異世界陸軍活動記

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サーナタルエ会議室

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ハルツール国のトップ、イディ・アンドリナは会議室で昼食を取っていた。

 数日前までは、自分に与えられた部屋で軽い雑務をしながら取ったり、皆と食堂でゆっくりと食事を取れた。しかし、突然空間の歪みが現れたとの報告があり、時間をかけて食事を取ることが出来なくなっていた。


 現在、カナル分隊が歪みの調査に向かっており、最終的には調査の報告待ちにはなるのだが、その結果次第では再調査の可能性もある、この国で一番の『探知』魔法の使い手のイディが出向くのか? その場合、護衛はどうなるのか? 護衛として引っ張ってきた部隊の穴はどこの隊が埋めるのか? など、結果次第ではすぐにでも行動できるよう計画、そして準備が進められていた。


 この場で食事をしているのはイディだけではない、この国No2である首相のゴルジア・サトを始め軍の幹部、その関係者もこの会議室で一緒に食事を取っていた。

 ゆっくりと食事をする時間も無い程の緊急事態なのである、食事をしながらも会議だけは続いていた。


 食べながらの会議なので、イディはとあることに胃が熱くなるような不満を募らせていた。

『生命の契約』という寿命が50年延び、その間は年を取らないという魔法陣がある、女神から与えられた誰にでも契約できる有難い物だ。

 大体20歳位で契約をするのだが、体は年を取らないが同じく脳も年を取らない、なので行動や言動は契約当時の「若い時のまま」になる人が殆どだ。


 しかし契約の50年が過ぎると、あとは普通に年を重ねていく、これは脳も一緒、年を取ると途端に人は自身の見た目などに無頓着になる、周りの事が気にならなくなる。


 それはこの会議室の半数の人間に該当する、イディが不満を感じているのは、食べながら喋ることで口の中の食べ物が見えたり、食べたものが口から飛び出したり、クチャクチャと音を出したりする‥‥‥


「おっさんたちが気に入らないのよぉぉぉぉぉ!!!」

 イディの心の叫びだ


 この会議室にはイディを含めて女性が3人いる、イディと同じくまだ契約の期間が残っている女性は眉間にシワを寄せている、イディと同じ気持ちなのだろう。


 もう一人は契約期間が過ぎたいわゆる「おばさん」だ、この女性は周りのおじさん達と大して変わらないような行動をしている、口数が多い分テーブルの上にはかなりの食べかすが散乱している。


 ただここにいる人たちは真剣なのだ、真剣に国の事を考えて一生懸命発言している、だから文句も言えない、それにイディは周りの人間、そしてこの国の国民から「知的」で、「優しく」「見目麗しい女性」として知られている、本人もそれは自覚している、なので醜態をさらすわけにはいかないのだ。

 発言するにも、食事をするにも、歩く姿でさえ意識し、常日頃から気を使っている。


 だから、だからこそ、目の前のおじさん達が許せないのだ。


「ゲフッ!」


 隣にいるゴルジア・サトがゲップを吐き出した、額に血管が浮き出るのをこらえるように大きく呼吸して気持ちを落ち着かせている。


 ガチャリ


 ドアが開けられ男性が一人入室して来た、服装からして軍の関係者だ

「報告があります」


 ただの報告なら後で書類で渡せばいい、しかし、会議中ではなく食事中とはいえ、直接報告に来たとなると、かなり重要な報告となる、一斉に職員に視線が集まる。


「今から5日前、カナル分隊が空間の歪みの調査を開始し、そこで100体以上のオーガとの戦闘、その直後、約30人のマシェルモビア兵との戦闘がありました」


「100‥‥‥‥」


「マシェルモビアだと!?」


「まてまて! ちょっ、地図を見せてくれ!」


「どうやってマシェルの兵が来た!? 中央を抜けてきたのか!」


「いや、東側ならともかく、中央で突破するのは出来なくは無いですが、かなりの犠牲が出るでしょう、大陸深部を通るわけですから」


「しかし、現にいたということは突破したのでは?」


「東側を抜けて来たという可能性も━」


「東を抜けてわざわざ中央に行く理由は?」


「歪み目当てでは?」


「それが目的なら、マシェルモビアに情報が漏れたことになるぞ!」


 ここにいる全ての人間が驚き、各々マシェルモビア兵が何故そこにいたのか? という疑問を、自身の考えや予測を話している中、実際に前回歪みに調査に行ったイディは別の事を考えていた。


 オーガですか?‥‥前回私が行った時もオーガが出てきましたね、本来そこにはいないはずのオーガ、それが今回も? そういえば、その時男の子を拾いましたね、名前は‥‥‥‥何と言いましたか?


