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第五章 完全なる推理
大トリック
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城ケ崎の推理は、犯人当てからトリック当てへと移行する。
「さて、殺人トリックについてだが、最初に言っておかなければならないことがある。それは、烏丸、不破、鮫島殺しは全て同一の方法で行われているということだ」
全て同一?
「何故そんなことが言えるんです?」
城ケ崎の断定的な言い方に、わたしは違和感を覚えた。
「この三つの殺人の違いは、犯人が被害者を殺害する難易度の差だ。最初の烏丸殺しは犯人と被害者が協力関係にあり、二番目の不破殺しでは被害者は犯人を警戒していた。そして最後の鮫島殺しは密室の中での殺人だった。最も難しい鮫島殺しのトリックを使えば他の二つの殺人も可能なのだから、わざわざ別の殺し方をする必要がない」
「…………」
確かに鮫島殺しが可能なトリックなら、烏丸と不破にも使えるだろう。
しかし、だからといって本当に三人が同じ方法で殺されたとは言い切れないのではないか?
「更に言えば、これはゲームなのだから、回答するタイミングごとに正解が異なるというのでは、先に答えた者と後に答えた者とが公平でなくなってしまう。フェアな勝負を望む犯人なら、正解は常に一つになるよう心掛けるだろう」
「なるほど」
後半はゲームの公平性を前提とした、ややメタ気味な推理ではあるものの、わたしは概ねその説明で納得した。
死体の首が全て切断されていたことを鑑みても、殺害方法は同一と考えるのが妥当だろう。
切断された首。
――そうだ。
「犯人は何故被害者の首を切断したのでしょうか?」
わたしは思い付いたそばから、思わず疑問を口に出してしまう。
「焦るなよ。オレの推理を最後まで聞けば自ずと分かる。……と言いたいところだが、いいだろう。先に答えを教えておいてやる。それは被害者が午後11時以降、安全な自分の部屋から出てしまったからだ」
「被害者が部屋から出たですって?」
午後11時以降、部屋の外は毒ガスで満たされている。
そんな状況で部屋の外に出る人間がいるだなんて、俄かには信じがたいことである。
「ということは、鮫島さんたちは毒ガスで死んだということですか?」
「まァそういう言い方も出来るだろうな」
「…………」
何か含みのあるような言い方だ。
だが、それが首を切断することとどう関係するのか?
わたしには城ケ崎が言っていることがさっぱり理解出来ない。
「毒ガスのことはルール説明のときに烏丸さんが再三注意を促していました。まさか毒ガスのことを知らなかったプレイヤーがいたとは思えません。それなのに、危険を顧みず部屋から出る理由がありませんよ」
「普通はな。だが、そうしなければ死ぬかもしれないという状況にまで追い詰められたとすれば話は別だ」
部屋から出なければ死ぬかもしれない状況?
「一体どんな状況ですか、それは?」
もしもそんな状況に陥ったとしても、どの道外に出れば毒ガスで確実に死ぬのだ。死ぬと分かっていて、それでも外に出るなどということがあり得るか?
「たとえば、絶対に安全だと思っていた部屋の中に毒ガスが入り込んでいるのを見たら、お前ならどうする?」
城ケ崎からの思いもよらない問いに、わたしは咄嗟に答えることが出来ない。
「扉の外は毒ガスの海。となると、逃げ場は一つしかない」
そうか。
「換気窓!」
「御名答」
城ケ崎は満足そうに頷いた。
「犯人としては、本当に部屋の中に毒ガスを流す必要はない。被害者たちに毒ガスかもしれないと思わせることさえ出来れば、単なる水蒸気でも構わないわけだ。ルール説明時に烏丸が部屋の中は安全だと言っていたことを考えれば、恐らく本物の毒ガスが使われたということはないだろう」
「…………」
部屋の中に毒ガスと思われる気体が入ってきたとすれば、確かに逃げ場は換気窓しかない。それ以外の場所が既に毒ガスで満たされている状況下では、他の選択肢自体がないのだ。
「しかし、換気窓は狭くてとても人が通り抜けられる大きさではありませんよ?」
「そこで、隠し通路だ」
「え?」
――隠し通路。
それはわたしが雪上の足跡から思い付いた着想だ。
やはり残酷館には外へ通じる隠し通路が存在するのだろうか?
