』とした。『タロー・ラティウス』である。タローにしとけば、次はジローとなり、特に考える必要も無くなるその次はサブローになるし命名が楽になるからいいだろう。
 女の子? 女の子が生まれたら‥‥ハナコとか? 花シリーズで行こうと思う。
 順番が分かりやすいように春夏秋冬バージョンだ、長女は春のサクラ、次女は夏のヒマワリ、三女は秋のコスモス、四女は‥‥んー冬に咲く花ってあったっけ?‥‥知らないなー、まあいいか、というかそんなに子供を作るわけじゃ無いし必要ないだろう

 それで長男の誕生の時知ったのだが、この星での出産は地球と違い、命がけではないという事だった。
 あっ! 生まれるとなった時、俺は当然のごとく出産に立ち会うことにした。それはいい夫を目指す俺からしたら当然の事だった。
 「うーん、うーん!」と苦しそうに唸るコトンの手を握り、「頑張れ、頑張れ!」と元気づけるのだ!

 そう思っていたのだが、コトンと医療施設の人達からは

 え? 立ち会うの? だった

 取りあえず男が一度言い出した事を曲げる事は出来ず、無理やり立ち会ったが、俺が想像していた出産とは全くの別物だった。
 この世界では『癒し』というとっても便利な魔法があり、出産による痛みもゼロにしてくれ、妊婦の負担もゼロだった。
 出産中のコトンの表情は無表情、たまに「どれくらい出ましたか?」と聞くくらい。あまりにも淡々とした作業のような光景に俺は少し戸惑う、とりあえずコトンの手は握っているが、コトンは出産中暇なのか、時折俺の手をニギニギして来るぐらいだった。
 俺も思っていたのとは違い、拍子抜けだった。取りあえず子供が生まれてくるところを見ようかなと思い、首をく~~と曲げて覗いて見たが、徐々にニュルーとした感じで出て来る子供を見て気持ち悪くなった

 そうだった、俺は出産シーンとか苦手だった

 中学の保健体育の時、男女一緒に人の出産シーンを見る機会があった。
 始まる前、女子の方は恥ずかしい気持ちがあるのと、将来自分が経験する事なので真面目に静かにしていたが、一方男子の方は皆興奮していた。
 これからドエロイ事が待っているのだと‥‥当然俺も興奮していた。凄いものが見れると‥‥。
 しかし、実際は違った‥‥

 女子は感動して泣いている子や、不安になっている子がおり、出産シーンについて色々話をその後話していたが、男子は漏れなく全員意気消沈の無言だった。
 話すとしても
「すごかったね‥‥」
「うん‥‥」
「ははは‥‥」
 湿度0%の乾いた笑い、男子全員にトラウマを与えた授業は、とりあえず出産は大変なんだと思わせる事に成功した。
 それ以降、たまに牛の出産とか動画で見ても、体の力が抜けるような気持ち悪さを感じるような体になってしまった。 
 あっ! でも、ウミガメの出産は大丈夫、あれはどう見ても硬いうん○をしているようにしか見えない

 そんな訳で出産後

「体が凄い軽くなったよ」
 
 と喜ぶコトンと

「うん‥‥」

 トラウマを掘り返された(勝手に掘り返した)俺は、初の子供を授かった。
 生まれたばかりの子を見ると、もしかしたらあの時‥‥生まれてくる予定だった子供━━いや、止めておこう、この子は俺とコトンの間に生まれた子であり、このまま元気に生きていてくれればそれでいい。
 この子を大事に育てようと思う

 それと、この時から俺は。
『ウエタケ・ハヤト』ではなく、『ハヤト・ラティウス』と名字を変えた。ウエタケ姓はこの世界では俺しかおらず、生まれてきた子に少々悪い影響があるのでは? と考えたから