「調査に当たったカナル分隊はどうなったか? この報告があるということは無事に生き延びた者がいるのだろう? それと、オーガとマシェルモビアの兵は?」

 ゴルジア・サトが腕を組み、眉間にシワを寄せながら問う



 そうだ、わが国の兵はどうなったのか? 合計で130もの魔物と兵との戦闘‥‥‥‥無事であるはずがない。


 オーガの事で頭の中が一杯だったイディは、自国の兵の心配を頭の隅に置いておいたことを恥じた。


「ハッ、カナル分隊は、隊長、そして隊員3名が戦死、3名が生存、対してオーガは全滅、マシェルモビア兵は一人逃走し、あとは死亡が確認されています」


 静まり返る会議室、軍事の事は詳しくないイディでも分かる、実質7対130なのだ、それで3人も生き残ったのがおかしいのだ、チラリとゴルジアの覗き見る


 ゴルジアが目を見開き驚いている


「続けます、オーガとの戦闘後、続けざまにマシェルモビア兵との戦闘があり、その直後、グラースオルグが出現、マシェルモビア兵を一掃」





「‥‥‥‥はぁ‥‥‥‥?」

 ゴルジアが抜けたような声を出す


・・・・・・・・


 ここにいる誰もが理解出来ない言葉を職員は言った


・・・・・・・・


 グラースオルグって?


 あのおとぎ話に出てくるグラースオルグ?


 すべてを食い尽くしたって‥‥‥‥あの?


・・・・・・・・


・・・・・・・・


 この場でこの軍関係者が冗談を言うはずがない! ということは!


「我が国への被害は!」


 机をバンと叩き、彼女の声とは思えないほどの大声を出し立ち上がった、この一言で沈黙していた会議室の空気が変わる


「我が国にへの被害は確認されていません」


「だとすると、マシェルモビアに向かったか‥‥」

 ゴルジアが問う


「いえ、ハルツール、マシェルモビア両国には被害はありません、空間の歪みですが探知したところ、どこにも繋がっては無く、空間が視覚的に歪んでいるだけで、異常は感じられなかったとのこと、

 歪みはこの戦闘終了後には消失していたということです、そしてグラースオルグの事で要請があります。

 現在、一時的にグラースオルグになっていた『ウエタケ ハヤト』には、ハッキリとした理性があり、暴走の気配は無い。

 しかし、またグラースオルグになる可能性も少なからずあるので、マルドにて隔離・監視を要請すると、そして判断を仰ぐために映像を持って来ております」


 その場にいる誰もが声を上げることは出来なかった


 そう、ウエタケ ハヤトでしたあの場所で倒れていた彼の名前は、その彼が軍に入隊していたのですか? そして、その彼がグラースオルグ?‥‥バカバカしい

 ただの人間が、おとぎ話に出てくるグラースオルグになるなんて。


 さっきは驚いて大声を出しましたが、よく考えてみるとあのグラースオルグが出て、被害が出ていないというのはおかしいですね、大昔に人の勇者200人で命がけで足止めし、断罪者がとどめを刺してやっと止まったグラースオルグが、理性があるというのがどうも‥‥それに、ソレが現れたというなら必ず断罪者が出て来るはず。


 イディは後ろを振り向き、事務的な服装の女性に

「断罪者が降りてこられたという報告はありますか?」

 と、問う


 あるはずがありません、あったならすでに報告がされています


 イディの問いに、後ろに控える女性職員が答える

「そのような報告は受けておりません」


 5日前に出現したというなら、降りてきているとの報告が入っていてもいいはず


 やはり、この報告はやはり間違いでしょうね、第一‥‥何千年前の出来事なのに、なぜ誰も見たことが無いはずのグラースオルグ、その姿と断定できるのか?


