6 / 63
ベートーヴェンがみてる
第6話
しおりを挟む
時計ヶ丘高校・将棋部は危機に瀕していた。
今から二週間前に起きた『首吊り殺人事件』で浜地光男が亡くなったことで、部員の数が最低人数である五人を切ってしまったのである。
「このまま来年まで部員が増えなければ、我が将棋部は廃部にされてしまう。実に由々しき事態だ」
部長の六角計介が眼鏡を押さえながら、深刻な顔で俯いた。
四十畳程の広さの蛍光灯の切れかかった薄暗い部室の中は、陰鬱な空気で満たされていた。
「……確かに浜地先輩がいなくなったことは悲しいですが、どのみち三年生が抜けたら将棋部の部員の数は足りなくなりますよ。それに部長が卒業するまでは部は安泰なんですから、別にそこまで思い詰めなくてもいいじゃないですか」
一年の美里ふみ香が将棋盤を挟んで向かい合っている六角に言う。
「そういう問題ではない。三十年の歴史を誇る我が部の伝統を、俺たちの代で途絶えさせては絶対にならないのだ!!」
六角がセンター分けの髪を振り乱して熱弁する。
「その為にも、文化祭でのパソコン部との対決には必ず勝たなければならないのだがなァ……」
三年の飛田葵も愁いに満ちた表情だ。窓辺に寄りかかりながら前髪をかき上げる仕草が妙に様になっている。
今年の文化祭、将棋部はパソコン部と将棋で対決することが決まっていた。とはいっても、実際に将棋部が戦う相手はパソコン部が作成した将棋ソフトであるが。
将棋部はここでの活躍が新入部員獲得の大きな宣伝になると考えていた。
「でもそれ以前に、本当に文化祭やるんスかねェ?」
そう言うのは二年の金本智也だ。少し伸びた坊主頭を困ったようにポリポリかいている。
そうなのだ。このままいくと、今年の文化祭は中止が濃厚だろう。
というのも、校内でまたしても殺人事件が起きてしまったのだ。
それも、殺されたのはふみ香と同じクラスの生徒、奥田うららだった。
「ふみ香、お前そのとき現場にいたんだろ? 犯人わからないのかよ?」
金本がチラリとふみ香を横目で睨む。
「無茶言わないでくださいよ、金本先輩。警察が調べてわからなかったことが、素人の私なんかにわかるわけないですよ」
確かにふみ香は事件発生時、その場に居合わせていた。事件があったのは、三限目の音楽の授業の最中だった。
「犯人が捕まりさえすれば、文化祭もきっと決行されるんだがなァ」
「その話、詳しく聞かせてくれないか?」
そう言って将棋部の部室に入ってきたのは、背の低いベリー・ショートの髪の女子生徒だった。
「小林先輩!!」
ふみ香は思わず小林声の名を呼ぶ。
小林声。探偵事務所でアルバイトをしているという少女探偵だ。一応ふみ香の一年先輩だが、小柄な体と童顔の所為で小学生くらいに見える。これまでに幾つも殺人事件を解決に導いており、二週間前の『首吊り殺人事件』でも見事に手柄を立てている。ふみ香はその一部始終を間近で見ていた。
「おお、噂の名探偵が事件を調べているとなれば心強いな」
六角が眼鏡を押さえて頷く。
「では美里、さっそく事件の概要を話してくれ」
「待て待て、俺を無視すんな!!」
よく見ると小林の後からもう一人、部室に入ってきた人物がいた。頭を箒のように逆立てた男子生徒だ。ただし、着ているのは時計ヶ丘高校の黒い学ランではなく、灰色のブレザーに赤いネクタイだった。
「…………誰?」
ふみ香はそう言って小林に視線を向ける。
「……さァ?」
「『……さァ?』やあらへんわ!! さっき説明したやろが!! 俺の名は白旗誠士郎。二年。大阪からの転校生や。自分の宿命のライヴァルの名前くらい覚えとけ!!」
「…………」
宿命のライバルどころか、あまり相手にされていないように見える。しかし、白旗は構わず続けた。
「小林ィ、お前この辺りじゃ名探偵だとかもてはやされとるらしいが、俺が来たからにはそうはいかへんで。学園一の名探偵の座を賭けて、いざ尋常に勝負!!」
「……ということらしい」
「……はァ」
ふみ香は今会ったばかりの白旗のことが早くも気の毒になってきた。
「私としては別に学園一の名探偵などと名乗った覚えもないのだが、推理合戦がお望みとあれば受けて立とう。で、勝負の方法は?」
「決まっとる。先に犯人を当てた方の勝ちや!!」
「……わかった。ならば犯人がわかった時点で挙手することにしよう。立会人は将棋部部長の六角さんにお願いする」
六角がレフェリーよろしく、小林と白旗の間に立つ。
「……こちらとしては、名探偵が二人で事件を推理してくれるのなんて願ってもないことだ。この勝負、立ち合わせて貰おう」
「絶対勝つ!!」