 ・・・

 ・・

 翌年、第二子の出産を迎えた。
 流石に出産の立ち合いは前回の反省を踏まえ、立ち合いはしなかった。元気な男の子で名は『ジロー』、嬉しい次男の誕生だが、この時、一つの問題が発覚した。
 意識が戻ってから俺は働いてはない、今まで貯めて来た貯蓄で生涯働かなくても生きていけると思っていたからだ。
 だが現実は厳しい、働かなくても良かったのは、元々俺一人の生涯設計で貯蓄を見ていたからであり、更に常に戦地に行っていた事もあり、お金を使わなかったからである。
 だが結婚後には、妻コトンと生まれて来た子供二人の分が含まれていなかった。
 しかも、子供を育てていくためには後数年で来る初等部の入学がある、要は教育費である。
 その事を全く考えていなかった。
 つまりこのままだと金がなくなる、という訳で急遽働かなければならない状況になる。まだ金銭的な余裕はあるが、早めに行動しておいて損はない。
 以前絵本作家になると絵本を書いたが、正直売れ行きが思わしくなかった。どうやら俺にはその才能が無かった様子、なので別に仕事を見つけようとしていたが

 そんな話をどこから嗅ぎ付けて来たのか、叔父であるタクティアが

「軍に戻りませんか?」
 と聞いてくる

「お前は戦地に戻れ」
 と言い返してやった

 それと第二子の出産後に、叔父さんであるタクティアはとうとう結婚した。
 その時相手の女性を紹介してもらったが、あれ? と思う。タクティアは確か花騎士の当時副隊長とお付き合いしていたと聞いていたが、俺の記憶にある副隊長とは全くの別人だった。 
 名はブルーメという同じ名だったが、花騎士のブルーメ副隊長とは違い物凄く地味な感じ、本当にどこにでもいるような女性だった。だから

「初めまして」

 と挨拶したが、相手の女性は少し苦笑い気味に

「やっぱり覚えていませんよね」

 そう言われる、それに続きタクティアが

「ほら、前にお付き合いしていると言いましたよね? あの時の女性ですよ元花騎士の」

「!? ん? 花、あれ、でも‥‥」

 あの時ちょっとしか顔を確認してなかったが、武道大会の時、2目にリテア様の護衛に付いた花騎士の副隊長ブルーメさんだと言うが、俺の知っている顔と雰囲気ではなかった。
 俺が困惑している理由を察したのかブルーメさんは

「花騎士であの時会った時と全然違いますよね? 花騎士時代の時は、見た目が良くなるような化粧や恰好をするのが義務となっていたので、あのような感じでした。実際の私はいつもこんな感じでしたし、他の花騎士の子達も大体はこんな感じで、素朴で大人しめの恰好をする子が多いんです」

「へぇー‥、そうなんですか」
 俺の仕入れた花騎士の情報とは何となく食い違っていた。何でもあんな派手な恰好をしているので、一般の女性兵士には嫌われるし、男性兵士からは常に色の混じった目で見られるが、実際はそうでもないと‥‥。
 もちろん俺の事前に仕入れた花騎士の情報道りの女性もいる事はいるが、ごく少数だと、それと

「花騎士の隊長だったフラワは━━」
 俺の大ファンだったらしい、朝起きるといつの間にか撮られていた、俺の隠し撮りの写真に毎朝キスをする程で、大会の時リテア様の護衛を務める事になった際、同じく飛び込みで護衛になった俺と近づけると喜んだらしいが、結局距離を縮める事が出来ず落ち込んでいたらしい。
 しかも花騎士の隊長のフラワさんは、軍で1、2を争うほどの美女で尚且つ実に女性らしい性格でとても一途な女性だと聞いた

「あはは‥‥そうなんですか」

 何となくコトンがいる手前、そう返したが‥‥

 そういうのはもっと早く教えて欲しかったよ


 軍への勧誘はお断りし、仕事を探そうとしていた矢先、今度はハルツール政府からお声がかかる。それはリテア主席の正式な護衛の誘いだった。
 給料としても申し分なく、しかも軍にいるよりも安全という職場環境に俺は直ぐに飛びついた。
 職場は首都のサーナタルエになる為、数年住んだモレントから、家族でサーナタルエに引っ越しをした


 ・・・・・

 ・・・

 サーナタルエに引っ越しして1年後、コトンは第3子の妊娠をした。 
 リテア様の護衛の為、俺は殆ど家にはいられなかったが、それでもコトンの周りには常にデュラ子もいるし、ラグナも付けている。
 それに多重召喚でオルトロスも番犬に付けているからコトンの安全は問題ないだろう、家に中々帰れないのは申し訳ないと思っているが、コトンは「大丈夫だよ皆いるから、ハヤトはハヤトで頑張って」と言ってくれる。
 なんとも良い妻を貰った事だろう、これからもコトンの事は大事にして行きたい


