上 下
17 / 40
第2章 友達以上、恋人以下

第16話 休日のお出かけ

しおりを挟む
「ど、どうしてこうなったの……」

 春の日差しが降り注ぐ三連休最終日の午後一時。
 駅前は、多くの人で賑わっていた。ベビーカーを押した家族連れや、腕を組むカップル、大学のサークルと思しき集団などその様相は多種多様だった。ときどき青い糸も視界をちらつくが、群衆だとあまり目立たないこともあって無視を決め込んでいる。
 そして、そのどれにも属さない今の私の状態は、友達との待ち合わせ中。
 相手はもちろん美菜なのだが、なんと今日は他にもいる。
 今日の私、心臓もつかな……。
 心の大多数を占める緊張を紛らわそうとスマホを取り出すと、ちょうど通知が表示された。

『もう着くよー!』

 美菜だ。いつものテンションに少しホッとしかけるも、続く通知で心がざわついた。

『俺ももう着く! 寝坊魔の藤村は起きてっか?』

『よゆー! あと十五分くらいで到着する』

『ふつうに遅刻じゃんw』

『いやー寝坊してw』

 連続して流れていく通知の嵐に私は慌てた。急いでメッセージアプリを開き、とりあえず既読にする。さらになにか打たねばと思い、『私は着いてるよー!』とフリック入力したところで、ポンと肩をたたかれた。

「よっ。春見、早いな」

「あ……高坂くん」

 通常運転の柔らかな笑顔が私の視界に広がる。それだけで周囲の気温が十度くらい上がった気がするのに、今日はそれに留まらない。
 高坂くん……私服だ。
 当たり前すぎる感想を私は抱いた。
 今日は休日なのだから、そりゃ私服に決まっている。私も私服だし、こんなところに制服で来ようものなら笑い者だ。
 高坂くんは、オーバーサイズのカーキニットに、黒のスキニーパンツという春らしい格好をしていた。細身で身長の高い高坂くんにとても似合っている。かっこいい。隣に立つのがはばかられるくらいだ。

「春見の私服って初めて見た。意外と可愛いやつ着るんだな」

「え、えと」

 反応に困る。てか意外とってなんだ意外とって。

「あー悪い。変な意味じゃなくて、似合ってるよ。すげー可愛い」

「あ、あ……」

 さらに反応に困った。頭の中が大混乱で、お礼の言葉が喉につかえて出てこない。そもそもそんな恋人にかけるような言葉をいとも簡単に口にするなんて、さすがに手慣れすぎてはいないか。

「二人ともお待たせー!」

 我ながら気難しい心の内と葛藤していると、さらに明るい声が飛び込んできた。

「あ、美菜」

「よーっす、野々村」

 今回のお出かけの提案者、美菜が大きく手を振っていた。
 白のカーディガンに赤のフレアミニスカートという気合いの入ったコーディネートで、いつもよりも丁寧なナチュラルメイクや軽く編まれたハーフアップはその意気込みがうかがえる。
 けれど、今だけはそんなことは関係ない。私は素早く彼女に駆け寄ると、そっと耳打ちをする。

「ねぇ、遅い! 十分前に二人で高坂くんたちを待ってようって言ってたじゃん!」

「えー? そうだっけー?」

「そうだよ! 高坂くんと二人っきりになると気まずいからってお願いしたじゃん!」

「あーごめんごめん。すっかりはったりてっきり忘れてたー」

 ニヤリと悪戯っぽく笑う美菜。これは完全に確信犯だ。なんてやつだ。
 いつもなら軽く仕返しでもしてやりたいところだが、今日ばかりはここで勘弁しておこうと思った。なんせ、今日のお出かけのメインは美菜にあるのだから。

「よし。予定通り藤村は遅れてやってくるから、それまでに段取りを確認しとこうぜ」

「オッケー」

 私たちは念のため、待ち合わせ場所から少し離れたところにある街路樹の下に移動した。ここからなら待ち合わせ場所が見えるし、藤村くんが来てもわかる。
 美菜はポーチからスマホを取り出すと、メモ帳アプリを起動させた。

「改めて、高坂に紫音、今日は私のアプローチ作戦に協力してくれてありがとね。前に話した通り、今日はこれから映画を観て、そのあとにはぐれたフリをして二手にわかれようと思う」

 いつものふざけた感じとは異なる直向きな眼差しに、その本気さが見てとれた。
 そう、今日のお出かけの目的は、美菜と藤村くんの距離を縮めることだ。
 あの日。高坂くんが告白されているのを見てしまった日に、美菜はなにを思ったのか、その場にいた私と高坂くんに向かって唐突に言い出したのだ。

「私、藤村のこと好きだからデートしたいんだ」

 思いもよらない言葉に、私も高坂くんも目を丸くした。あまりにも正直な物言いに、私に至っては心を射抜かれたかのように思えたほどだ。
 美菜はやや恥ずかしそうに顔を赤らめつつも、ずっと考えていたという計画を話してくれた。
 なんでも、藤村くんは最近青春恋愛映画にハマっているらしい。明日公開される「運命の赤い糸」をテーマにした恋愛映画が気になっているが、周囲の友達はみんな恋愛ジャンルにはあまり興味がなく、恋人もいないのでひとりで観に行こうとしているとのことだ。

