【完結】残酷館殺人事件 完全なる推理

暗闇坂九死郞

文字の大きさ
上 下
37 / 44
第五章 完全なる推理

大トリック

しおりを挟む
 城ケ崎の推理は、犯人当てからトリック当てへと移行する。

「さて、殺人トリックについてだが、最初に言っておかなければならないことがある。それは、烏丸、不破、鮫島殺しは全て同一の方法で行われているということだ」

 全て同一?

「何故そんなことが言えるんです?」

 城ケ崎の断定的な言い方に、わたしは違和感を覚えた。

「この三つの殺人の違いは、犯人が被害者を殺害する難易度の差だ。最初の烏丸殺しは犯人と被害者が協力関係にあり、二番目の不破殺しでは被害者は犯人を警戒していた。そして最後の鮫島殺しは密室の中での殺人だった。最も難しい鮫島殺しのトリックを使えば他の二つの殺人も可能なのだから、わざわざ別の殺し方をする必要がない」

「…………」

 確かに鮫島殺しが可能なトリックなら、烏丸と不破にも使えるだろう。
 しかし、だからといって本当に三人が同じ方法で殺されたとは言い切れないのではないか?

「更に言えば、これはゲームなのだから、回答するタイミングごとに正解が異なるというのでは、先に答えた者と後に答えた者とが公平でなくなってしまう。フェアな勝負を望む犯人なら、正解は常に一つになるよう心掛けるだろう」

「なるほど」

 後半はゲームの公平性を前提とした、ややメタ気味な推理ではあるものの、わたしは概ねその説明で納得した。
 死体の首が全て切断されていたことを鑑みても、殺害方法は同一と考えるのが妥当だろう。

 切断された首。
 ――そうだ。

「犯人は何故被害者の首を切断したのでしょうか?」
 わたしは思い付いたそばから、思わず疑問を口に出してしまう。

「焦るなよ。オレの推理を最後まで聞けば自ずと分かる。……と言いたいところだが、いいだろう。先に答えを教えておいてやる。それは被害者が午後11時以降、

「被害者が部屋から出たですって?」

 午後11時以降、部屋の外は毒ガスで満たされている。
 そんな状況で部屋の外に出る人間がいるだなんて、俄かには信じがたいことである。

「ということは、鮫島さんたちは毒ガスで死んだということですか?」
「まァそういう言い方も出来るだろうな」

「…………」

 何か含みのあるような言い方だ。
 だが、それが首を切断することとどう関係するのか?
 わたしには城ケ崎が言っていることがさっぱり理解出来ない。

「毒ガスのことはルール説明のときに烏丸さんが再三注意を促していました。まさか毒ガスのことを知らなかったプレイヤーがいたとは思えません。それなのに、危険を顧みず部屋から出る理由がありませんよ」

「普通はな。だが、そうしなければ死ぬかもしれないという状況にまで追い詰められたとすれば話は別だ」

 部屋から出なければ死ぬかもしれない状況?

「一体どんな状況ですか、それは?」

 もしもそんな状況に陥ったとしても、どの道外に出れば毒ガスで確実に死ぬのだ。死ぬと分かっていて、それでも外に出るなどということがあり得るか?

「たとえば、絶対に安全だと思っていた部屋の中に毒ガスが入り込んでいるのを見たら、お前ならどうする?」

 城ケ崎からの思いもよらない問いに、わたしは咄嗟に答えることが出来ない。

「扉の外は毒ガスの海。となると、逃げ場は一つしかない」

 そうか。

「換気窓!」

「御名答」
 城ケ崎は満足そうに頷いた。

「犯人としては、本当に部屋の中に毒ガスを流す必要はない。被害者たちに毒ガスかもしれないと思わせることさえ出来れば、単なる水蒸気でも構わないわけだ。ルール説明時に烏丸が部屋の中は安全だと言っていたことを考えれば、恐らく本物の毒ガスが使われたということはないだろう」

「…………」

 部屋の中に毒ガスと思われる気体が入ってきたとすれば、確かに逃げ場は換気窓しかない。それ以外の場所が既に毒ガスで満たされている状況下では、他の選択肢自体がないのだ。

「しかし、換気窓は狭くてとても人が通り抜けられる大きさではありませんよ?」

「そこで、隠し通路だ」

「え?」

 ――隠し通路。
 それはわたしが雪上の足跡から思い付いた着想だ。

 やはり残酷館には外へ通じる隠し通路が存在するのだろうか?

「でも先生は確か、隠し通路の存在に懐疑的ではありませんでしたか? そんなものは本格ミステリではタブーだと」

 城ケ崎はこれまで、残酷館に隠し通路などないと主張し続けてきた。
 それが、何故今頃になって隠し通路の存在をほのめかすような発言をするのか?
 わたしには城ケ崎の推理が何処に行き着くのか、いよいよ分からなくなっていた。

「隠し通路と言ったのは、便宜上べんぎじょうそう呼んだまでだ。実際には犯人は、この外へと通じるルートを隠そうともしていない。それは常にオレたちの目の前に晒されていた。だからこそ、かえって誰もそれが出入り口であることに気付かなかったのだ」

 外へのルートは常に目の間に晒されていた?

