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忘れてしまえば

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「いつまでそこに居るつもりだ」
親族達が帰った後、火葬場の待合室で僕は立ち尽くしていた。
今日は誰の家で夜を明かすのか。
まるで疫病神のような扱いをされ、自分を押し付けあう親族達の姿を、さっきまで少し離れてみていた。
ほとんど眠れていなかった。
「おじさん、僕一人で帰ります」
「馬鹿なことを言わず、くるんだ」
「迷惑かけてしまうので」
「ちっ、かわいくねぇ餓鬼だ」
おじさんはイライラしているようだった。
「ほんとに大丈夫なので」
「お前のとこのマンションは引き払われるんだよ。分かるか?帰るとこなんてないんだ」
「え、でも」
「これから先、お前が学校に行ったり飯をくったりするにはなぁ。それはもうめちゃくちゃお金がかかるんだ」
「……」
「お前を引き取る条件として、あのマンションを売ったお金を養育費にあてんのよ」
「まってください。あの家は父さんや母さん達との思い出が……」
「忘れてしまいな。そのほうがお前も楽になれるさ」
「そんなこと、できるわけ……」
僕のほっぺたにおじさんは平手打ちをした。
「甘ったれんじゃねぇ」
勢いあまって、壁にぶつかり少し血が出る。
けれど、僕は泣かなかった。
「もう決まったことに、ぐちぐち口を出すんじゃない。俺だってお前みたいな餓鬼を引き取る気持ちなんてさらさらないんだからな」
「なら……」
「いいか、よく聞けよ。今日から俺がお前の父親だ。父親の命令は絶対だ。口答えをしたら、さっきみたいに平手打ちが飛んでくると思え。恨むならちゃんと、お前をしつけてこなかった親父やお袋を恨むんだな」
おじさんは、僕を無理やり立たせてそう言った。
「忘れてしまいな」
おじさんの言葉が、痛む頭の中で響いた。
それからの僕は従順なもう一人の人格である夕を生み出すことになる。

ユウ……だ。
いつも僕を守ってくれた。
夕焼けのユウ。
忘れていた名前の一つ。
あれ?
今はどっちのユウだ?
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