白旗は小林を睨みつけ、一人闘志を燃やしていた。
今から二週間前に起きた『首吊り殺人事件』で浜地光男が亡くなったことで、部員の数が最低人数である五人を切ってしまったのである。
「このまま来年まで部員が増えなければ、我が将棋部は廃部にされてしまう。実に由々しき事態だ」
部長の六角計介が眼鏡を押さえながら、深刻な顔で俯いた。
四十畳程の広さの蛍光灯の切れかかった薄暗い部室の中は、陰鬱な空気で満たされていた。
「……確かに浜地先輩がいなくなったことは悲しいですが、どのみち三年生が抜けたら将棋部の部員の数は足りなくなりますよ。それに部長が卒業するまでは部は安泰なんですから、別にそこまで思い詰めなくてもいいじゃないですか」
一年の美里ふみ香が将棋盤を挟んで向かい合っている六角に言う。
「そういう問題ではない。三十年の歴史を誇る我が部の伝統を、俺たちの代で途絶えさせては絶対にならないのだ!!」
六角がセンター分けの髪を振り乱して熱弁する。
「その為にも、文化祭でのパソコン部との対決には必ず勝たなければならないのだがなァ……」
三年の飛田葵も愁いに満ちた表情だ。窓辺に寄りかかりながら前髪をかき上げる仕草が妙に様になっている。
今年の文化祭、将棋部はパソコン部と将棋で対決することが決まっていた。とはいっても、実際に将棋部が戦う相手はパソコン部が作成した将棋ソフトであるが。
将棋部はここでの活躍が新入部員獲得の大きな宣伝になると考えていた。
「でもそれ以前に、本当に文化祭やるんスかねェ?」
そう言うのは二年の金本智也だ。少し伸びた坊主頭を困ったようにポリポリかいている。
そうなのだ。このままいくと、今年の文化祭は中止が濃厚だろう。
というのも、校内でまたしても殺人事件が起きてしまったのだ。
それも、殺されたのはふみ香と同じクラスの生徒、奥田うららだった。
「ふみ香、お前そのとき現場にいたんだろ? 犯人わからないのかよ?」
金本がチラリとふみ香を横目で睨む。
「無茶言わないでくださいよ、金本先輩。警察が調べてわからなかったことが、素人の私なんかにわかるわけないですよ」
確かにふみ香は事件発生時、その場に居合わせていた。事件があったのは、三限目の音楽の授業の最中だった。
「犯人が捕まりさえすれば、文化祭もきっと決行されるんだがなァ」
「その話、詳しく聞かせてくれないか?」
そう言って将棋部の部室に入ってきたのは、背の低いベリー・ショートの髪の女子生徒だった。
「小林先輩!!」
ふみ香は思わず小林声の名を呼ぶ。
小林声。探偵事務所でアルバイトをしているという少女探偵だ。一応ふみ香の一年先輩だが、小柄な体と童顔の所為で小学生くらいに見える。これまでに幾つも殺人事件を解決に導いており、二週間前の『首吊り殺人事件』でも見事に手柄を立てている。ふみ香はその一部始終を間近で見ていた。
「おお、噂の名探偵が事件を調べているとなれば心強いな」
六角が眼鏡を押さえて頷く。
「では美里、さっそく事件の概要を話してくれ」
「待て待て、俺を無視すんな!!」
よく見ると小林の後からもう一人、部室に入ってきた人物がいた。頭を箒のように逆立てた男子生徒だ。ただし、着ているのは時計ヶ丘高校の黒い学ランではなく、灰色のブレザーに赤いネクタイだった。
「…………誰?」
ふみ香はそう言って小林に視線を向ける。
「……さァ?」
「『……さァ?』やあらへんわ!! さっき説明したやろが!! 俺の名は白旗誠士郎。二年。大阪からの転校生や。自分の宿命のライヴァルの名前くらい覚えとけ!!」
「…………」
宿命のライバルどころか、あまり相手にされていないように見える。しかし、白旗は構わず続けた。
「小林ィ、お前この辺りじゃ名探偵だとかもてはやされとるらしいが、俺が来たからにはそうはいかへんで。学園一の名探偵の座を賭けて、いざ尋常に勝負!!」
「……ということらしい」
「……はァ」
ふみ香は今会ったばかりの白旗のことが早くも気の毒になってきた。
「私としては別に学園一の名探偵などと名乗った覚えもないのだが、推理合戦がお望みとあれば受けて立とう。で、勝負の方法は?」
「決まっとる。先に犯人を当てた方の勝ちや!!」
「……わかった。ならば犯人がわかった時点で挙手することにしよう。立会人は将棋部部長の六角さんにお願いする」
六角がレフェリーよろしく、小林と白旗の間に立つ。
「……こちらとしては、名探偵が二人で事件を推理してくれるのなんて願ってもないことだ。この勝負、立ち合わせて貰おう」
「絶対勝つ!!」
