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ベートーヴェンがみてる
第8話
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「何やてェ!?」
白旗は驚愕の表情で小林を見ている。
「……いや、待て待て待て待て待てィ!! んなわけあるかい!! 今のところわかっとるんは、毒の種類と怪我した箇所くらいのもんやないか!! 幾ら何でも、そないな些細な情報だけで犯人がわかってたまるかい!!」
「……そうでもないさ。他にもわかっている情報はある。たとえば、犯行現場が音楽室だったということ、とかな」
小林声はそれだけ言うと、意味ありげに笑みを浮かべる。
「アホか、何を当たり前のこと言うとんねん!!」
「当たり前? それは違うな。犯行現場が音楽室だったということは、この殺人において重要なファクターだ。このトリックは音楽室でしか使うことができない。そういう代物だからな」
「……トリックやと?」
「ああ。この事件の犯人は遅れて音楽室に現れた、沢木錄郎だ」
――沢木錄郎。
――髪型にこだわりのある、リーゼント頭の生徒。
「んなアホなッ!? 沢木は教室におる全員から注目されとったんやぞ!! そんな奴がどないして一番後ろの席におった奥田を殺すいうねん!?」
「だからトリック殺人だと言っている。これは言うなれば衆人環視の殺人。自分を囮に使い、その隙を突いて罠を発動させた」
「……罠?」
「ガウス加速器というのを知っているか?」
小林がふみ香に視線を向ける。
「……いえ」
「ここに同じ質量の鉄の玉が3つくっ付いて一列に並んでいるとする。その右端に同じ大きさの鉄の玉をぶつけると、左端の玉が一つだけ、右からぶつかってきた力と同じ力で弾き出される。これがエネルギー保存の法則だ」
小林が歩兵の駒を並べながら説明する。
「ここで右端の鉄の玉をネオジム磁石に取り換えてみる」
「……ネオジム磁石?」
「最強の永久磁石だよ。さっきと同じように右端に鉄の玉をぶつける。すると磁力に引き寄せられた鉄の玉は、ネオジム磁石にぶつかる瞬間に急激に加速する。そうなれば当然、左端の鉄の玉も勢いよく弾き飛ばされる。これをガウス加速器、またはガウスガンと呼ぶ。この装置を繋げていけば、理論上は銃弾と同程度の威力の鉄の玉を飛ばすことも可能ではあるが、学校の音楽室ではそこまでの大規模なガウスガンは用意できなかった。その弱点を補う為の毒の使用だったのだろう」
「……ちょっと待て。さっきからペラペラペラペラ何を喋っとんねん?」
「白旗、音楽室の壁がどうなっているか知っているか? 音楽室の壁といえば、等間隔に小さな穴が開いているだろう? あの壁の名称は有孔ボードというらしく、音が壁の穴に入ることで、音の反響を防ぐ働きがあるのだが、この壁の穴にストローを突き刺し、さっき説明したガウスガンを仕掛けておけばどうなるか?」
「……あ」
白旗は驚きのあまり、あんぐりと口を開けている。それはふみ香も、立会人である六角も同じだ。
「沢木は予め奥田うららの席に弾丸が飛ぶよう、有孔ボードの穴の一つにガウスガンを仕掛けておく。そして教室にいる全員の視線を集めたところで、ドアを思い切り強く閉める」
「ああああ!?」
「すると扉を閉めた衝撃が壁に伝わり、ネオジム磁石から離れていた鉄の玉が引き寄せられ、毒の弾丸が壁の穴から発射される」
「…………!?」
ふみ香はトリックの全容を聞いて思わず絶句する。
――あのとき。
ふみ香が沢木を見ていた正にそのときに、沢木は明確な殺意をもって奥田を殺していたのだ。
「……しょ、証拠は? 証拠はあるんか?」
「烏山先生が現場保存した後、音楽室は警察によって封鎖され誰も入れなくなっている。もし私の推理が正しければ、有孔ボードの穴のどこかにまだ仕掛けが残っているだろう」
「……ぐぬぬ」
白旗は言い返せず、歯がみして悔しがる。
「……勝負ありだな。この推理合戦、小林の勝利だ」
六角が高らかにそう宣言した。
「待て、待ってくれ。俺は何で負けたんや? そして小林、お前はどこで真相に気がついた?」
「奥田の怪我した場所だよ」
小林は何でもないように言う。
「学校の教室というのは、外からの光が生徒の左から入ってくるよう設計されている。つまり、廊下側は生徒からすると右ということになる。そして、奥田は右腕を撃たれていた。だが、奥田の右にあるのは壁だけ。ならば、奥田を撃った銃口は壁に仕掛けられていたという推理が組み上がる。それだけのことだ」
「……くくく、この浪速のエルキュール・ポアロこと白旗誠士郎が何もできないまま負けるとは。流石は小林声、我が宿命のライヴァルと認めただけのことはあるわ」
「……浪速のエルキュール・ポアロ?」
「今回は不覚をとったが、次はこうはいかんで。精々、つかの間の勝利に酔いしれるがええわ!! ふははははー!!」
