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第2章 友達以上、恋人以下
第16話 休日のお出かけ
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「ど、どうしてこうなったの……」
春の日差しが降り注ぐ三連休最終日の午後一時。
駅前は、多くの人で賑わっていた。ベビーカーを押した家族連れや、腕を組むカップル、大学のサークルと思しき集団などその様相は多種多様だった。ときどき青い糸も視界をちらつくが、群衆だとあまり目立たないこともあって無視を決め込んでいる。
そして、そのどれにも属さない今の私の状態は、友達との待ち合わせ中。
相手はもちろん美菜なのだが、なんと今日は他にもいる。
今日の私、心臓もつかな……。
心の大多数を占める緊張を紛らわそうとスマホを取り出すと、ちょうど通知が表示された。
『もう着くよー!』
美菜だ。いつものテンションに少しホッとしかけるも、続く通知で心がざわついた。
『俺ももう着く! 寝坊魔の藤村は起きてっか?』
『よゆー! あと十五分くらいで到着する』
『ふつうに遅刻じゃんw』
『いやー寝坊してw』
連続して流れていく通知の嵐に私は慌てた。急いでメッセージアプリを開き、とりあえず既読にする。さらになにか打たねばと思い、『私は着いてるよー!』とフリック入力したところで、ポンと肩をたたかれた。
「よっ。春見、早いな」
「あ……高坂くん」
通常運転の柔らかな笑顔が私の視界に広がる。それだけで周囲の気温が十度くらい上がった気がするのに、今日はそれに留まらない。
高坂くん……私服だ。
当たり前すぎる感想を私は抱いた。
今日は休日なのだから、そりゃ私服に決まっている。私も私服だし、こんなところに制服で来ようものなら笑い者だ。
高坂くんは、オーバーサイズのカーキニットに、黒のスキニーパンツという春らしい格好をしていた。細身で身長の高い高坂くんにとても似合っている。かっこいい。隣に立つのがはばかられるくらいだ。
「春見の私服って初めて見た。意外と可愛いやつ着るんだな」
「え、えと」
反応に困る。てか意外とってなんだ意外とって。
「あー悪い。変な意味じゃなくて、似合ってるよ。すげー可愛い」
「あ、あ……」
さらに反応に困った。頭の中が大混乱で、お礼の言葉が喉につかえて出てこない。そもそもそんな恋人にかけるような言葉をいとも簡単に口にするなんて、さすがに手慣れすぎてはいないか。
「二人ともお待たせー!」
我ながら気難しい心の内と葛藤していると、さらに明るい声が飛び込んできた。
「あ、美菜」
「よーっす、野々村」
今回のお出かけの提案者、美菜が大きく手を振っていた。
白のカーディガンに赤のフレアミニスカートという気合いの入ったコーディネートで、いつもよりも丁寧なナチュラルメイクや軽く編まれたハーフアップはその意気込みがうかがえる。
けれど、今だけはそんなことは関係ない。私は素早く彼女に駆け寄ると、そっと耳打ちをする。
「ねぇ、遅い! 十分前に二人で高坂くんたちを待ってようって言ってたじゃん!」
「えー? そうだっけー?」
「そうだよ! 高坂くんと二人っきりになると気まずいからってお願いしたじゃん!」
「あーごめんごめん。すっかりはったりてっきり忘れてたー」
ニヤリと悪戯っぽく笑う美菜。これは完全に確信犯だ。なんてやつだ。
いつもなら軽く仕返しでもしてやりたいところだが、今日ばかりはここで勘弁しておこうと思った。なんせ、今日のお出かけのメインは美菜にあるのだから。
「よし。予定通り藤村は遅れてやってくるから、それまでに段取りを確認しとこうぜ」
「オッケー」
私たちは念のため、待ち合わせ場所から少し離れたところにある街路樹の下に移動した。ここからなら待ち合わせ場所が見えるし、藤村くんが来てもわかる。
美菜はポーチからスマホを取り出すと、メモ帳アプリを起動させた。
「改めて、高坂に紫音、今日は私のアプローチ作戦に協力してくれてありがとね。前に話した通り、今日はこれから映画を観て、そのあとにはぐれたフリをして二手にわかれようと思う」
いつものふざけた感じとは異なる直向きな眼差しに、その本気さが見てとれた。
そう、今日のお出かけの目的は、美菜と藤村くんの距離を縮めることだ。
あの日。高坂くんが告白されているのを見てしまった日に、美菜はなにを思ったのか、その場にいた私と高坂くんに向かって唐突に言い出したのだ。
「私、藤村のこと好きだからデートしたいんだ」
思いもよらない言葉に、私も高坂くんも目を丸くした。あまりにも正直な物言いに、私に至っては心を射抜かれたかのように思えたほどだ。