白旗は小林を睨みつけ、一人闘志を燃やしていた。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
巨象に刃向かう者たち
つっちーfrom千葉
ミステリー
インターネット黎明期、多くのライターに夢を与えた、とあるサイトの管理人へ感謝を込めて書きます。資産を持たぬ便利屋の私は、叔母へ金の融通を申し入れるが、拒絶され、縁を感じてシティバンクに向かうも、禿げた行員に挙動を疑われ追い出される。仕方なく、無一文で便利屋を始めると、すぐに怪しい来客が訪れ、あの有名アイドルチェリー・アパッチのためにひと肌脱いでくれと頼まれる。失敗したら命もきわどくなる、いかがわしい話だが、取りあえず乗ってみることに……。この先、どうなる……。 お笑いミステリーです。よろしくお願いいたします。
【完結】少女探偵・小林声と13の物理トリック
暗闇坂九死郞
ミステリー
私立探偵の鏑木俊はある事件をきっかけに、小学生男児のような外見の女子高生・小林声を助手に迎える。二人が遭遇する13の謎とトリック。
鏑木 俊 【かぶらき しゅん】……殺人事件が嫌いな私立探偵。
小林 声 【こばやし こえ】……探偵助手にして名探偵の少女。事件解決の為なら手段は選ばない。
蠱惑Ⅱ
壺の蓋政五郎
ミステリー
人は歩いていると邪悪な壁に入ってしまう時がある。その壁は透明なカーテンで仕切られている。勢いのある時は壁を弾き迷うことはない。しかし弱っている時、また嘘を吐いた時、憎しみを表に出した時、その壁に迷い込む。蠱惑の続編で不思議な短編集です。
【R18】もう一度セックスに溺れて
ちゅー
恋愛
--------------------------------------
「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」
過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。
--------------------------------------
結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。
真夏の温泉物語
矢木羽研
青春
山奥の温泉にのんびり浸かっていた俺の前に現れた謎の少女は何者……?ちょっとエッチ(R15)で切ない、真夏の白昼夢。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
リモート刑事 笹本翔
雨垂 一滴
ミステリー
『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。
主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。
それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。
物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。
翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?
翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!
隠蔽(T大法医学教室シリーズ・ミステリー)
桜坂詠恋
ミステリー
若き法医学者、月見里流星の元に、一人の弁護士がやって来た。
自殺とされた少年の死の真実を、再解剖にて調べて欲しいと言う。
しかし、解剖には鑑定処分許可状が必要であるが、警察には再捜査しないと言い渡されていた。
葬儀は翌日──。
遺体が火葬されてしまっては、真実は闇の中だ。
たまたま同席していた月見里の親友、警視庁・特殊事件対策室の刑事、高瀬と共に、3人は事件を調べていく中で、いくつもの事実が判明する。
果たして3人は鑑定処分許可状を手に入れ、少年の死の真実を暴くことが出来るのか。
吹きさらし
ちみあくた
ミステリー
大寒波により、豪雪にみまわれた或る地方都市で、「引きこもり状態の50代男性が痴呆症の母を探して街を彷徨い、見つけた直後に殺害する」という悲惨な事件が起きた。
被疑者・飛江田輝夫の取り調べを担当する刑事・小杉亮一は、母を殺した後、捕まるまで馴染みのパチンコ屋へ入り浸っていた輝夫に得体の知れぬ異常性を感じるが……
エブリスタ、小説家になろう、ノベルアップ+、にも投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる