夏の始まり、大好きな君と叶えられない恋をする

矢田川いつき

文字の大きさ
上 下
24 / 40
第3章 幸せの感触

第23話 恋人とのお勉強

しおりを挟む
 翌日の月曜日。私と高坂くんはいつも通り図書館の奥にある自習スペースで勉強をしていた。

「紫音、ここの途中式間違ってるぞ」

「あれ、ほんとだ。また符号が逆になってる」

 指摘されたところを消しゴムで消し、正しい答えを書く。高坂くんにもう一度見せると、「大正解」と花丸をもらえた。やった。

「紫音って意外と物覚えいいよな。あんなに壊滅的だった数学が、今や大事故レベルまできてるし」

「それでも大事故レベルですか……」

 上げて落とされ、私は苦笑する。
 まあ否定はできない。未だに小テストは赤点だし、この前あった復習テストにいたってはちょっと誰にも言えない点数を叩き出している。それでも、以前に比べれば断然いいほうだ。

「焦んなくていいよ。まだ受験まで一年以上あるし、数学の点を上げるには根気が必要だからな」

「根気かー」

 その頃には私の行きたい大学も決まっているのかな、なんて思って、ふと昨日の瞳さんとのことを思い出した。
 ……うん。大丈夫。高坂くんと恋人になって頑張るって決めたんだし。
 ノートに置いた左手から伸びる青い糸を無視して、私は口を開いた。

「ね、ねぇ。ちょっと聞きた」

「でもマジで俺も、根気よくいかないとだよなあー」

 そこでタイミング悪く、私の小さな声に高坂くんの声が重なった。見れば、高坂くんは気づかなかったようで、考え事をしているような面持ちでペンを回している。
 高坂くん……?
 どこか憂いを帯びているようにも見えるその表情に、私は違和感を覚えた。とりあえず出かかった相談の言葉を飲み込んで、べつの言葉を口にする。

「高坂くん、もしかしてなにかあった?」

「え? あーいや」

 ほとんど無意識の独り言だったようで、高坂くんは気まずそうに目を逸らした。訊いちゃいけなかったかなと思いつつも、私は次の言葉を待つ。
 やがて、高坂くんはためらいがちに私のほうを見た。

「まあその、昨日帰ったあとにさ、両親に言ったんだ。絵のこととか、そっち関係のことが学べる大学に行きたいこととか。そうしたら、なんていうか、喧嘩になっちまって」

「喧嘩?」

 困ったように笑う彼の表情に、胸がちくりと痛む。

「うん、そう。でも大丈夫。しっかり時間をかけて説得してみせるから。だから、そう心配すんな」

 笑顔の性質をいつものそれに戻して、高坂くんはポンと私の頭に手を置いた。無理をしているようにも見えるけれど、高坂くんが大丈夫と言っているなら私にできることは見守ることだけだ。
 ……って、え? あ、頭、撫でられてる!?

「え! ちょっ! あ、頭!」

「頭? なんかついてる?」

 ポンポンポンと私の頭を優しく撫で続けながら、反対の手で自分の頭を確認する高坂くん。その顔はいつの間にかニヤけている。

「これ! この手だよ! は、恥ずかしいんだけど!」

「えーいいじゃん。今は誰もいないんだし」

 高坂くんは笑みを深めて、さらにわざとらしく撫で回してくる。しかも、髪が乱れないように気を遣ってくれてるのが伝わる撫で方で、これがまたずるい。
 どうすればいいかわからず、ついにはなされるがままになっていると、満足したのかようやく手を離してくれた。

「とまあ、俺のことは置いておいて。紫音のほうも、なにか言いたそうな顔してるけど?」

「え?」

 予想外の問いかけに、私は呆然とする。
 もしかして、さっき口にしかけたことを言っているのだろうか。でも、今の口ぶりだとむしろ私の表情から読み取ったみたいな感じだ。なんてずるい。
 少しだけ迷う。相談しようかなと思って口にしたのはいいけど、高坂くんだって進路は自分で決めて自分で行動していて、上手くいかなくても根気強くなんとかしようとしている。なら私も、もう少し自分で考えてみたい。

「んーえとね、夏のコンクールに出す絵って、いつごろから描き始めるのかなって」

 結局、私はべつの疑問で誤魔化した。素直に話してくれた高坂くんには申し訳ないけれど、ご愛嬌ということにしてほしい。
 高坂くんは私の問いかけに、今度はニヤリと得意げに笑った。

「あーそれね。紫音が構図の練習に付き合ってくれたおかげで、一応俺の中で描きたい絵が決まった」

「えっ、そうなんだ。どんな絵を描くの?」

 確か、高坂くんが今年の夏に出す予定のコンクールでは、特にテーマは決まっていなかった。なにを題材にするんだろうとワクワクしていると、彼は人差し指を立ててチッチッチと左右に振る。

「まだ秘密! 行ってからのお楽しみってことで!」

「えー、なにそれ」

 ここまで期待させておいてそれはない、と抗議するも、なぜか高坂くんは笑って教えてくれなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~

kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

GIVEN〜与えられた者〜

菅田刈乃
青春
囲碁棋士になった女の子が『どこでもドア』を作るまでの話。

ヤマネ姫の幸福論

ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。 一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。 彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。 しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。 主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます! どうぞ、よろしくお願いいたします!

【完結】ぽっちゃり好きの望まない青春

mazecco
青春
◆◆◆第6回ライト文芸大賞 奨励賞受賞作◆◆◆ 人ってさ、テンプレから外れた人を仕分けるのが好きだよね。 イケメンとか、金持ちとか、デブとか、なんとかかんとか。 そんなものに俺はもう振り回されたくないから、友だちなんかいらないって思ってる。 俺じゃなくて俺の顔と財布ばっかり見て喋るヤツらと話してると虚しくなってくるんだもん。 誰もほんとの俺のことなんか見てないんだから。 どうせみんな、俺がぽっちゃり好きの陰キャだって知ったら離れていくに決まってる。 そう思ってたのに…… どうしてみんな俺を放っておいてくれないんだよ! ※ラブコメ風ですがこの小説は友情物語です※

僕たち学校の生徒VS学校の教師ども

翔馬アニメ
青春
これはごく普通の公立中学校での話だ。 僕たち三年二組(通称)バカどもの集まり組では、今まで受けた教師からの屈辱を返すために僕たちは学校全クラスと手をくみ学校の教師どもに仕返しを計画する、僕たちの作戦はどうなるのか!! そして、結末はどうなるのか?

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...