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第四章 密室についての考察

惨劇、三度

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 ゲーム3日目。
 12月28日。
 午前6時。

 わたしたちが残酷館に来てから、四度目の朝を迎える。

  コンディションははっきり言って最悪だ。ここに来てからろく眠れていないのだから、それも仕方がない。
 鏡で自分の顔を見ると、目の下に薄っすらと隈が出来ていた。
 頭痛も酷い。

 しかし、わたしにはまだやるべきことが残っている。
 それまで、まだゲームから降りるわけにはいかない。
 泣き言は言っていられないのだ。
 わたしは汗ばんだ掌をぎゅっと握りしめた。

     ※

 部屋を出ると、既に飯田めしだが二階のギロチンの前に立っていた。両手に持った巨大な中華饅頭を交互に食べている。
 よく見ると、肉まんとあんまんだ。

「あ、助手ちゃん。おはよー」
 喋っている間も食べるのを止めようとはしない。

「おはようございます」

「もひばっはんばね」

 何と言っているのかはっきりとは分からないが、おそらくわたしの無事を喜んでくれているのだと思う。……多分。

「はい、飯田さんも御無事で何よりです」

 すると、飯田は眉間に皺を寄せて口を尖らせる。

「だーかーらー、まどかって呼んでくれなきゃ嫌だよー」

「……ご、ごめん円」
 飯田に責められて、わたしはつい謝ってしまう。

 次に部屋から現れたのは切石きりいしだった。今朝も何時も通り帯刀している。その立ち姿には一分の隙もない。

「おはようございます、切石さん。無事で良かった」

「君もな」

 これで六人中三人の生存が確認出来た。安否が不明なのは城ヶ崎じょうがさき綿貫わたぬき鮫島さめじまの三名である。

 そこでわたしは異変に気付く。
 飯田と切石の顔にも緊張が走っている。
 何かが妙だ。

 ――そうか!
 

 これまでは6時に部屋を出ると、見つかり易い場所に殺されたプレイヤーの首が放置されていた。
 しかし、今朝に限ってはそれがない。
 これでは誰が殺されたのかが分からない。
 胸騒ぎがした。

「…………」
 まさか、城ケ崎が?
 そんな不安が一瞬脳裏を過った。

「助手ちゃん、もしかして師匠のこと心配してる?」
 飯田がわたしの考えを見透かしたように言う。

「……ううん、先生はそう簡単に死ぬようなタマじゃないよ」

 そうだ。
 あの殺しても死ななそうな城ヶ崎が、こんなところで死ぬ筈がない。探偵に必要なのはどんなことをしてでも生き残る意志だと言ったのは彼自身だ。

 あり得ない。
 死ぬわけがない。
 城ヶ崎九郎に弱点など存在しないのだから。

「うん、そうだね。助手ちゃんの言う通りみたいだ」
 飯田がにっこりと微笑んだ。

「あの人がそう簡単に死ぬ筈がない」

 二階の部屋から城ヶ崎が出てくるのを見て、わたしは内心ほっと胸をなで下ろしていた。

「……先生!!」

 ――しかし。

「え!?」
 それは同じ部屋から綿貫が出てくるのを見るまでの、ほんの僅かな間のことだった。
 わたしの頭は酷く混乱する。

 ――何故?
 ――どうして?
 一体、何で綿貫が城ヶ崎の部屋から出てくるのだ?

 城ヶ崎はわたしを部屋から追い出し、一人で考えたいことがあると言った筈だ。
 それなのに。

 …………否、問題はそんなことではない。
 今はそんなことはどうでもいい。
 後回しだ。

 なのだ。
 部屋から出てきた顔ぶれが、昨日と全くなのである。

「……これは!?」

「考えられるのは二通りだな」
 城ヶ崎がそう言って、何時ものようにピンと人差し指を立てる。

「一つ目は誰も殺されていない場合。二つ目はあまり考えたくはないが、この場にいない鮫島が殺されている場合だ」

「あら、犯人が行動を起こしてくれない限り手掛かりを得ることは出来ないんだから、あなたが考えたくないのはむしろ前者の方じゃあなくて? 喪服探偵さん」
 その隣で綿貫がおどけたように言った。

「さてね」
 城ケ崎は大袈裟に肩を竦める。

「……確認するべきだな」
 徐に口を開いたのは切石だ。

「鮫島の安否は今ここで、必ず確かめておかなければならないことだ。私は直ちに鮫島の首を探すことを提案する」

 切石の言う通り、鮫島の生死は重要な意味を持つ。
 もし鮫島吾郎が死んでいれば、ゲームの回答権が復活することになるからだ。
 切石の提案に反対する者は現れない。

「よーし、そんじゃあ皆で手分けして見つけよー」

「それは認められない」
 息を巻く飯田を牽制するように切石が言う。

「えー何でー?」

「発見者が鮫島の首を隠した可能性が残れば、鮫島の生死を確認するという前提が無意味なものになる。ここは全員で固まって捜索するべきだろう」

「……そうですね」

 わたしたちは全員で一階から順に捜索することにした。
 一階で怪しい場所と言えば、中央の大階段の両脇にある鉄の処女とファラリスの雄牛だ。奇しくも、どちらも中に人体を入れるタイプの拷問・処刑器具だ。

 不破の首がギロチン台にあったことことを鑑みても、どちらかに鮫島の首を隠している可能性が高いだろう。

「どっちから調べる?」
「無論、ファラリスの雄牛だ」
 綿貫の問いに間髪入れずに答えたのは城ケ崎だ。

「何故?」
「オレは無駄なことが嫌いなんでね」

 城ケ崎は鮫島の首がファラリスの雄牛の中にあることを確信しているようだ。

 綿貫はそんな城ケ崎の様子に困惑の色を隠せない。

「……別に確率は二分の一なのだから、あなたの言う通りファラリスの雄牛から調べても構わないけど」

「賭けてもいい。鮫島の首はファラリスの雄牛の中だよ」

「…………」

 その城ケ崎の自信が一体どこからくるものなのか、このときわたしには知る由もなかった。

 城ケ崎の主導のもと、ファラリスの雄牛の胴体部分の扉がゆっくりと開かれる。

「……これはッ!?」

 そこには城ケ崎の予言通り、無頼探偵こと鮫島吾郎の苦悶くもんに満ちた死に顔が転がっていた。
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