ダーティマシーナリーの享楽

五十歩百歩の最後の一歩

服を選ぶのに夢中になっていたソシエルは身体の異変に気づくのがおくれてしまった。
「え、なんでこんな急に……」
「どうしたんですか？　エル様。急に立ち止まって」
会計を終えて店を出ようとしていた時にそれは起こった。
オムツによって、完全には閉じきれない両ももをすりあわせようと不自然に歩くので、一歩進むのにも時間がかかってしまう。
「急にヨチヨチ歩きの赤ん坊みたいだね」
ポンはそれを面白がって眺める。
「エル様、大丈夫ですか？顔が真っ青ですよ。あまり無理なさらないほうが」
「はぁ、はぁ」
息も荒くなっており、誰の目にも異常は明らかだった。
「ポン、荷物頼むわよ」
アンは先ほど買った服をポンに預けてソシエルの身体を後ろから持ち上げる。
「わ、やめて。動いちゃやだよ」
その少しの揺れがソシエルにとっては致命傷になりかねない。
「そのペースじゃ絶対に間に合いません。私が運びますわ」
そう言って、ソシエルを抱きかかえたアンは施設にあったトイレまで小走りで向かう。
「う、もう少しゆっくり……」
「あと少しです」
ソシエルを床に下ろす、個室の扉を開きスカートに手をかけるが、ピタリと手が止まる。
「あ……あぁぁぁ、いゃぁぁぁ」
なんとかトイレにたどり着いた安心感から気を緩めてしまい、チョロチョロと水が流れ始めた。
唐突に訪れた開放の喜びが、ソシエルの全身に電気のように広がる。
ぶるっと肩が震えると、その開放がさらなる解放へと向かう。
あれほど渇望していた用を足すためのオブジェが目と鼻の先にあるというのに、ソシエルは立ち尽くすしかなかった。
我慢の果てにあったのは栄光とは程遠い絶望だった。
開いた個室の扉を、何事かと覗く人もいて、何かを察して哀れみの表情を向ける。
「可哀想に、あとちょっとだったろうに」
「あら、頑張ったのにねぇ」
妙齢の婦人が声をかけるが耳には入らない。
「エル様……駄目だったんですね」
アンの最後の一言がソシエルにトドメをさした。
「うわぁぁぁん」
大粒の涙が次々に目から溢れ、表情がくしゃくしゃに歪む。
「よしよし、よく頑張りましたよ。えらいじゃないですか、自分で気付いてトイレに行けたんですから」
「うぇ、えっぐ。だって、だってね」
「はいはい大丈夫ですよ。誰も笑ったりしませんから」
思わぬ失敗で、ソシエルの幼児退行は加速していった。
坂道は傾斜を増しており、転がり始めるとそれを抑えるのは容易ではなかった。