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少女探偵・小林声はプールサイドを走らない
第17話
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「……ふん、何を言い出すかと思えば、馬鹿馬鹿しい。俺が望月を殺しただって? 証拠もなしによくもまァそんなことが言えたものだな」
佐竹育郎は小馬鹿にしたように太鼓のような腹を突き出して、小林を見下ろしている。
「おや先生、まだ気が付いていないようですね? 貴方はたった今、決定的なミスを犯したということに」
対する小林も嘲るような笑みを浮かべている。
こちらも臨戦態勢ということらしい。
「……何だと!?」
「こちらの写真をご覧ください」
小林はそう言ってスマホ画面を佐竹に突き付ける。画面には先程小林がプールの底から拾い上げた松ぼっくりが映されている。
「……それがどうした?」
「松かさは松の種子を守る為の器官で、木の皮のように硬い鱗状の鱗片の間に種子が入っています。松かさには水を吸収すると閉じ、乾燥すると鱗片を開くという性質があります。これは雨の日は種子を遠くまで飛ばすことができない為です。そして松かさは地面に落ちた後もこの性質を持ち続けている」
「……さっきから一体何の話をしている?」
「おかしいんですよ。佐竹先生は昨日の朝にはプールの水はなかったと言いました。しかし私たちが死体を発見したとき、プールの底に転がっていた松かさは閉じていた。見ての通り、今日の天気は晴れです。昨日からプールに水がないのならば、松かさは開いていないとおかしいんです」
「何だよ、そんなことか」
佐竹は余裕の笑みを浮かべている。
「だったら俺の勘違いだ。プールの水を抜いたのは今朝だったんだろう」
「おやおや、その発言は自白と捉えてもよろしいのですか、佐竹先生?」
「……は?」
「望月の死亡推定時刻は昨日の午後7時から午後11時の間です。今朝までプールの水槽に水が入っていたのなら、望月は一体どうやってプールの底に頭をぶつけて死ぬことができたのでしょうか?」
ふみ香はハッとする。
――そういうことか。
プールの中に落ちていた松ぼっくりのかさが閉じているということは、数時間前までプールの中は水で満たされていたことを意味する。
ならば望月はどこか別の場所で殺されたということだ。
「恐らく、犯人は突発的に望月の頭を殴るか何かして殺してしまい、その後その死体をプールに運んで事故に見せかけることを思い付いた。しかしプールには水が入っていたので、犯人は慌てて水を抜いたのです。満杯のプールの水を全て抜くのには、およそ三時間から四時間はかかりますから、その間犯人は死体と二人きりで気が気じゃなかったでしょう」
「……た、確かに望月の死がただの事故ではないことは認めよう。だが俺が犯人だという証拠はどこにもない筈だ」
「おやおや、結構頑張りますね、先生。ですがプールの底に松かさが落ちていたのを見逃した時点で、残念ながら先生は詰んでいます。プールの水を抜くなんてこと、教師の中でもやる人間は限られている。一人一人警察が調べたってそんなに時間はかかりません」
「……ふッ、まさか、ちっぽけな松ぼっくり一つに足下を掬われるとはな」
佐竹はそう呟くと、力なく笑った。
「きっかけは望月に元教え子との浮気の現場を見られたのが始まりだった。それから毎月、金を要求されるようになった。信じて貰えないだろうが、殺すつもりはなかったんだ」
「いえ、信じますよ。最初から殺すつもりなら、先生は予めプールの水を抜いておいた筈ですからね。この事件は何もかもが杜撰で計画性が全くありません」
「……手厳しいんだな」
佐竹は頬を掻きながら、苦笑いを浮かべている。
「ご同行願えますね?」
刑事二人に挟まれ、佐竹はパトカーへと連行された。
〇 〇 〇
事件の後、その日の授業は全て中止となり、ふみ香は白旗と共に学校から程近い喫茶店の窓際の席に座っていた。
小林声はというと、警察から協力要請があったとかで、今回のお茶会は辞退ということになった。
白旗は魂が抜けたように、メロンソーダに浮かんでいるアイスクリームが溶けていくのをただぼゥっと眺めている。
――これでは今朝のふみ香とあべこべだ。
「元気出してくださいよ、白旗先輩。小林先輩も悪いと思って、次は向こうから誘ってくれるって言ってくれたじゃないですか。一歩前進ですよ」
「……あのな、そないなことで悩んどるんとちゃうわ。今日の事件、俺と小林は同じもんを見とった筈や。それなのに、俺が気付けへんかった手掛かりから小林は事件の全容を看破しよった。完敗や」
白旗はそう言って項垂れる。
「先輩が小林先輩に負けるのなんて、何時ものことじゃないですか。そんなことで落ち込むなんて、白旗先輩らしくないですよ」
「……美里、俺はもうアカンのかもしれん」
「…………」
てっきり怒るだろうと思っていたのに、ふみ香はいよいよ白旗が心配になってきた。
「……わかりました。先輩が小林先輩に勝つまで、私が先輩の助手としてサポートします。私にできることは少ないですが、少しでも白旗先輩が有利になるよう頑張りますから」
「…………何でお前が俺の為にそこまでしてくれんねん?」