 さて‥‥

 日本に居た時、様々な芸能ニュースを見て来た。
 その中で、マスコミがこぞって取り上げるのが『不倫』ニュースである。パートナーや子供がいるにも関わらず、他の異性とそういった関係を持つ、それに対する世間の目はとても冷ややかである。
 俺もその一人であり、ひと時の迷いの為に、パートナーや子供を裏切るのはどうかと思う‥‥。
 中には『不倫は文○だ!』と言ってしまう芸能人もおり、俺は驚愕したものである。
 俺は不倫をする人達の事を『駄目な人間』として認識していた

 そして‥‥

 
 俺もその
 『駄目な人間』の中に加わる事となる‥‥



 顔面蒼白で下を向いている俺の正面と左右には、ラティウス家の面々が座っている。
 正面には義理の父と母、右手にはタクティア夫妻、そして左手にはお腹が大きくなり出産間近なコトン‥‥。
 互いに四角いテーブルを挟み座っていた

 不倫をしたのは俺であり、その相手とは‥‥リテア様だった。
 ほとんどの時間をリテア様と共にする事が多く、常に一緒の状態に近かった俺とリテア様だった。その為、リテア様の苦悩する場面もよく見ており、それを慰めたり勇気づけたりする機会も多くなる。
 そんな事がしょっちゅう続くと‥‥そんな事があったりする訳で。
 最初は太ったのかな? ぐらいに思っていたのだが、それがいよいよ隠せない程になり、そして俺も心当たりしかない訳で‥‥

 流石に任期中に主席が妊娠したとなれば国民に対し、色々と言い分を考えなければならない、それでなくとも『赤い柱』を使ったブレドリアや、艦砲射撃でボロボロになったトンプソンの復興がまだ終わってなく、国民が困っている中で、国のトップがそんな事をしていたとなれば大変な事になる。
 当然、それを政府は隠した。
 暫くの間リテア様は公の場に姿を出すのを控え、別の代表が表に出る事となる

 だがちゃんと隠したはずの情報は、流石情報駄々洩れのハルツールという事なのか、何故かラティウス家にはしっかりと伝わってしまった。
 一体どこから漏れているのか、ホントにまったく

 そいういう経緯もあり、完全アウェイのこの親族会議で俺は義理の父に殴られる覚悟でこの場にいる。
 もしこの場所に日本のウエタケ家の面々がいたとしても、完全アウェイのままだろう。せめてタクティアは俺の味方でいて欲しいが

「護衛に着いた時から何となくやるとは思っていましたよ」

 と言われた、俺に味方はいない。
 とは言っても俺が全部悪いので責められるのは仕方ない、そう思っていたのだが

「お願いだからコトンを悲しませないでおくれ」
「お願いよハヤトちゃん」

 義理の両親からは泣きながらそう言われてしまった。そしてコトンだが‥‥。
 ギュッと拳を握り言いたいことを耐えている様だったが、暫くして

「今後の事は暫く考えさせてください」

 といって席を立って行った

 コトンを裏切ってしまった俺にはもう一緒にはいられないだろう、本当にやってはいけない事をしてしまったと反省するしかなかった。
 それから3カ月間コトンから連絡が無かった。当然別居状態にあり、その間にコトンは第3子を出産、女の子であり名は今回コトンが名付けた。
 流石にこれは離婚だろうか‥‥と観念する。
 そして護衛の仕事だが、当然ながら護衛の仕事からは外されてしまっていた、それはそうだろうと思う。
 政府の中には俺とリテア様の仲を知っている者もいたが、それは見て見ぬふりをしていた。だがこうなってしまっては流石に護衛には‥‥ということだ

 そんな訳で今無職の状態にある、離婚になったら慰謝料とか色々支払わなければならないし何とか仕事を探さないと、と思っていた時、タスブランカにあるリテア様の実家であるネジェン家から話が掛かる。
 ネジェン家では代々タスブランカの代表を輩出しており、代表候補となる者は特別な教育を受けるために隔離状態に入る、その時その代表候補を守る為に護衛を付けるのだが、その護衛にならないかと‥‥