白旗は高笑いしながら、将棋部の部室を去って行った。
「……一体何だったんだアイツは?」
「……さァ?」
白旗は驚愕の表情で小林を見ている。
「……いや、待て待て待て待て待てィ!! んなわけあるかい!! 今のところわかっとるんは、毒の種類と怪我した箇所くらいのもんやないか!! 幾ら何でも、そないな些細な情報だけで犯人がわかってたまるかい!!」
「……そうでもないさ。他にもわかっている情報はある。たとえば、犯行現場が音楽室だったということ、とかな」
小林声はそれだけ言うと、意味ありげに笑みを浮かべる。
「アホか、何を当たり前のこと言うとんねん!!」
「当たり前? それは違うな。犯行現場が音楽室だったということは、この殺人において重要なファクターだ。このトリックは音楽室でしか使うことができない。そういう代物だからな」
「……トリックやと?」
「ああ。この事件の犯人は遅れて音楽室に現れた、沢木錄郎だ」
――沢木錄郎。
――髪型にこだわりのある、リーゼント頭の生徒。
「んなアホなッ!? 沢木は教室におる全員から注目されとったんやぞ!! そんな奴がどないして一番後ろの席におった奥田を殺すいうねん!?」
「だからトリック殺人だと言っている。これは言うなれば衆人環視の殺人。自分を囮に使い、その隙を突いて罠を発動させた」
「……罠?」
「ガウス加速器というのを知っているか?」
小林がふみ香に視線を向ける。
「……いえ」
「ここに同じ質量の鉄の玉が3つくっ付いて一列に並んでいるとする。その右端に同じ大きさの鉄の玉をぶつけると、左端の玉が一つだけ、右からぶつかってきた力と同じ力で弾き出される。これがエネルギー保存の法則だ」
小林が歩兵の駒を並べながら説明する。
「ここで右端の鉄の玉をネオジム磁石に取り換えてみる」
「……ネオジム磁石?」
「最強の永久磁石だよ。さっきと同じように右端に鉄の玉をぶつける。すると磁力に引き寄せられた鉄の玉は、ネオジム磁石にぶつかる瞬間に急激に加速する。そうなれば当然、左端の鉄の玉も勢いよく弾き飛ばされる。これをガウス加速器、またはガウスガンと呼ぶ。この装置を繋げていけば、理論上は銃弾と同程度の威力の鉄の玉を飛ばすことも可能ではあるが、学校の音楽室ではそこまでの大規模なガウスガンは用意できなかった。その弱点を補う為の毒の使用だったのだろう」
「……ちょっと待て。さっきからペラペラペラペラ何を喋っとんねん?」
「白旗、音楽室の壁がどうなっているか知っているか? 音楽室の壁といえば、等間隔に小さな穴が開いているだろう? あの壁の名称は有孔ボードというらしく、音が壁の穴に入ることで、音の反響を防ぐ働きがあるのだが、この壁の穴にストローを突き刺し、さっき説明したガウスガンを仕掛けておけばどうなるか?」
「……あ」
白旗は驚きのあまり、あんぐりと口を開けている。それはふみ香も、立会人である六角も同じだ。
「沢木は予め奥田うららの席に弾丸が飛ぶよう、有孔ボードの穴の一つにガウスガンを仕掛けておく。そして教室にいる全員の視線を集めたところで、ドアを思い切り強く閉める」
「ああああ!?」
「すると扉を閉めた衝撃が壁に伝わり、ネオジム磁石から離れていた鉄の玉が引き寄せられ、毒の弾丸が壁の穴から発射される」
「…………!?」
ふみ香はトリックの全容を聞いて思わず絶句する。
――あのとき。
ふみ香が沢木を見ていた正にそのときに、沢木は明確な殺意をもって奥田を殺していたのだ。
「……しょ、証拠は? 証拠はあるんか?」
「烏山先生が現場保存した後、音楽室は警察によって封鎖され誰も入れなくなっている。もし私の推理が正しければ、有孔ボードの穴のどこかにまだ仕掛けが残っているだろう」
「……ぐぬぬ」
白旗は言い返せず、歯がみして悔しがる。
「……勝負ありだな。この推理合戦、小林の勝利だ」
六角が高らかにそう宣言した。
「待て、待ってくれ。俺は何で負けたんや? そして小林、お前はどこで真相に気がついた?」
「奥田の怪我した場所だよ」
小林は何でもないように言う。
「学校の教室というのは、外からの光が生徒の左から入ってくるよう設計されている。つまり、廊下側は生徒からすると右ということになる。そして、奥田は右腕を撃たれていた。だが、奥田の右にあるのは壁だけ。ならば、奥田を撃った銃口は壁に仕掛けられていたという推理が組み上がる。それだけのことだ」
「……くくく、この浪速のエルキュール・ポアロこと白旗誠士郎が何もできないまま負けるとは。流石は小林声、我が宿命のライヴァルと認めただけのことはあるわ」
「……浪速のエルキュール・ポアロ?」
「今回は不覚をとったが、次はこうはいかんで。精々、つかの間の勝利に酔いしれるがええわ!! ふははははー!!」
白旗は高笑いしながら、将棋部の部室を去って行った。
「……一体何だったんだアイツは?」
「……さァ?」
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