白旗は目を丸くして、じっとふみ香を見ている。
「……それはえーっと、先輩のやられっぷりを見るのが好きだから?」
「しばくぞコラ!!」
白旗が少し元気になった。
佐竹育郎は小馬鹿にしたように太鼓のような腹を突き出して、小林を見下ろしている。
「おや先生、まだ気が付いていないようですね? 貴方はたった今、決定的なミスを犯したということに」
対する小林も嘲るような笑みを浮かべている。
こちらも臨戦態勢ということらしい。
「……何だと!?」
「こちらの写真をご覧ください」
小林はそう言ってスマホ画面を佐竹に突き付ける。画面には先程小林がプールの底から拾い上げた松ぼっくりが映されている。
「……それがどうした?」
「松かさは松の種子を守る為の器官で、木の皮のように硬い鱗状の鱗片の間に種子が入っています。松かさには水を吸収すると閉じ、乾燥すると鱗片を開くという性質があります。これは雨の日は種子を遠くまで飛ばすことができない為です。そして松かさは地面に落ちた後もこの性質を持ち続けている」
「……さっきから一体何の話をしている?」
「おかしいんですよ。佐竹先生は昨日の朝にはプールの水はなかったと言いました。しかし私たちが死体を発見したとき、プールの底に転がっていた松かさは閉じていた。見ての通り、今日の天気は晴れです。昨日からプールに水がないのならば、松かさは開いていないとおかしいんです」
「何だよ、そんなことか」
佐竹は余裕の笑みを浮かべている。
「だったら俺の勘違いだ。プールの水を抜いたのは今朝だったんだろう」
「おやおや、その発言は自白と捉えてもよろしいのですか、佐竹先生?」
「……は?」
「望月の死亡推定時刻は昨日の午後7時から午後11時の間です。今朝までプールの水槽に水が入っていたのなら、望月は一体どうやってプールの底に頭をぶつけて死ぬことができたのでしょうか?」
ふみ香はハッとする。
――そういうことか。
プールの中に落ちていた松ぼっくりのかさが閉じているということは、数時間前までプールの中は水で満たされていたことを意味する。
ならば望月はどこか別の場所で殺されたということだ。
「恐らく、犯人は突発的に望月の頭を殴るか何かして殺してしまい、その後その死体をプールに運んで事故に見せかけることを思い付いた。しかしプールには水が入っていたので、犯人は慌てて水を抜いたのです。満杯のプールの水を全て抜くのには、およそ三時間から四時間はかかりますから、その間犯人は死体と二人きりで気が気じゃなかったでしょう」
「……た、確かに望月の死がただの事故ではないことは認めよう。だが俺が犯人だという証拠はどこにもない筈だ」
「おやおや、結構頑張りますね、先生。ですがプールの底に松かさが落ちていたのを見逃した時点で、残念ながら先生は詰んでいます。プールの水を抜くなんてこと、教師の中でもやる人間は限られている。一人一人警察が調べたってそんなに時間はかかりません」
「……ふッ、まさか、ちっぽけな松ぼっくり一つに足下を掬われるとはな」
佐竹はそう呟くと、力なく笑った。
「きっかけは望月に元教え子との浮気の現場を見られたのが始まりだった。それから毎月、金を要求されるようになった。信じて貰えないだろうが、殺すつもりはなかったんだ」
「いえ、信じますよ。最初から殺すつもりなら、先生は予めプールの水を抜いておいた筈ですからね。この事件は何もかもが杜撰で計画性が全くありません」
「……手厳しいんだな」
佐竹は頬を掻きながら、苦笑いを浮かべている。
「ご同行願えますね?」
刑事二人に挟まれ、佐竹はパトカーへと連行された。
〇 〇 〇
事件の後、その日の授業は全て中止となり、ふみ香は白旗と共に学校から程近い喫茶店の窓際の席に座っていた。
小林声はというと、警察から協力要請があったとかで、今回のお茶会は辞退ということになった。
白旗は魂が抜けたように、メロンソーダに浮かんでいるアイスクリームが溶けていくのをただぼゥっと眺めている。
――これでは今朝のふみ香とあべこべだ。
「元気出してくださいよ、白旗先輩。小林先輩も悪いと思って、次は向こうから誘ってくれるって言ってくれたじゃないですか。一歩前進ですよ」
「……あのな、そないなことで悩んどるんとちゃうわ。今日の事件、俺と小林は同じもんを見とった筈や。それなのに、俺が気付けへんかった手掛かりから小林は事件の全容を看破しよった。完敗や」
白旗はそう言って項垂れる。
「先輩が小林先輩に負けるのなんて、何時ものことじゃないですか。そんなことで落ち込むなんて、白旗先輩らしくないですよ」
「……美里、俺はもうアカンのかもしれん」
「…………」
てっきり怒るだろうと思っていたのに、ふみ香はいよいよ白旗が心配になってきた。
「……わかりました。先輩が小林先輩に勝つまで、私が先輩の助手としてサポートします。私にできることは少ないですが、少しでも白旗先輩が有利になるよう頑張りますから」
「…………何でお前が俺の為にそこまでしてくれんねん?」
白旗は目を丸くして、じっとふみ香を見ている。
「……それはえーっと、先輩のやられっぷりを見るのが好きだから?」
「しばくぞコラ!!」
白旗が少し元気になった。
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