 その時無職という事と慰謝料という事が頭の中の殆どを占めており、冷静な判断が出来なかった俺はネジェン家の依頼を了承した。
 ただそれはコトンからしたら二度裏切られたように感じただろうが、その時の俺はそこまで気が回らなかった。
 住まいをタスブランカへと移し、ネジェン家の次の代表へとなる人物の護衛の仕事に就いた

 それから1カ月後、コトンがタスブランカにいる俺を子供を連れ尋ねてくる、また一緒に暮らしてほしいと‥‥。
 一緒に暮らして欲しいのは俺の方だ、今度こそコトンとその子供達だけを愛していくと誓った。
 こうしてまた家族として俺とコトン、子供たちはタスブランカで暮らす事となる

 それから数か月後、リテア様が出産の為に極秘でタスブランカに戻っており、コトンに断わりを入れ一度会いに行った。
 その時リテア様からは

「あら‥‥今の奥さんとは別れてくれないの?」

 と笑いながら言われた


 笑っていたが目は笑っていなかった‥‥


 ・・・・

 ・・・

 それから4年後、コトンは第4子の出産で男の子

 更に1年後、第5子の出産でこれまた男の子の誕生

 流石にもう5人もいるのだからいい加減いいだろう、子供を育てるにもお金がかかるし、と思っていたが、コトンは以前、自分の母親が5人産んだから自分は6人産むと言っていた。
 それは本気だったらしく━━

 2年後に、第6子となる女の子が誕生する

 これでラティウス家は8人家族になった




 ◆◇
 
 長い年月が過ぎ、子供も独立し、長男が結婚し子供が生まれた頃、俺の50年体の成長が止まる『生命の契約』期間が過ぎた。
 本来なら、ここから老いて行くはずだが、神となった俺に老化は無い。それだと周りからは不審に思われるだろう、だから俺は顔に仮面を付けるようになった。
 グラースオルグの威圧を軽減するために以前掛けていたが、それと形は違うが似たような物をタスブランカの骨董品店で見つけ、それに『幻惑』魔法を付与し、それから外すことなく身に着けるようになる



 ◆◇


「もう店を続けるのは辛くなったんじゃないの? 俺の休みの日に合わせて定休日を取ってさ、俺の為だけに店を開けるのももういいからさ、休みなよ、もういい年なんだからさ」

 俺が労うような言葉を言うと隣から

「何を言っておる! ハヤトは儂の唯一楽しみを潰すつもりかぁ!」

 隣に座っていた老人から怒号が舞う

「そんな事言ってもさ、オヤスも足腰とか弱くなっているし、それにアルフレッドだってここに来るのに杖ついて歩いてきたじゃん。杖なんかもうこんな風にグラグラさせてさぁ」

 杖をついている様子を真似して右手を揺らす

「そんなに朦朧しとらんわー!」

 この怒鳴っている老人は、もとフレックス隊所属で、ライカダーモンと同じ部隊だったアルフレッド。
 当時はライカの故郷であるコンセの村の駐留任務で顔を合わせ、一緒に洞窟内に作られた魔物の集落を全滅させたこともある。
 既に白髪しかなく、頭髪も少なくなっているが彼はアルフレッドだ。若いころは結構礼儀正しい感じだったが、年を重ねた結果、怒りっぽい性格になっていた。
 切れる老人みたいなのが日本に居た時テレビで特集していた気がするが、そんな感じになっていた

 このアルフレッド、軍に居た時は、休暇になると必ずオヤスの喫茶店に行き、裏メニューである『グースセット』を頼んでいたらしい。
 コンセの村で飲んでいたクオルシの味が病みつきになったようで、今では俺以外は食べられないであろうとする食事でもとれるようになっていた。つまりあまり砂糖を取らない
 
 アルフレッドはかなりの高齢だが、本当に長く生きていると思う。普通ならもう寿命ではないかと思うがその年齢を超え生きている。
 俺が思うに、砂糖をあまり取らないと長生きするのでは? と思っている。
 通常人の寿命は130歳、『生命の契約』の50年を引くと80歳である。『防病の契約』のおかげで病気にはならないのに、それだと寿命が短すぎないか? とは思っていたが‥‥この説あってない?

