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第2章 友達以上、恋人以下

第17話 素直な気持ち

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「いやー面白かったなー!」

 藤村くんと合流してから映画を観終わり、予定通りはぐれたところで、高坂くんは大きく伸びをした。

「うん、すごく良かったね」

 私も真似て小さく背伸びをする。映画で凝り固まった身体がほぐれていくのがわかった。予定通りスムーズにはぐれられたし、メッセージも送って違和感なく二手にわかれられたし、開放感は結構大きい。
 私たちが今いるのは、映画館から出てしばらく行ったところにあるショッピングモールだ。なんでも高坂くんが画材を買いたいらしく、四階にある専門店に向かっている。

「にしても、あいつ大丈夫かなー」

 上に向かうエスカレーターに寄りかかりながら、高坂くんがつぶやいた。

「美菜のこと? たぶん大丈夫だと思うけど」

「じゃなくて、藤村のほう。あいつ、女子への耐性ほとんどないから」

「あ、そうなんだ」

 高坂くんの言葉に、藤村くんと合流した時のことを思い出した。そういえば藤村くん、美菜とも私とも目を合わせないし、ほとんど高坂くんと喋ってたっけ。

「まあ野々村はアプローチする側のくせして余裕ありそうだし、たぶん大丈夫だろ」

「ふふっ、確かに」

 言われてみれば、美菜はアプローチ作戦を説明するときから終始落ち着いていた。時々顔を赤らめたり恥ずかしがったりすることはあっても、私なんかと違ってテンパることはなかった。経験の差というやつだろうか。

「でもそう考えると、野々村ってすげえよな。自分の気持ちに正直になって、それを叶えるために周りにも協力をお願いして、とことん真っ直ぐに努力してるんだもんな」

「うん。ほんと、美菜はすごいよ」

 私は頷く。
 美菜は可愛くてオシャレで優しくて、なにより芯が通っている。けれど、美菜は元々そうだったわけじゃない。
 中学で仲良くなったあと、一度だけ喧嘩をしたことがあった。きっかけはなんだったか忘れたけど、その喧嘩で私は、「美菜みたいにキラキラしてる人には私の気持ちなんてわかんないよ!」と叫んでしまった。
 絶交されてもおかしくないのに、美菜は少しだけ考えてから「ごめん」と謝った。そして、好きな人に見合う自分になるために努力をしたことや、昔は地味で人見知りのあがり症でとにかく挙動不審だったことを話してくれた。スマホで写真まで見せてくれて、そこに映っていたのは今の美菜とは比べ物にならないほど目立たない格好の女の子だった。

 ――私の好きだった人が、今の私みたいな女の子を好きだったから変わってみたの。そしたら思いのほか楽しくなってさ。結局恋は叶わなかったけど、今の私を見つけられた。だからさ、紫音も紫音のままでいいんだよ。

 どこまでも自分勝手な私をなだめて、そんな言葉を笑顔とともにくれた。あれ以来、美菜の言葉は私の宝物になっている。
 けれど、未だに私は迷っている。
 私は私のままでいい。でも、本当にそうなんだろうか。

「あーあ。俺も頑張らないとなー。そのためにも画材補充して、また描かないと」

「うん。高坂くんならきっと、もっと上手になれるよ」

 美菜だけじゃない。高坂くんだって、すごい。絵を描くことを秘密にしているけれど、自分の気持ちに正直に、素直に行動している。
 じゃあ、私は?
 不幸の青い糸なんて訳のわからないものが見えるせいで、恋愛に臆病になった。これまでほとんど恋愛なんてしたことなくて、本当に好きだと思った人とはその青い糸で繋がれている。不幸になる彼を見たくなくて、彼からしてくれた告白まで断ったのに、立場に甘えて今もこうして隣に並んでいる。
 自分の気持ちに正直でも、素直でもない。どこまでも曖昧で、軸なんてなくて、成り行きに任せて日々を過ごしている。どっちつかずで、気持ちを決めることも努力することもしていない。
 私は、そんな自分が大嫌いだ。

「お、着いたな。ここが春見の言ってた店か」

「うん、そう。結構口コミ評価も高かったよ」

 エスカレーターを降りると、すぐ目の前に目当ての専門店があった。ネットで調べた通り画材の種類は豊富にあり、これならきっと高坂くんの欲しいものもあるだろう。
 見れば、高坂くんは目を輝かせてあちこちを見渡している。つい数時間前まであった爽やかな雰囲気は既になく、純朴で少年のような幼さが前面に出ていた。私たちは連れ立って店内に入り、多様な絵の具が並ぶ棚の前へと移動する。