「では映像を出します、よろしいでしょうか?」


 隣のゴルジアが右手を軽く上げる


 許可を貰った軍人は記録された物を魔道具に設置する


「映像はオーガとの戦いの後からになります」

 そう言うと映像が映し出される、映像には歪みが映し出されていた


  歪み‥‥ですね、探知を掛けている所でしょうか? なにやら後ろが騒がしい気がしますが


 ガヤガヤと会話が続いている中、突如

『敵襲!!!!!』

 という叫びが聞こえてきた、


『ドバン!』

 目の前の地面が爆ぜ、映像がよこに倒れたように映った、撮影者が倒れたのが分かった、そしてパラパラと土のようなものが落ちてくる


 撮影者が血が噴き出した右手を前に出す、今の爆発で傷を負ったのだろう、右手が淡く光った時、今まで誰もいなかった場所に人が現れる、その装備からして間違いなくマシェルの兵、『潜伏・隠蔽』の魔法を掛けていたようだ。


「マシェルモビアめ‥‥」

 軍幹部が座っている辺りからのつぶやきが聞こえる


 撮影者を庇うように一人前に立ちふさがった。飛んでくる魔法を相殺し、刀で相手の斬撃を防ぐ、しかし相手の数が多く、目の前の兵士は二人のマシェルモビア兵に刀で体を貫かれた。


「うっ!」

 思わずイディは声を上げる、


『ハヤトぉ! 逃げろぉぉぉ!』

 貫かれた兵は、声を振り絞って叫ぶ、ずるりと体が崩れその場に倒れる、マシェルモビアの兵は倒れた兵の上でさらに刀を振り下ろした


 そして、そのまま撮影者に向かって刀を振りかぶる、と、その時映像の右から白い物体が現れ、映像に映し出されていた二人のマシェルモビア兵を吹き飛ばした


「えっ?」

 イディは何が起きたのか分からなかった、しかし軍関係者は「おぉ!」と声を上げる


 映像には4本足の純白の生き物が映っていた

「アレは何ですか!?」

 見たことのない生き物に驚き、ゴルジアに聞く


「あれはウエタケ ハヤトの召喚獣でしょうな」


「えっ! 召喚?」

 彼は召喚者になっていたの? でもあんな召喚獣見たことが‥‥


 彼女はハヤトの事をよく知らない、初等部に入れたことまでは知っていたが、彼が召喚者になったことも、変わった呼ばれ方をしているのも。


 撮影者は立ち上がり体制を整える、画像が揺れているがかなり足に来ているのだろう、敵が放つ火弾を弾きながら雷撃を放つ、しかし、数の多い敵にはかなわず火弾の直撃を受ける。


『うぐぁっ!』


「ここから大きな音と光が出ますので、お気を付けください」

 映像を持ってきた軍人はそう忠告するが、イディの耳には入っていなかった



 吹っ飛ばされた撮影者は地面に叩きつけられる、そして無理にでも上体を上げたのだろう、大きくぶれて画像が止まった、そして画像に映っていた物は‥‥‥‥


 空中に浮かぶ巨大な魔法陣だった。そしてそこから出て来たものに、会議室にいた者達は驚愕する


「あれは」


「ヒュケイ‥‥‥‥」


「まさか! 彼はヒュケイを?・・あぁ、何という」


『ゴゴゴゴ!』


 撮影者の目の前に突如、壁のようなものがせり出す、その直後、映像を直視できないほどの光と轟音が部屋に響いた。


「つ! ううぅ!!」

 もはや目も開けられないほどの光にイディは苦しむ

 ‥‥‥‥暫くして、音と光は終わり、イディは映像を再び確認する


 そこには以前見たことのある少年、自分があの時拾った彼が映し出され、何かを叫んでいた。

 そして、彼の周りから赤黒い霧のようなものが纏わりついていき‥‥‥‥


 ・・・・・・・


 ・・・・


 ・・


「ぁ‥‥ぁあ‥‥ぁ‥‥」

 映像を見終わったイディは涙を流していた、涙を流し恐怖で震えていた、映像で見たものがこの場にいないのにもかかわらず、心臓を鷲掴みされたような、命その物を砕かれるような恐怖


 イディだけではない、その映像を見たすべての人は、本能から来るであろう恐怖に震えていた。

 ゴルジアの体も大きく震えており、椅子から転げ落ちる軍幹部もいる


 ここにいる者達は皆、映像に映し出された者がグラースオルグだと確信した


「こ、この映像は他の誰にも見せてはならない、厳重に保管しろ」



 そしてこの日、ウエタケ ハヤトのマルドへの搬送、そして隔離が決まった。
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