「それでね、私と紫音と高坂くんを入れた四人で観に行こうってすれば、きっと来てくれると思うんだ」

「あー来るだろうな。あいつのことだから飛びついてくると思う」

「でしょ? それで、来週月曜の祝日にべつの映画で舞台挨拶があって、ちょうど終わる時間が被る回があるの。きっと出入り口は混雑するだろうから、ここではぐれたことにして、二手にわかれたいんだ」

「な、なるほど……」

 ミステリー作家も舌を巻きそうなほどの綿密な計画だと思った。完璧に調べ尽くしている。

「そのあとは、高坂くんから藤村くんにメッセージを飛ばしてほしいの。内容は任せるけど、行きたいところがあるとか用事ができたとかなんでもいいから、しばらく二人っきりにしてほしいんだ」

「よっしゃ。その辺は任せとけ」

「紫音も、私に適当なメッセージお願い」

「う、うん」

 なんていう感じで、数日前の朝に急きょみんなで出かけることが決まったわけだが、よくよく考えてみると二手にわかれたあとは私と高坂くんも二人っきりになってしまうことになる。あとで美菜に抗議すると、そこも含めて織り込み済みだと言われた。うそでしょ。
 はあー……ほんと、どうしよう。
 美菜のメモ帳アプリに書かれたスケジュールと照らし合わせて段取り確認をしている間も、私の心中は憂うつだった。二手にわかれたあとはそのまま解散にしてしまおうか。

「――ってことで、わかれたあとは私たちはこの辺りのお店回ろうかなって思ってるから、鉢合わせしないようにしてほしいんだ」

「りょーかい。なんなら俺たちはさっさと出て別のところに行っとくわ。な、春見?」

「え……あ、うん」

 早くも退路を絶たれた。
 今回の美菜の恋は不幸の青い糸に繋がれていない恋だし、本人にも全力で応援すると言った手前、「いや私はそのあと帰るよ」なんて言って空気を壊すわけにはいかない。

「紫音も、頑張ってね」

 追い打ちをかけるように美菜がささやきかけてきた。
 もうどうにでもなれと、私は投げやり気味に頷いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】碧よりも蒼く

多田莉都
青春
中学二年のときに、陸上競技の男子100m走で全国制覇を成し遂げたことのある深田碧斗は、高校になってからは何の実績もなかった。実績どころか、陸上部にすら所属していなかった。碧斗が走ることを辞めてしまったのにはある理由があった。 それは中学三年の大会で出会ったある才能の前に、碧斗は走ることを諦めてしまったからだった。中学を卒業し、祖父母の住む他県の高校を受験し、故郷の富山を離れた碧斗は無気力な日々を過ごす。 ある日、地元で深田碧斗が陸上の大会に出ていたということを知り、「何のことだ」と陸上雑誌を調べたところ、ある高校の深田碧斗が富山の大会に出場していた記録をみつけだした。 これは一体、どういうことなんだ? 碧斗は一路、富山へと帰り、事実を確かめることにした。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

膀胱を虐められる男の子の話

煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ 男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話 膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

青天のヘキレキ

ましら佳
青春
⌘ 青天のヘキレキ 高校の保健養護教諭である金沢環《かなざわたまき》。 上司にも同僚にも生徒からも精神的にどつき回される生活。 思わぬ事故に巻き込まれ、修学旅行の引率先の沼に落ちて神将・毘沙門天の手違いで、問題児である生徒と入れ替わってしまう。 可愛い女子とイケメン男子ではなく、オバちゃんと問題児の中身の取り違えで、ギャップの大きい生活に戸惑い、落としどころを探って行く。 お互いの抱えている問題に、否応なく向き合って行くが・・・・。 出会いは化学変化。 いわゆる“入れ替わり”系のお話を一度書いてみたくて考えたものです。 お楽しみいただけますように。 他コンテンツにも掲載中です。

不審者が俺の姉を自称してきたと思ったら絶賛売れ出し中のアイドルらしい

春野 安芸
青春
【雨の日に出会った金髪アイドルとの、ノンストレスラブコメディ――――】  主人公――――慎也は無事高校にも入学することができ可もなく不可もなくな日常を送っていた。  取り立てて悪いこともなく良いこともないそんな当たり障りのない人生を―――――  しかしとある台風の日、豪雨から逃れるために雨宿りした地で歯車は動き出す。  そこに居たのは存在を悟られないようにコートやサングラスで身を隠した不審者……もとい小さな少女だった。  不審者は浮浪者に進化する所を慎也の手によって、出会って早々自宅デートすることに!?  そんな不審者ムーブしていた彼女もそれは仮の姿……彼女の本当の姿は現在大ブレイク中の3人組アイドル、『ストロベリーリキッド』のメンバーだった!!  そんな彼女から何故か弟認定されたり、他のメンバーに言い寄られたり――――慎也とアイドルを中心とした甘々・イチャイチャ・ノンストレス・ラブコメディ!!

水曜日は図書室で

白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
青春
綾織 美久(あやおり みく)、高校二年生。 見た目も地味で引っ込み思案な性格の美久は目立つことが苦手でクラスでも静かに過ごしていた。好きなのは図書室で本を見たり読んだりすること、それともうひとつ。 あるとき美久は図書室で一人の男子・久保田 快(くぼた かい)に出会う。彼はカッコよかったがどこか不思議を秘めていた。偶然から美久は彼と仲良くなっていき『水曜日は図書室で会おう』と約束をすることに……。 第12回ドリーム小説大賞にて奨励賞をいただきました! 本当にありがとうございます!

処理中です...