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台風
第3話
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「被害者の浜地光男の死亡推定時刻は司法解剖の結果、午後11時から午前1時の間と判明している」
小林声はまるで世界の常識を話すかのようにそう言った。
「……どうして小林先輩がそんなことを知っているんです?」
ふみ香は目を丸くして言う。
「警察に少しツテがあってね。まァ、そんなことはどうでもいい。犯人はアリバイトリックを使っているのだから、実際の犯行時間は午後11時より早い時間ということになる。更に巡回の警備員の話では、午後8時の時点では家庭科室に異常はなかったという」
「……あの、そのアリバイトリックというのは?」
「それはまだ言えないな。真相を引っ張るのは名探偵の特権だ」
小林は茹でた紫キャベツに胡麻油と塩、鶏ガラスープの素をかけ始める。本当に塩キャベツにして食べるつもりらしい。
「……でも、浜地先輩は壮絶ないじめを受けていたと聞いています。先生に相談しても相手にされなかったって。自殺する動機ならありますけど、浜地先輩が誰かに殺されるほど恨みを買うような人とは思えません」
「ふむ、その話なら私も聞いた。職員室に仕掛けた盗聴器でも確認したから間違いないだろう。教師連中は生徒の前では大人ぶっているが、生徒のいない職員室では事件に関する噂話をペラペラ喋っていたな」
「…………」
盗聴器。事件解決の為とはいえ、そんなことまでするとは……。
何の部活にも入っていない小林が、何の為にあんな早朝に学校にいたのか訝しんでいたが、この分では誰もいない校舎で何か良からぬことでもしようとしていたに違いない。
「やっぱり、私はあれが殺人事件だなんて信じられないですよ」
「……警察も今のところ美里と同じ見解のようだ。私は殺人の動機など考えるだけ無駄だと思う派なんだがな」
小林はそう言いながら、塩キャベツを箸でつまんで口の中へ放り込む。
「うん、これはイケるな!」
「……小林先輩は殺人に動機は必要ないという考えなのですか?」
「そういうわけではない。そりゃ犯人には犯人なりの理屈や動機があって殺人に及ぶのだろう。だが、その理由は結局のところ当人同士にしか理解しようのない酷く個人的な問題だ。第三者がわけ知り顔で取り扱っていいものではない、と私は考える。もし仮に殺人の動機が第三者にも広く受け入れられるものであったとしても、それが人を殺してもいい理由にはならない」
「…………」
確かにそれは小林の言う通りだ。
だが、ふみ香はどうしても知りたかった。もしこれが殺人事件であるのなら、あの優しかった浜地が何故殺されたのか? 犯人は何を思い浜地を殺したのか?
「だが、浜地光男の人となりを知ることで、容疑者を絞ることはできるかもしれない。とりあえず一度話を聞いておきたいのは、浜地のクラス担任の松戸完爾、いじめグループの主犯格の煙崎あさ美、浜地にいじめから助けられたという国枝雅也の三人だな」
「……小林先輩、私もそれに付いて行ってもいいですか?」
ふみ香は思い切って小林に訊いてみる。
「別に構わない。だが、話を聞く過程でお前の知りたくなかったことを知ることになるかもしれないぞ」
「……その覚悟はできています。私は浜地先輩がどうして死ぬことになったのかが知りたいんです」
「私としてはあまりお薦めはしないがな」
小林声は困ったように肩を竦めた。
「……あの、小林先輩はどうして探偵をやってるんですか?」
考えてみれば、小林にとって浜地は同じ学校に通っていただけで、何の接点もないのだ。知人の無念を晴ら為でもなければ、誰かに頼まれたわけでもない。事件を調べても、小林には何のメリットもない。
「私が探偵をやっている理由。それは、私が謎解きを得意としているからだ」
「……はい?」
何だその理由は? というのがふみ香の正直な感想だった。
謎解きを得意としているから探偵をしている?