「あーちなみに言っとくけど、野々村も確かにすごいけど、俺的には春見もすごいと思ってるからな?」

「え?」

 私にはわからない画材を見比べながら、ふいに高坂くんが言った。彼の横顔を見つめていた私は、つい驚いた声をもらす。

「いやさ、春見は優しすぎるというか、よく人の応援してるじゃん。俺の時もそうだし、今回の野々村の件についてもそうだ」

「そ、そりゃあ、クラスメイトに友達だし、自分にできることなら応援するでしょ」

 なにを当たり前のことを、と視線を向ければ、高坂くんはゆっくりとかぶりを振った。

「いやーそれがなかなか難しいんだって。フった相手の趣味を応援するとか、その相手と偶然とはいえ映画に行くとか、なかなかできることじゃないと思うぞ」

「うっ……なんか、ごめん」

「あははっ、ぜんぜん。むしろ俺にとってはそっちのほうがいろいろ知ってもらえるし都合いいからな」

 なにも気にしていないというふうに彼は笑った。きゅっと胸が苦しくなる。
 確かに、高坂くんからしてみれば今の私の行動はかなり不思議なはずだ。でもそれは、相手が高坂くんだからこそなわけで……。

「ちなみに、今の俺はどう?」

「え、えっと……」

 ただそれでも。
 私が小さく首を横に振ると、高坂くんはあからさまにがっくりとうなだれた。ちょっとわざとらしい。
 案の定、高坂くんはすぐに立ち直って画材選びを再開する。

「まあ今はいいや。それよりさ、オレンジ色の絵の具なんだけど、こっちとこっちだったらどっちが好き?」

 高坂くんは今度は絵の具を二つ手にとると、私の前に差し出してきた。

「え……ごめん、なにが違うのかわかんないんだけど」

 私よりも大きな手のひらに乗る二種類の絵の具。よーく見れば微妙に色の濃淡に違いはあるが、正直どっちでもいい気がした。

「透明度が違うんだよ。まっ、小難しいことはおいといて、直感でいいから選んでよ」

「んー、じゃあ……こっちかな」

 私は高坂くんの右手に乗った色の薄いほうを選んだ。本当にただの直感で、青い糸が伸びる左手を敬遠したというのはあるけれど、色の薄いオレンジ色の絵の具のほうがなんとなくいいような気がした。

「おーサンキュ。なるほどね、春見はこっちのほうが好きなんだ」

「ほんとにただの直感だよ?」

「それがいいんだ。そのほうが、春見のことをもっとしっかり知れるからな」

 ちなみに俺も薄い色のほうが好みだ、などと言って高坂くんは笑った。なんてずるい笑顔なんだろう。反則すぎる。
 そこでふと思った。
 もし高坂くんだったら……高坂くんが不幸の青い糸を見えていたとしたら、どんな判断をするんだろう。
 こんなにも真っ直ぐに気持ちを向けてくれる彼は、もし好きな人と結ばれたら不幸になるとわかったとしても、同じように気持ちを向けてくれるんだろうか。

「ねぇ……高坂くん」

 少し迷ってから、私はおもむろに口を開く。彼は絵の具の色選びを中断し、「なに?」と優しい口調で訊いてきた。
 きゅっと下唇を噛む。
 幸いにも、今日見た映画は「運命の赤い糸」をテーマにした映画だ。さすがに直接不幸の青い糸については訊けないけど、赤い糸なら……。

「もし、なんだけど……もし高坂くんが、運命の赤い糸を見ることができたとして、高坂くんの好きな人と赤い糸で繋がれてなかったとしたら、高坂くんは……どうする?」

 ちょっと意味合いは違うけれど、「運命の赤い糸」に関する映画を観た今だからこそ訊ける質問。「運命の赤い糸」で繋がれた人同士は結ばれると幸せになれる。
 しかし、もし自分の好きな人と繋がれていなかったら、高坂くんはどうするのか。
 私は、しっかりと彼を見据えた。

「あー今日の映画か? うーん、そうだなあ……俺なら……」

 ちょっとだけ考える素振りを見せてから、高坂くんはすくっと立ち上がって私を正面から見つめ返してきた。


「幸せじゃなくていいから、好きな人に自分の想いを伝える」


 目を見張った。
 息が詰まりそうになり、思わず私は胸の前で手を握る。

「なんつーか、やっぱり行動しないのって後悔しそうじゃん? ぶっちゃけ俺は好きな人と恋人になれたらそれだけで幸せだし、矛盾するかもしれないけど、まあ、赤い糸とか関係なく、俺は俺の好きな人に好きだーーって気持ちを伝えたいかな」

 続く彼の言葉にも、私は射抜かれた。
 強かった。
 高坂実くんは、私の想像以上に強い人だった。

「……そうなんだ。なんか、キザだね」

「うるせー。俺も言ってから思った」

「ふふっ」

 なんだか肩の力が抜けた気がして、笑みがこぼれた。そんな私につられてか、高坂くんもクスリと短く笑う。
 私も、高坂くんみたいになりたいな。
 心臓は相変わらず高鳴っているし、手にはいつもと同じ変な汗をかいている。
 けれど、不思議と心の中は安らかだった。
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