秘密の島の童唄

絃屋さん  

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調査報告書

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村に滞在してから3日が過ぎた。
島民は皆親切で、秘祭の事についても躊躇いなく話をしてくれた。
エミルと一緒に話を聞いた感触だとほぼ全員のヒアリングを終えられた。
明日は祭りの当日だが、参加の許可を得ているので気が楽だった。
内容もよくある子孫繁栄、子宝祈願を目的とした村の行事の一環で、昔はそこで夫婦となるパートナーを見つけて家庭を築く事、そして子供を増やし村を繁栄させるのが慣わしだったのだろうと推察される。
いまではその目的は廃れてはいるが、島民達の情報交換、交流の場としては大事な役割を担っているのだろう。
明治以降は、移住者がそこではじめて島民と心を通わせ認められるという承認の儀式もあったらしい。
その儀式では、御神水を全身に浴びて外界の穢を払い、新たに島の神の加護を受けることができるとされていた。
秘祭については、紙ベースの史料はないが口伝で受け継がれていたのでその様子は想像できた。
ただ、島民の話の中に少しだけ要領を得ない話が含まれていたのが気にかかった。
秘祭の加護を受けた者が島外に出る際は全ての着衣を脱ぎ捨て産まれたままの姿になる事。
島で採れたもの、島で作られたものを持ち出してはいけないというものだ。
言い伝えレベルではあるが、島の者はみんなこの慣わしに従っており、島民が島を出る為の専用の船があるらしい。
男も女も裸になる為、その船は屋台船のようになっており、覗かれないように目張りがしっかりされていた。
民俗学では、聖域から物を持ち出してはならないという話のパターンは少なくないが、衣服まで持ち出せないというのは奇妙な習慣である。
また、令和になっても変わらず続いているというのも珍しい事だった。
村長いわく、外から観光に来る人が加護を受ける訳ではないので全く気にしなくていい。
あくまでも島に住んでいる人のルールなのだという。
秘祭の内容そのものよりも、その習慣の方に興味が湧いてしまうのは学者の悪い癖だろう。
この島で産まれた者はその日に御神水による御祓を受ける。
移住者は秘祭の日までは、あくまでもゲストなのだろう。
晴れて島の一員になる為には、この秘祭の義を待たなくてはならない。
資料は十分揃ったので、明日は実際の秘祭の様子を見て帰り支度をすることになるだろう。
カメラでの撮影は断られたがスケッチは問題ないとの事だった。
助手のエミルは美大出身なので、その手の仕事は任せている。
できれば、実際に秘祭に参加してみたいが神聖な儀式によそ者が加えわるのは宜しくないらしく、あくまでも見学という話になった。
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