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序章
プロローグ
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男は、ひとつの夢を見た。
どことも知れない薄暗い部屋。見覚えのないダブルベッド。
おぼろげな、あまりにも抽象的な空間にいる自分。
それが何の違和感もなく受け入れられている時点で、「あぁ、今の自分は夢をみているのだ」と確信できた。
それにもかかわらず。いつの間にか膝の上に座っていた人物に気付いた瞬間、彼は息が止まりそうになる。
「み、あ……?」
遥かな異国の血を感じさせる、クッキリとした目鼻立ちの美少女。
その儚げな重みも、花のような匂いも、震えるような息遣いさえも。
全てが曖昧模糊とした夢の中にあって、彼を見上げてくる少女の存在だけが恐ろしく鮮明だった。
「ねぇ。もう気づいてるんでしょ、あたしの気持ち」
灰青色の双眸を細め、彼女は密やかに花唇を開く。
男にとっては見慣れているはずの可憐な表情。だが何故か、今はひどく艶めかしく見える。
シュルリ――、という衣擦れの音がした。
それに気を取られた次の瞬間、目の前の少女は生まれたままの姿になっていた。
(ダメだっ! 見るんじゃないっ、目を逸らせっ!)
理性の叫びに従い、彼はとっさに目を伏せようとする。
だが、できない。
それどころか手で視界を覆うことも、目蓋を閉じることすらできない。
その場に釘付けにされたように、ただ事の成り行きを見守る。それだけが夢の中で彼に与えられた役回りだった。
そんなことを知ってか知らずか、少女は彼にひしとすがりつく。
彼女の重みとともに、甘い香りがふわりと強くなる。吸い付く柔肌の感触もまるで現実のようで、触れただけなのに総身が震えるほどの心地よさが背筋を駆け上った。
そして、そこで彼自身もまた一糸まとわぬ姿であることに気付く。
「あたしはシュン君のことが好き、大好きなの。ずっとずぅっと好きだった」
寄せ合った裸身を隙間なく重ね、少女は耳元で愛を囁く。
普段の活発な彼女らしくない、しっとりとした声音。それだけに言葉は真に迫り、向けられる者の心に切々と刺さっていく。
「――だからさ、シュン君も教えてよ。難しいこと抜きの、ホントの気持ち」
男の首筋にそっと顔をうずめた少女の、その表情をうかがい知ることはできない。けれど、彼女の声音に悲痛の色が混じっていたのは間違いなかった。
一塊の熱が彼の中に生まれたのは、まさにそのときだった。
その突発的に立ち現れた熱の塊はたちまち、男の喉元までせりあがってくる。
だが、そこで冷ややかな重力と拮抗しはじめ、ついに形を得ることはなかった。そうでなければきっと熱は言葉となって、思いのままに溢れ出してしまっただろうに。
その結果が正解なのだと、彼はそう思いたかった。
たとえ彼女が小さく嗚咽を漏らしたとしても、これで良かったのだと。
「……ばか、いくじなし」
それでも。
崩れゆく夢のまにまに聞こえた彼女の恨み言は、その確信を深々と抉ってみせた。
どことも知れない薄暗い部屋。見覚えのないダブルベッド。
おぼろげな、あまりにも抽象的な空間にいる自分。
それが何の違和感もなく受け入れられている時点で、「あぁ、今の自分は夢をみているのだ」と確信できた。
それにもかかわらず。いつの間にか膝の上に座っていた人物に気付いた瞬間、彼は息が止まりそうになる。
「み、あ……?」
遥かな異国の血を感じさせる、クッキリとした目鼻立ちの美少女。
その儚げな重みも、花のような匂いも、震えるような息遣いさえも。
全てが曖昧模糊とした夢の中にあって、彼を見上げてくる少女の存在だけが恐ろしく鮮明だった。
「ねぇ。もう気づいてるんでしょ、あたしの気持ち」
灰青色の双眸を細め、彼女は密やかに花唇を開く。
男にとっては見慣れているはずの可憐な表情。だが何故か、今はひどく艶めかしく見える。
シュルリ――、という衣擦れの音がした。
それに気を取られた次の瞬間、目の前の少女は生まれたままの姿になっていた。
(ダメだっ! 見るんじゃないっ、目を逸らせっ!)
理性の叫びに従い、彼はとっさに目を伏せようとする。
だが、できない。
それどころか手で視界を覆うことも、目蓋を閉じることすらできない。
その場に釘付けにされたように、ただ事の成り行きを見守る。それだけが夢の中で彼に与えられた役回りだった。
そんなことを知ってか知らずか、少女は彼にひしとすがりつく。
彼女の重みとともに、甘い香りがふわりと強くなる。吸い付く柔肌の感触もまるで現実のようで、触れただけなのに総身が震えるほどの心地よさが背筋を駆け上った。
そして、そこで彼自身もまた一糸まとわぬ姿であることに気付く。
「あたしはシュン君のことが好き、大好きなの。ずっとずぅっと好きだった」
寄せ合った裸身を隙間なく重ね、少女は耳元で愛を囁く。
普段の活発な彼女らしくない、しっとりとした声音。それだけに言葉は真に迫り、向けられる者の心に切々と刺さっていく。
「――だからさ、シュン君も教えてよ。難しいこと抜きの、ホントの気持ち」
男の首筋にそっと顔をうずめた少女の、その表情をうかがい知ることはできない。けれど、彼女の声音に悲痛の色が混じっていたのは間違いなかった。
一塊の熱が彼の中に生まれたのは、まさにそのときだった。
その突発的に立ち現れた熱の塊はたちまち、男の喉元までせりあがってくる。
だが、そこで冷ややかな重力と拮抗しはじめ、ついに形を得ることはなかった。そうでなければきっと熱は言葉となって、思いのままに溢れ出してしまっただろうに。
その結果が正解なのだと、彼はそう思いたかった。
たとえ彼女が小さく嗚咽を漏らしたとしても、これで良かったのだと。
「……ばか、いくじなし」
それでも。
崩れゆく夢のまにまに聞こえた彼女の恨み言は、その確信を深々と抉ってみせた。
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