美菜はやや恥ずかしそうに顔を赤らめつつも、ずっと考えていたという計画を話してくれた。
なんでも、藤村くんは最近青春恋愛映画にハマっているらしい。明日公開される「運命の赤い糸」をテーマにした恋愛映画が気になっているが、周囲の友達はみんな恋愛ジャンルにはあまり興味がなく、恋人もいないのでひとりで観に行こうとしているとのことだ。
「それでね、私と紫音と高坂くんを入れた四人で観に行こうってすれば、きっと来てくれると思うんだ」
「あー来るだろうな。あいつのことだから飛びついてくると思う」
「でしょ? それで、来週月曜の祝日にべつの映画で舞台挨拶があって、ちょうど終わる時間が被る回があるの。きっと出入り口は混雑するだろうから、ここではぐれたことにして、二手にわかれたいんだ」
「な、なるほど……」
ミステリー作家も舌を巻きそうなほどの綿密な計画だと思った。完璧に調べ尽くしている。
「そのあとは、高坂くんから藤村くんにメッセージを飛ばしてほしいの。内容は任せるけど、行きたいところがあるとか用事ができたとかなんでもいいから、しばらく二人っきりにしてほしいんだ」
「よっしゃ。その辺は任せとけ」
「紫音も、私に適当なメッセージお願い」
「う、うん」
なんていう感じで、数日前の朝に急きょみんなで出かけることが決まったわけだが、よくよく考えてみると二手にわかれたあとは私と高坂くんも二人っきりになってしまうことになる。あとで美菜に抗議すると、そこも含めて織り込み済みだと言われた。うそでしょ。
はあー……ほんと、どうしよう。
美菜のメモ帳アプリに書かれたスケジュールと照らし合わせて段取り確認をしている間も、私の心中は憂うつだった。二手にわかれたあとはそのまま解散にしてしまおうか。
「――ってことで、わかれたあとは私たちはこの辺りのお店回ろうかなって思ってるから、鉢合わせしないようにしてほしいんだ」
「りょーかい。なんなら俺たちはさっさと出て別のところに行っとくわ。な、春見?」
「え……あ、うん」
早くも退路を絶たれた。
今回の美菜の恋は不幸の青い糸に繋がれていない恋だし、本人にも全力で応援すると言った手前、「いや私はそのあと帰るよ」なんて言って空気を壊すわけにはいかない。
「紫音も、頑張ってね」
追い打ちをかけるように美菜がささやきかけてきた。
もうどうにでもなれと、私は投げやり気味に頷いた。
春の日差しが降り注ぐ三連休最終日の午後一時。
駅前は、多くの人で賑わっていた。ベビーカーを押した家族連れや、腕を組むカップル、大学のサークルと思しき集団などその様相は多種多様だった。ときどき青い糸も視界をちらつくが、群衆だとあまり目立たないこともあって無視を決め込んでいる。
そして、そのどれにも属さない今の私の状態は、友達との待ち合わせ中。
相手はもちろん美菜なのだが、なんと今日は他にもいる。
今日の私、心臓もつかな……。
心の大多数を占める緊張を紛らわそうとスマホを取り出すと、ちょうど通知が表示された。
『もう着くよー!』
美菜だ。いつものテンションに少しホッとしかけるも、続く通知で心がざわついた。
『俺ももう着く! 寝坊魔の藤村は起きてっか?』
『よゆー! あと十五分くらいで到着する』
『ふつうに遅刻じゃんw』
『いやー寝坊してw』
連続して流れていく通知の嵐に私は慌てた。急いでメッセージアプリを開き、とりあえず既読にする。さらになにか打たねばと思い、『私は着いてるよー!』とフリック入力したところで、ポンと肩をたたかれた。
「よっ。春見、早いな」
「あ……高坂くん」
通常運転の柔らかな笑顔が私の視界に広がる。それだけで周囲の気温が十度くらい上がった気がするのに、今日はそれに留まらない。
高坂くん……私服だ。
当たり前すぎる感想を私は抱いた。
今日は休日なのだから、そりゃ私服に決まっている。私も私服だし、こんなところに制服で来ようものなら笑い者だ。
高坂くんは、オーバーサイズのカーキニットに、黒のスキニーパンツという春らしい格好をしていた。細身で身長の高い高坂くんにとても似合っている。かっこいい。隣に立つのがはばかられるくらいだ。
「春見の私服って初めて見た。意外と可愛いやつ着るんだな」
「え、えと」
反応に困る。てか意外とってなんだ意外とって。
「あー悪い。変な意味じゃなくて、似合ってるよ。すげー可愛い」
「あ、あ……」
さらに反応に困った。頭の中が大混乱で、お礼の言葉が喉につかえて出てこない。そもそもそんな恋人にかけるような言葉をいとも簡単に口にするなんて、さすがに手慣れすぎてはいないか。
「二人ともお待たせー!」