 怒鳴り散らすアルフレッドの席にこの店の人気商品である、砂糖少な目の『バームクーヘン』が運ばれる

「まあまぁ」
 と切れる老人を宥めるのはこの店の店主であるオヤスだ

「この店を開いているのは私のただの趣味ですから、苦痛では無いですよ、体もほら‥‥まだ動きますから」
 動いた後に小さな声で「いてて‥‥」という声が聞こえるが

「ほら見ろ!」
 切れる老人がそれ見た事かと勝ち誇ったように俺を見る

「オヤスがいいんならいいんだけど」

 そしてこの店の店主オヤスは、あのオヤスである。
 脱税からの服役後、暫くは何もせず自宅に居たのだが、それまで忙しく働いていたオヤスにとって、ただ家に引きこもるのは苦痛を感じるものだった。グループに戻れば逆に迷惑が掛かるし‥‥

 そんな時、たまたまサーナタルエに用事が有った俺がバッタリオヤスと会う事となる。
 オヤスは俺の口座を使った脱税をした事で、俺に対し真摯に謝罪してきたが、そうなると最初から何となく予感していた俺は別にいいよと許した。
 そしてオヤスの今の近況を聞き、ならタスブランカでオヤスグループとは関係なく店でも開かないか? と

 その時俺が新商品として提供したのが、バームクーヘンの知識だった。
 日本人に生まれたのなら、子供から老人まで知らない人はいない、名前は知らなくてもその形は誰もが見た事のあるお菓子だった

「大体こんな感じの形でさあ、生地を棒なんかに重ねて巻き付けて焼けば行けるんじゃないの?」

 そんな感じに教えたら

「出来ました」

 となった。形しか教えてないのに何となく味も似たような感じに仕上げるオヤスは、まさに天才だと思う。
 そんな新商品を引っ提げてオープンしたオヤスの喫茶店は当初、脱税で掴まったオヤスグループの会長が新たに作った店として客が余り入らなかったが、それも徐々に客が入るようになり、今ではタスブランカで一番人気の店になる。
 タスブランカではオヤスグループの店もあるが、その客入りはグループの店でも及ばない程の人気店だ。
 ちなみにオヤスグループの会長、はオヤスの長男のモランから、娘婿であるゴダイブに代わった。モランが会長の時業績が徐々に悪化して行き、その責任を取る為に会長を辞職したそうな。その時モランの右腕として顧問として雇われていた、メガロ・ザーマス顧問も顧問を辞めたようだ。退職する時メガロ・ザーマス顧問が唯一会社から持ち出したのが、俺がイヤイヤ書いてやったサインだった。
 日本語で『クソくらえ』と書かれたサインを、大事そうに抱え会社を去ったそうな‥‥
 
 まあそれはさておき、そのオヤスは俺の休日に合わせて定休日を作り、俺の為だけに俺専用のセットメニューを用意してくれていた。
 それを聞いて軍を退役後、タスブランカに引っ越して来たのがアルフレッドである。俺の休みの日は必ずオヤスの店に来て、俺専用のセットメニューを頼んでいた。
 今ではクオルシにミルクを入れて飲むようになった俺だが、アルフレッドは今でもクオルシをブラックで飲む、何とも意思が固いと思う

「ミルク入れた方が美味しいよ」
 と親切心で言った事もあったが

「まだそれじゃあ子供だなあ」
 と煽られてしまう

 そして年老いたアルフレッドは、軍人時代の時の事を話す

「あの時ハヤトが一瞬で家をたててなあ! 覚えているかハヤト」

 何度も同じ話を続け

「ああ、覚えているよ」

 それに対し適当に相槌を打ち

 オヤスはそれをニコニコしながら見ている、それが俺の休日だった


 というか俺はいつまで働けばいいのだろうか? この星では既に定年は過ぎているんだけど‥‥



 ◆◇


 平均寿命まであと10年、120歳となった俺は未だにネジェン家で、次期代表となる人物の護衛をしていた。
 それも俺とリテア様の玄孫、誰もいないところでは俺の事をお爺ちゃんと呼んでくる玄孫の護衛をしている。
 その玄孫だが、お婆ちゃんと呼べるリテア様はもう既に亡くなっている。というかこの時代になると俺の知っている人の殆どは生きてはいない

