秘密の島の童唄

絃屋さん  

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秘祭当日

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山の上の燭台に火が灯された。
早朝から島民達が総出で装飾や貢ぎ物の料理などを仕込んでいる中で、手持ち無沙汰なのは私達二人だけだった。
「忙しそうですね。先生」
「あぁ、邪魔にだけはならないように隅の方にいるのがいいだろうな」
基本的には、部外者にも優しい島民達も、忙しさで気がたっているようだった。
遠目に観察する事に決めた私は小高い丘の上から祭りの全体像を眺める事にした。
大人だけでなく、子供も舞を奉納したり、儀式の手伝いをしたりと慌ただしい。
エミルも、御神水の入った瓶を少し離れた所から見てスケッチをしていた。
本格的に始まるのは夕方だろうが、すでにいくつかのタスクは進行している。
山の上の社から御神体が降ろされてくるのを女達が迎えいれ、子供達が武芸や舞を踊ってもてなす。
男達は酒を飲んで景気づけをし、大声をあげて祭りの高揚感が昂っていく。
「ここまで本格的な儀式とは思わなかった」
いつのまにか、隣に立っていたエミルを見ると、祭りそのものに魅入っているようでスケッチブックの手も止まっていた。
「先生、そろそろおっしゃっていた御祓の時間じゃないですか」
「おう、そうだった。もう少し近くで見よう」
石段を降りていくと、メインとなっている御神体の広場から少し離れた場所に出た。
古びた井戸の中に、瓶に入った御神水が注ぎこまれる。
島民の一人がふざけて、あれは毒なんだといって笑っていた。
見た目は普通の水と何ら変わらない透き通ったものだが、地中の鉱物や有害物質も含まれているので飲水には適さない。
あくまでも、身体に浴びることで汚れを払う意味があるという。
「ああ、先生来たんですね」
島民の中でも比較的若い男性が、こちらに気付いて挨拶をする。
「間に合ってよかった、あれが例の? 」
「はい、そうです。今からあの青年が御神水を被ります。ちょっと見ていてくださいね」
そういって若者は、井戸の隣にいた新しい移住者に何か指示を出していた。
「では、あらかみさ、ばにいきて、このものをむかえたまえ、とわにはんえいがあらんことを」
その言葉のあと、男は桶から直接、御神水をかぶった。
バッシャンという音が勢いよく響く。
それまで張りつめていた島民達の表情が和らぐ。
「よくやった、これで今日からあんたも島の一員だ」
「はい!改めて宜しくお願いします」
移住者とはいえ既に5ヶ月目の滞在らしかったが、この儀式が終わるまではやはり部外者なのだろう。
遠巻きに見ていても急に島民達が歓迎ムードになっていくのがわかる。
「先生も被ってきたらどうですか」
エミルがぼそっと口にする。
「そうしたいのは山々だが村長から止められている。ここに永住するつもりじゃなければ祭りには参加できないよ」
祭りもいよいよ佳境に入り、みんなお酒が入って騒がしくなってくる。
大声で歌う人やなぜか走り回る人もいる。
「先生!」
「どうしました? 」
バッシャーン。
急に頭から水の塊が降ってきて全身がずぶ濡れになる。
走り回っていた子供が、御神水の桶につまずき、うん悪く私の方に飛んできたようだ。
「うわぁ、やっちまったよー」
その子供は自分の失態に気付き焦って動揺していた。
「大丈夫ですよ、ちょっとびっくりしましたが」
「先生、怪我はないですか? 」
エミルが慌ててタオルで身体を拭いてくれる。
「幸い、かかった水はそんな多くないし気にしなくていいよ。ただ、いったん宿に戻ろうか」
「先生、すいませんでした。」
「まさか、こんな形で御祓を経験する羽目になるとはね」
「本当にごめんなさい」
「いいですよ、気にしないでください」
「あ、でも。島を出るときは気をつけてくださいね」
「あー、そういえばしきたりがあったね。服を全部脱いで、荷物を持たなければいいんだよね」
「はい」
「分かりました。気をつけるようにしよう」
子供は、申し訳無さそうに走っていく。
インタビューした際は、あれぐらいの年齢の子供は居ただろうか。
「先生、とりあえずお風呂に入ってきては?」
「そうするよ」
私は宿に戻ってシャワーを浴びた。
浴衣に着替えて外を見ると山の上の燭台がちょうど消される所だった。
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