我ながら気難しい心の内と葛藤していると、さらに明るい声が飛び込んできた。
「あ、美菜」
「よーっす、野々村」
今回のお出かけの提案者、美菜が大きく手を振っていた。
白のカーディガンに赤のフレアミニスカートという気合いの入ったコーディネートで、いつもよりも丁寧なナチュラルメイクや軽く編まれたハーフアップはその意気込みがうかがえる。
けれど、今だけはそんなことは関係ない。私は素早く彼女に駆け寄ると、そっと耳打ちをする。
「ねぇ、遅い! 十分前に二人で高坂くんたちを待ってようって言ってたじゃん!」
「えー? そうだっけー?」
「そうだよ! 高坂くんと二人っきりになると気まずいからってお願いしたじゃん!」
「あーごめんごめん。すっかりはったりてっきり忘れてたー」
ニヤリと悪戯っぽく笑う美菜。これは完全に確信犯だ。なんてやつだ。
いつもなら軽く仕返しでもしてやりたいところだが、今日ばかりはここで勘弁しておこうと思った。なんせ、今日のお出かけのメインは美菜にあるのだから。
「よし。予定通り藤村は遅れてやってくるから、それまでに段取りを確認しとこうぜ」
「オッケー」
私たちは念のため、待ち合わせ場所から少し離れたところにある街路樹の下に移動した。ここからなら待ち合わせ場所が見えるし、藤村くんが来てもわかる。
美菜はポーチからスマホを取り出すと、メモ帳アプリを起動させた。
「改めて、高坂に紫音、今日は私のアプローチ作戦に協力してくれてありがとね。前に話した通り、今日はこれから映画を観て、そのあとにはぐれたフリをして二手にわかれようと思う」
いつものふざけた感じとは異なる直向きな眼差しに、その本気さが見てとれた。
そう、今日のお出かけの目的は、美菜と藤村くんの距離を縮めることだ。
あの日。高坂くんが告白されているのを見てしまった日に、美菜はなにを思ったのか、その場にいた私と高坂くんに向かって唐突に言い出したのだ。
「私、藤村のこと好きだからデートしたいんだ」
思いもよらない言葉に、私も高坂くんも目を丸くした。あまりにも正直な物言いに、私に至っては心を射抜かれたかのように思えたほどだ。
美菜はやや恥ずかしそうに顔を赤らめつつも、ずっと考えていたという計画を話してくれた。
なんでも、藤村くんは最近青春恋愛映画にハマっているらしい。明日公開される「運命の赤い糸」をテーマにした恋愛映画が気になっているが、周囲の友達はみんな恋愛ジャンルにはあまり興味がなく、恋人もいないのでひとりで観に行こうとしているとのことだ。
「それでね、私と紫音と高坂くんを入れた四人で観に行こうってすれば、きっと来てくれると思うんだ」
「あー来るだろうな。あいつのことだから飛びついてくると思う」
「でしょ? それで、来週月曜の祝日にべつの映画で舞台挨拶があって、ちょうど終わる時間が被る回があるの。きっと出入り口は混雑するだろうから、ここではぐれたことにして、二手にわかれたいんだ」
「な、なるほど……」
ミステリー作家も舌を巻きそうなほどの綿密な計画だと思った。完璧に調べ尽くしている。
「そのあとは、高坂くんから藤村くんにメッセージを飛ばしてほしいの。内容は任せるけど、行きたいところがあるとか用事ができたとかなんでもいいから、しばらく二人っきりにしてほしいんだ」
「よっしゃ。その辺は任せとけ」
「紫音も、私に適当なメッセージお願い」
「う、うん」
なんていう感じで、数日前の朝に急きょみんなで出かけることが決まったわけだが、よくよく考えてみると二手にわかれたあとは私と高坂くんも二人っきりになってしまうことになる。あとで美菜に抗議すると、そこも含めて織り込み済みだと言われた。うそでしょ。
はあー……ほんと、どうしよう。
美菜のメモ帳アプリに書かれたスケジュールと照らし合わせて段取り確認をしている間も、私の心中は憂うつだった。二手にわかれたあとはそのまま解散にしてしまおうか。
「――ってことで、わかれたあとは私たちはこの辺りのお店回ろうかなって思ってるから、鉢合わせしないようにしてほしいんだ」
「りょーかい。なんなら俺たちはさっさと出て別のところに行っとくわ。な、春見?」
「え……あ、うん」
早くも退路を絶たれた。
今回の美菜の恋は不幸の青い糸に繋がれていない恋だし、本人にも全力で応援すると言った手前、「いや私はそのあと帰るよ」なんて言って空気を壊すわけにはいかない。
「紫音も、頑張ってね」
追い打ちをかけるように美菜がささやきかけてきた。
もうどうにでもなれと、私は投げやり気味に頷いた。
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