秘密の島の童唄

絃屋さん  

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静寂

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外の景色は、霧がかかっていた。
昨晩の騒がしさが嘘のようだ。
秘祭の後、宿に戻った私は帰るための準備にとりかかった。
調査で得たメモや写真などをファイルにまとめ、着替えや諸々の仕事道具をリュックにしまい込んだ。
宿屋の主人が申し訳なさそうに
「先生、こちらのお召し物は処分しておきますね」
と言った。
一瞬なんの事か解らなかったが、しきたりの言葉を思い出して納得した。
「なるほど、しきたりは今でも島民たちの中では生きているんだね」
「はい、バカバカしいと思うかもしれませんが」
「そんな事はない。気がついてくれてありがとう」
それから、支度をして本土に戻る船に乗り込んだ。
この船も独特で、男女が交わることがないように区分わけされていて、外からは見えなくなっている。
「外の景色は楽しめないわけだね」
「先生、冗談だとしたらスベっています」
エミルが、珍しくそんな事を言った。
「では、また後から会いましょう」
別れてそれぞれのスペースに向かう。
村の住人達は、すぐに着込んでいた衣服を脱いで裸になる。
私は外部の人間なので気にしなくていいと言われていたが、なぜか胸騒ぎを感じていた。
誰もが生まれたままの姿になっている中で私だけが服を着ていると異質に思える。
恐らく、女性側のスペースでも皆が服を脱いでいるのか。
だから、間違いが起こらないように厳密な区分がされている。
そう理解した。
「先生、また来てくださいね」
「あぁ、また来ると思う」
それから、何もすることが無かったので目を瞑り、静かに考え事をしていた。
村人達だけでなく、ありとあらゆる生き物達の息遣いが消え去った、無生物の領域にいるような感覚に思えた。
不思議な事に、波のゆらぎだけは感じられていた。
考えが、うまくまとまらず、手足は重だるく、熱に冒された時のように意識がはっきりしない。
「うーあぁー」
声を発そうとするが、そのような音が漏れただけだった。
灯りがついたはずだが、目の前ははっきりとしない。
「先生、先生!」
聞き慣れた声がする。
「エ、ミルくん」
「先生、大丈夫ですか?」
やけに声が大きく響く。
身体が重たく、地面に張り付いているようだ。
「すまない、少し体調が悪く」
「体調とか、そういう事よりも先生、ご自身の姿を見てください」
「は?」
エミルが手鏡をこちらに向ける。
そこには、あどけない幼児の男の子のキョトンとした表情がうつっていた。
「駄目だ、頭がはっきりしない。声も……声がやけに高いな」
「先生、しっかりしてください。様子がおかしいです」
「あぁ、ちょっとまってくれ、眼鏡を」
「すいません、先生。失礼します 

エミルはそう言うと私の両脇に手を差し込み軽々しくひょいっと持ち上げた。
私にとっては、それはまるで身体が浮き上がったかのような奇妙な感覚だった。
「うわぁ、な、なにを」
驚いた拍子に私は両腕をエミルの首に回した。
ちょうと介護される時のように、いや抱きかかえられる子供のように。
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