夏の始まり、大好きな君と叶えられない恋をする

矢田川いつき

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序章 あなたのことが好きだから

プロローグ

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 私、春見はるみ紫音しおんには、好きな人がいる。

 高校のクラスメイト、高坂こうさかみのるくんだ。

 でも私は、彼と恋人になる気はない。

 だって私は、彼のことが好きだから。

 ――よう。春見、おはよ。

 心が沈んでいたあの日、彼は柔らかく笑って私にあいさつをしてくれた。まともに話したことなんてほとんどなかったけれど、落ち込んでいた私にとっては救いだった。
 でも同時に、それは辛い苦悩の日々が始まる合図でもあった。
 だって私は、あの日を境に彼のことが好きになってしまったから。

 ずっと避け続けていたのに、意味はなかった。
 恋の魔力に逆らえるはずもなかった。
 どうしようもなく、私の気持ちは高坂くんに傾いていった。
 私と高坂くんは結ばれてはいけない、運命じゃない人なのに。

 今日もふわりと、は舞う。

 どうやら、今すれ違ったカップルのものらしい。

 なんで新学期早々にと思うけれど、は時期や時間も関係なく見えてしまう。

 うららかな春の陽気に似合わない、冷徹なまでの冷ややかさを体現するような、深い青色の糸。

 不幸の青い糸、と私は呼んでいる。

 それは毛糸ほどの太さで、特定の二人の左手の小指と小指を繋いでいる。その二人が互いの近くにいると青い糸は現れ、私以外には見えず、触れることもできない。
 そして、青い糸に繋がれていることは、二人が結ばれると不幸になることを意味する。
 結ばれると幸せになるという運命の赤い糸とはまったくの逆。不幸せになることを示す、不幸の青い糸。

 そしてその糸は、私と高坂くんを繋いでいる。

「ふうー……」

 細く長く、息を吐き出す。
 心のうちにある熱が、少しでも冷めてくれるように。
 好きな彼を可能な限り遠ざけられるよう、心の準備を整えるために。

 柔らかな風が、私の頬を撫でた。

 優しくて暖かな、春の風だった。

 当分私に春は来ないはずなのに、それはとても心地良かった。

「……よし」

 小さく気合いの声を口にしてから、私は校内に足を踏み入れる。

 きっと今日も、私は好きな人を眺めてしまうだろう。
 もし付き合えたら、恋人になれたら、どれほど嬉しくて楽しいか、妄想してしまうだろう。

 でも私は、彼と恋人になるつもりはない。

 だって私は彼のことが、高坂実くんのことが好きだから。

 高坂くんが不幸になる未来なんて、絶対に嫌だから。

 高坂くんには、幸せになってほしいから。

 だから私は、今日も自分の気持ちにふたをする。

 この恋が、永遠に叶わないことを願いながら。

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