 タクティアだってもう亡くなっているし、ソルセリーもライカも、もういない。オヤスだってかなり前に亡くなっているし。
 マシェルモビアのトルリだってもう既に亡くなっていた事を、トルリの子供に聞いた。トルリの家庭とは個人的に仲良くさせてもらっていて、たまに遊びに行くときはチョコレートを買ってお土産にしていた。
 トルリの子供からはチョコレートの叔父さんとして呼ばれていて、その子の結婚式にも俺は呼ばれる程、懐かれていた。
 その子から「母はもういないと」聞かされた。
 最近別の用件で忙しく中々顔を出せずにいたが、分かっていたなら死ぬ前にもう一度会いたかった‥‥
 
 そして別の用事で飛び回っていたのが今日で終わる。
 俺が今いるのは軍の管理する墓地、その一人の仲間だった兵士の骨が残された場所に立っている

 と、そこへ━━

「ハヤト~」

 後ろからかすれた声がし振り返ると、男女一組の老人がこっちに向かって来ていた

「どうしたのこんな所まで?」

「ハヤトの召喚獣からここに来ているって聞いたからな~」

 そう答えるのは元同じ部隊所属だったタウロンだ。長髪がトレードマークで、俺と最初に会った時から妻と子に逃げられていた状態にあった中二病の仲間だ。
 当時と違い、頭がかなり薄くなってしまっているが昔の栄光を忘れられないのか、まだ長髪でいる。そして最後まで妻と子供は戻らなかったようで、今まで一人で暮らしている

「ここでせっかく会ったんだからこの後は‥‥わかっているね?」

 そう話すのは、同じく元カナル隊所属のニーアだ。
 すっかり老婆になったが、酒は止められてないらしい。ニーアはその後、当時所属していた部隊長と一緒になった。
 なんでも「酒が強く気が合いそうだったから」というのが理由だそうだが、一度ここに居る3人と一緒に飲んだことがあるのだが、真っ先に潰れていた。
 そしてこれは俺の憶測だが、そのニーアの旦那さんは結構早い時期に亡くなっている。多分それはニーアの酒に付き合わされたからではないだろうか? と今でも思っている

 早々に旦那を亡くしたニーアだが、ずっと一人で寂しく暮らしているタウロンが可哀そうに思ったのか、旦那が亡くなって暫くしてからタウロンの近くに引っ越している。
 いや、違うな、ただ単に飲み友達を探して移動したのだろう

「分からないよ酒なら飲まないからね」

「なあんでよぉ、久しぶりに一緒に飲みましょうよぉ」
 飲まないと言ってもニーアは引き下がらなかった

「ニーアもしかしてもう飲んでる」

「飲んでない」
 俺が飲まないと言ったら怒ったのか短く答える

「ハヤトはどうしてここに?」
 白髪の元ロン毛兵士が尋ねて来る

「ああ、これをやっと見つけてね」

 俺は二人にとある物を見せる、それは三日月の形が掘り込まれた物だ

「昨日やっと見つけてさ、これをお墓の中に入れておこうと思ったわけ、エクレールの親族にはもう許可を取っているからさ」

 それは以前、俺がエクレールの為に作って弓に付けてあげた部品の一部だった

「残念ながらタグとかは見つからなかったけど、その代わりこれが見つかったんだよ」

 その一部だった物をエクレールのお墓に入れる

「これで同じ部隊だった者達の遺品は全て集めた‥‥俺の隊長としての仕事は全て終わりかな?」

 タウロンとニーア共に関わりの深かった人物だけに、二人とも寂しそうな笑顔を浮かべた
「そう‥‥ずっと探していてくれてたのね、ありがとう」

「うん‥‥で! 俺の仕事は完全終了した訳だが‥‥どうする? この後」

「そうだねぇ‥‥久々に飲みに行きますか」
 しわくちゃになった顔でニーアが嬉しそうに笑った
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