「でも先生は確か、隠し通路の存在に懐疑的ではありませんでしたか? そんなものは本格ミステリではタブーだと」
城ケ崎はこれまで、残酷館に隠し通路などないと主張し続けてきた。
それが、何故今頃になって隠し通路の存在を仄めかすような発言をするのか?
わたしには城ケ崎の推理が何処に行き着くのか、いよいよ分からなくなっていた。
「隠し通路と言ったのは、便宜上そう呼んだまでだ。実際には犯人は、この外へと通じるルートを隠そうともしていない。それは常にオレたちの目の前に晒されていた。だからこそ、かえって誰もそれが出入り口であることに気付かなかったのだ」
外へのルートは常に目の間に晒されていた?
「どういう意味です?」
「犯人は屋上から堂々と館の外に出たのだよ」
城ケ崎は平然と言ってのけた。
「……ま、待って下さい、それは幾ら何でも無理がありますよ。如何に超人的な身体能力を持つ名探偵でも、高さ二十メートル以上ある屋上から飛び降りて無事で済む筈がありません。また、屋上にはロープをかけられるような場所も、そのような形跡もありませんでした。屋上から外へ脱出することは絶対に不可能です」
「いいや、可能だね。お前が車を運転して残酷館を目指していたときのことを思い出せ。あのとき道に迷ったのは何故だ?」
「……何故と言われましても」
確かにわたしはここへ来る途中、道に迷った。
同じ道をぐるぐると回り、途方に暮れたときに残酷館は見つかったのだった。
「そんなの、知りませんよ。それが事件と何か関係あるんですか?」
「大ありだ。お前が道に迷ったのは残酷館を見つけることが出来なかったからだ。だが、本当はそこに館などなかったのだとしたらどうだ?」
「え!?」
城ケ崎のあまりに突拍子もない推理に、わたしは言葉が出なかった。
「さて、殺人トリックについてだが、最初に言っておかなければならないことがある。それは、烏丸、不破、鮫島殺しは全て同一の方法で行われているということだ」
全て同一?
「何故そんなことが言えるんです?」
城ケ崎の断定的な言い方に、わたしは違和感を覚えた。
「この三つの殺人の違いは、犯人が被害者を殺害する難易度の差だ。最初の烏丸殺しは犯人と被害者が協力関係にあり、二番目の不破殺しでは被害者は犯人を警戒していた。そして最後の鮫島殺しは密室の中での殺人だった。最も難しい鮫島殺しのトリックを使えば他の二つの殺人も可能なのだから、わざわざ別の殺し方をする必要がない」
「…………」
確かに鮫島殺しが可能なトリックなら、烏丸と不破にも使えるだろう。
しかし、だからといって本当に三人が同じ方法で殺されたとは言い切れないのではないか?
「更に言えば、これはゲームなのだから、回答するタイミングごとに正解が異なるというのでは、先に答えた者と後に答えた者とが公平でなくなってしまう。フェアな勝負を望む犯人なら、正解は常に一つになるよう心掛けるだろう」
「なるほど」
後半はゲームの公平性を前提とした、ややメタ気味な推理ではあるものの、わたしは概ねその説明で納得した。
死体の首が全て切断されていたことを鑑みても、殺害方法は同一と考えるのが妥当だろう。
切断された首。
――そうだ。
「犯人は何故被害者の首を切断したのでしょうか?」
わたしは思い付いたそばから、思わず疑問を口に出してしまう。
「焦るなよ。オレの推理を最後まで聞けば自ずと分かる。……と言いたいところだが、いいだろう。先に答えを教えておいてやる。それは被害者が午後11時以降、安全な自分の部屋から出てしまったからだ」
「被害者が部屋から出たですって?」
午後11時以降、部屋の外は毒ガスで満たされている。
そんな状況で部屋の外に出る人間がいるだなんて、俄かには信じがたいことである。
「ということは、鮫島さんたちは毒ガスで死んだということですか?」
「まァそういう言い方も出来るだろうな」
「…………」
何か含みのあるような言い方だ。
だが、それが首を切断することとどう関係するのか?