「どういう意味です?」

「犯人は屋上から堂々と館の外に出たのだよ」
 城ケ崎は平然と言ってのけた。

「……ま、待って下さい、それは幾ら何でも無理がありますよ。如何に超人的な身体能力を持つ名探偵でも、高さ二十メートル以上ある屋上から飛び降りて無事で済む筈がありません。また、屋上にはロープをかけられるような場所も、そのような形跡もありませんでした。屋上から外へ脱出することは絶対に不可能です」

「いいや、可能だね。お前が車を運転して残酷館を目指していたときのことを思い出せ。あのとき道に迷ったのは何故だ?」

「……何故と言われましても」

 確かにわたしはここへ来る途中、道に迷った。
 同じ道をぐるぐると回り、途方に暮れたときに残酷館は見つかったのだった。

「そんなの、知りませんよ。それが事件と何か関係あるんですか?」

「大ありだ。お前が道に迷ったのは残酷館を見つけることが出来なかったからだ。だが、?」

「え!?」

 城ケ崎のあまりに突拍子もない推理に、わたしは言葉が出なかった。
しおりを挟む
【主な参考文献】「きれいなお城の怖い話」桐生操(角川ホラー文庫)「江戸の刑罰 拷問大全」大久保治男(講談社+α文庫)「将棋図巧」伊藤看寿
感想 4

あなたにおすすめの小説

それは奇妙な町でした

ねこしゃけ日和
ミステリー
 売れない作家である有馬四迷は新作を目新しさが足りないと言われ、ボツにされた。  バイト先のオーナーであるアメリカ人のルドリックさんにそのことを告げるとちょうどいい町があると教えられた。  猫神町は誰もがねこを敬う奇妙な町だった。

ウラナイ -URANAI-

吉宗
ミステリー
ある日占いの館に行った女子高生のミキは、老占い師から奇妙な警告を受け、その日から不安な日々を過ごす。そして、占いとリンクするかのようにミキに危機が迫り、彼女は最大の危機を迎える───。 予想外の結末が待ち受ける短編ミステリーを、どうぞお楽しみください。 (※この物語は『小説家になろう』『ノベルデイズ』にも投稿しております)

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

旧校舎のフーディーニ

澤田慎梧
ミステリー
【「死体の写った写真」から始まる、人の死なないミステリー】 時は1993年。神奈川県立「比企谷(ひきがやつ)高校」一年生の藤本は、担任教師からクラス内で起こった盗難事件の解決を命じられてしまう。 困り果てた彼が頼ったのは、知る人ぞ知る「名探偵」である、奇術部の真白部長だった。 けれども、奇術部部室を訪ねてみると、そこには美少女の死体が転がっていて――。 奇術師にして名探偵、真白部長が学校の些細な謎や心霊現象を鮮やかに解決。 「タネも仕掛けもございます」 ★毎週月水金の12時くらいに更新予定 ※本作品は連作短編です。出来るだけ話数通りにお読みいただけると幸いです。 ※本作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。 ※本作品の主な舞台は1993年(平成五年)ですが、当時の知識が無くてもお楽しみいただけます。 ※本作品はカクヨム様にて連載していたものを加筆修正したものとなります。

後宮生活困窮中

真魚
ミステリー
一、二年前に「祥雪華」名義でこちらのサイトに投降したものの、完結後に削除した『後宮生活絶賛困窮中 ―めざせ媽祖大祭』のリライト版です。ちなみに前回はジャンル「キャラ文芸」で投稿していました。 このリライト版は、「真魚」名義で「小説家になろう」にもすでに投稿してあります。 以下あらすじ 19世紀江南~ベトナムあたりをイメージした架空の王国「双樹下国」の後宮に、あるとき突然金髪の「法狼機人」の正后ジュヌヴィエーヴが嫁いできます。 一夫一妻制の文化圏からきたジュヌヴィエーヴは一夫多妻制の後宮になじめず、結局、後宮を出て新宮殿に映ってしまいます。 結果、困窮した旧後宮は、年末の祭の費用の捻出のため、経理を担う高位女官である主計判官の趙雪衣と、護衛の女性武官、武芸妓官の蕎月牙を、海辺の交易都市、海都へと派遣します。しかし、その最中に、新宮殿で正后ジュヌヴィエーヴが毒殺されかけ、月牙と雪衣に、身に覚えのない冤罪が着せられてしまいます。 逃亡女官コンビが冤罪を晴らすべく身を隠して奔走します。

呪鬼 花月風水~月の陽~

暁の空
ミステリー
捜査一課の刑事、望月 千桜《もちづき ちはる》は雨の中、誰かを追いかけていた。誰かを追いかけているのかも思い出せない⋯。路地に追い詰めたそいつの頭には・・・角があった?! 捜査一課のチャラい刑事と、巫女の姿をした探偵の摩訶不思議なこの世界の「陰《やみ》」の物語。

秘められた遺志

しまおか
ミステリー
亡くなった顧客が残した謎のメモ。彼は一体何を託したかったのか!?富裕層専門の資産運用管理アドバイザーの三郷が、顧客の高岳から依頼されていた遺品整理を進める中、不審物を発見。また書斎を探ると暗号めいたメモ魔で見つかり推理していた所、不審物があると通報を受けた顔見知りであるS県警の松ケ根と吉良が訪れ、連行されてしまう。三郷は逮捕されてしまうのか?それとも松ケ根達が問題の真相を無事暴くことができるのか!?

ミステリH

hamiru
ミステリー
ハミルは一通のLOVE LETTERを拾った アパートのドア前のジベタ "好きです" 礼を言わねば 恋の犯人探しが始まる *重複投稿 小説家になろう・カクヨム・NOVEL DAYS Instagram・TikTok・Youtube ・ブログ Ameba・note・はてな・goo・Jetapck・livedoor

処理中です...