「特技を生かした仕事をしたいということですか?」
「少し違う。そうだな、たとえば美里、お前は100メートルを9秒台で走れる人に対して『どうしてアナタは走るんですか?』と尋ねるか?」
「……いえ」
それはそうだろう。そんなに速く走れるのならむしろ、何故走らないのかを尋ねる方が自然だ。
「それと同じだ。私にとって探偵は、鳥が飛んだり魚が泳ぐように自然なことなのだ」
「……うーん。わかるような、わからないような」
ふみ香はこめかみの辺りを押さえて、小林の言ったことの意味を考えている。
「関係者から話を聞くのは授業が終わってからにしよう。それからこの塩キャベツは冷蔵庫で冷やしておいた方が美味しいのだが、しまったな。家庭科室は警察に封鎖されているのだった」
そう言って肩を落とす小林に、ふみ香は「この人大丈夫か?」という不安を感じずにいられなかった。
小林声はまるで世界の常識を話すかのようにそう言った。
「……どうして小林先輩がそんなことを知っているんです?」
ふみ香は目を丸くして言う。
「警察に少しツテがあってね。まァ、そんなことはどうでもいい。犯人はアリバイトリックを使っているのだから、実際の犯行時間は午後11時より早い時間ということになる。更に巡回の警備員の話では、午後8時の時点では家庭科室に異常はなかったという」
「……あの、そのアリバイトリックというのは?」
「それはまだ言えないな。真相を引っ張るのは名探偵の特権だ」
小林は茹でた紫キャベツに胡麻油と塩、鶏ガラスープの素をかけ始める。本当に塩キャベツにして食べるつもりらしい。
「……でも、浜地先輩は壮絶ないじめを受けていたと聞いています。先生に相談しても相手にされなかったって。自殺する動機ならありますけど、浜地先輩が誰かに殺されるほど恨みを買うような人とは思えません」
「ふむ、その話なら私も聞いた。職員室に仕掛けた盗聴器でも確認したから間違いないだろう。教師連中は生徒の前では大人ぶっているが、生徒のいない職員室では事件に関する噂話をペラペラ喋っていたな」
「…………」
盗聴器。事件解決の為とはいえ、そんなことまでするとは……。
何の部活にも入っていない小林が、何の為にあんな早朝に学校にいたのか訝しんでいたが、この分では誰もいない校舎で何か良からぬことでもしようとしていたに違いない。
「やっぱり、私はあれが殺人事件だなんて信じられないですよ」
「……警察も今のところ美里と同じ見解のようだ。私は殺人の動機など考えるだけ無駄だと思う派なんだがな」
小林はそう言いながら、塩キャベツを箸でつまんで口の中へ放り込む。
「うん、これはイケるな!」
「……小林先輩は殺人に動機は必要ないという考えなのですか?」
「そういうわけではない。そりゃ犯人には犯人なりの理屈や動機があって殺人に及ぶのだろう。だが、その理由は結局のところ当人同士にしか理解しようのない酷く個人的な問題だ。第三者がわけ知り顔で取り扱っていいものではない、と私は考える。もし仮に殺人の動機が第三者にも広く受け入れられるものであったとしても、それが人を殺してもいい理由にはならない」
「…………」
確かにそれは小林の言う通りだ。
だが、ふみ香はどうしても知りたかった。もしこれが殺人事件であるのなら、あの優しかった浜地が何故殺されたのか? 犯人は何を思い浜地を殺したのか?
「だが、浜地光男の人となりを知ることで、容疑者を絞ることはできるかもしれない。とりあえず一度話を聞いておきたいのは、浜地のクラス担任の松戸完爾、いじめグループの主犯格の煙崎あさ美、浜地にいじめから助けられたという国枝雅也の三人だな」
「……小林先輩、私もそれに付いて行ってもいいですか?」
ふみ香は思い切って小林に訊いてみる。
「別に構わない。だが、話を聞く過程でお前の知りたくなかったことを知ることになるかもしれないぞ」
「……その覚悟はできています。私は浜地先輩がどうして死ぬことになったのかが知りたいんです」
「私としてはあまりお薦めはしないがな」
小林声は困ったように肩を竦めた。
「……あの、小林先輩はどうして探偵をやってるんですか?」
考えてみれば、小林にとって浜地は同じ学校に通っていただけで、何の接点もないのだ。知人の無念を晴ら為でもなければ、誰かに頼まれたわけでもない。事件を調べても、小林には何のメリットもない。
「私が探偵をやっている理由。それは、私が謎解きを得意としているからだ」
「……はい?」
何だその理由は? というのがふみ香の正直な感想だった。
謎解きを得意としているから探偵をしている?
「特技を生かした仕事をしたいということですか?」
「少し違う。そうだな、たとえば美里、お前は100メートルを9秒台で走れる人に対して『どうしてアナタは走るんですか?』と尋ねるか?」
「……いえ」
それはそうだろう。そんなに速く走れるのならむしろ、何故走らないのかを尋ねる方が自然だ。
「それと同じだ。私にとって探偵は、鳥が飛んだり魚が泳ぐように自然なことなのだ」
「……うーん。わかるような、わからないような」
ふみ香はこめかみの辺りを押さえて、小林の言ったことの意味を考えている。
「関係者から話を聞くのは授業が終わってからにしよう。それからこの塩キャベツは冷蔵庫で冷やしておいた方が美味しいのだが、しまったな。家庭科室は警察に封鎖されているのだった」
そう言って肩を落とす小林に、ふみ香は「この人大丈夫か?」という不安を感じずにいられなかった。
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