わたしには城ケ崎が言っていることがさっぱり理解出来ない。
「毒ガスのことはルール説明のときに烏丸さんが再三注意を促していました。まさか毒ガスのことを知らなかったプレイヤーがいたとは思えません。それなのに、危険を顧みず部屋から出る理由がありませんよ」
「普通はな。だが、そうしなければ死ぬかもしれないという状況にまで追い詰められたとすれば話は別だ」
部屋から出なければ死ぬかもしれない状況?
「一体どんな状況ですか、それは?」
もしもそんな状況に陥ったとしても、どの道外に出れば毒ガスで確実に死ぬのだ。死ぬと分かっていて、それでも外に出るなどということがあり得るか?
「たとえば、絶対に安全だと思っていた部屋の中に毒ガスが入り込んでいるのを見たら、お前ならどうする?」
城ケ崎からの思いもよらない問いに、わたしは咄嗟に答えることが出来ない。
「扉の外は毒ガスの海。となると、逃げ場は一つしかない」
そうか。
「換気窓!」
「御名答」
城ケ崎は満足そうに頷いた。
「犯人としては、本当に部屋の中に毒ガスを流す必要はない。被害者たちに毒ガスかもしれないと思わせることさえ出来れば、単なる水蒸気でも構わないわけだ。ルール説明時に烏丸が部屋の中は安全だと言っていたことを考えれば、恐らく本物の毒ガスが使われたということはないだろう」
「…………」
部屋の中に毒ガスと思われる気体が入ってきたとすれば、確かに逃げ場は換気窓しかない。それ以外の場所が既に毒ガスで満たされている状況下では、他の選択肢自体がないのだ。
「しかし、換気窓は狭くてとても人が通り抜けられる大きさではありませんよ?」
「そこで、隠し通路だ」
「え?」
――隠し通路。
それはわたしが雪上の足跡から思い付いた着想だ。
やはり残酷館には外へ通じる隠し通路が存在するのだろうか?
「でも先生は確か、隠し通路の存在に懐疑的ではありませんでしたか? そんなものは本格ミステリではタブーだと」
城ケ崎はこれまで、残酷館に隠し通路などないと主張し続けてきた。
それが、何故今頃になって隠し通路の存在を仄めかすような発言をするのか?
わたしには城ケ崎の推理が何処に行き着くのか、いよいよ分からなくなっていた。
「隠し通路と言ったのは、便宜上そう呼んだまでだ。実際には犯人は、この外へと通じるルートを隠そうともしていない。それは常にオレたちの目の前に晒されていた。だからこそ、かえって誰もそれが出入り口であることに気付かなかったのだ」
外へのルートは常に目の間に晒されていた?
「どういう意味です?」
「犯人は屋上から堂々と館の外に出たのだよ」
城ケ崎は平然と言ってのけた。
「……ま、待って下さい、それは幾ら何でも無理がありますよ。如何に超人的な身体能力を持つ名探偵でも、高さ二十メートル以上ある屋上から飛び降りて無事で済む筈がありません。また、屋上にはロープをかけられるような場所も、そのような形跡もありませんでした。屋上から外へ脱出することは絶対に不可能です」
「いいや、可能だね。お前が車を運転して残酷館を目指していたときのことを思い出せ。あのとき道に迷ったのは何故だ?」
「……何故と言われましても」
確かにわたしはここへ来る途中、道に迷った。
同じ道をぐるぐると回り、途方に暮れたときに残酷館は見つかったのだった。
「そんなの、知りませんよ。それが事件と何か関係あるんですか?」
「大ありだ。お前が道に迷ったのは残酷館を見つけることが出来なかったからだ。だが、本当はそこに館などなかったのだとしたらどうだ?」
「え!?」
城ケ崎のあまりに突拍子もない推理に、わたしは言葉が出なかった。
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