上 下
25 / 44
第三章 雪上の足跡についての考察

五秒の壁

しおりを挟む
「少し、一人で考えたいことがある」

 城ヶ崎にそう言われて、わたしはやむなく彼の部屋を後にした。
 本音を言えば、このまま明日の朝まで城ヶ崎と一緒にいれば安全だと考えていたので、その当てが外れた格好だ。

 城ヶ崎は隠し通路の存在に懐疑的だったが、わたしはまだその考えを諦め切れずにいた。
 捨て切れなかった。
 それはわたしの願望を多分に含んでいる。
 わたしは今すぐにでもここから脱出することを望んでいるのだ。

 一先ず自分の部屋に戻り、ベッドの上に倒れ込んだ。
 烏丸、不破の両名は共に生きたまま自室で首を切断されて殺されていた。

 首は部屋の外に放置されており、その首で部屋の顔認証システムをパスしたことから、殺されたのが烏丸と不破本人であることに疑いの余地はない。また部屋中に飛び散った血液の勢いと量から、犯人が首を切り落としたのは被害者の部屋の中であることも間違いなさそうだ。

 どちらの死体にも争ったような形跡はなく、首の切断面の他に目立った外傷もない。
 二つの殺人事件を要約すると、まァこんなところだろう。

 不破の事件については、これにもう一つだけ付け加える項目がある。
 それは、犯人はどうやって不破の部屋に入ることが出来たのかという問題だ。

 殺されることを受け入れていた烏丸は兎も角、自分が狙われることを警戒していたであろう不破が、果たして犯人を部屋に上げるような失敗をするだろうか?

 可能性がありそうなのは、扉が開いて閉まるまでの五秒間の隙を突かれた場合だ。
 不破が顔認証システムをパスして部屋の扉を開けた後、滑り込むように部屋の中に侵入すればいい。
 この方法なら犯人が不破の部屋に侵入することは、一応可能だ。

 しかし、同時に新たな疑問も生じる。
 不破の死体には争った形跡がなかった。
 つまり犯人は五秒の間に部屋に入り、不意打ちの形で不破を殺害したということだ。

 ――まさに早業である。
 それではあまりにもギャンブルの要素が大き過ぎる。
 不破への不意打ちに失敗すれば、部屋や身体に争った形跡が残るだけでなく、最悪返り討ちにあうリスクだってあったのだ。

 第一、自分の部屋に侵入した犯人の姿を不破程の実力者が見逃すとは思えない。不破にそんな隙はないと考える方が現実的だ。

「…………」
 どうにも思考が迂遠うえん過ぎる。
 如何にして不破に不意の一撃を与えるか?
 その答えなら既に分かり切っているではないか。

 不意打ちは部屋の中ではなく、

 部屋の外なら隠れられる場所も多い。不破が近付いて来たところを待ち伏せ、首の辺りに当て身を食らわせてからなら、被害者の部屋の中にも容易に侵入可能だ。その後、中でゆっくり首を切って殺せばいい。

 他のプレイヤーに犯行を目撃されるリスクはどうしても残るが、それでも扉が閉まる五秒の間に不破に気付かれぬよう部屋に滑り込むことに比べれば、まだ成功する確率は高いように思えた。

 そして殺人が日中行われている可能性があることを知った今、昨日のように館内を調べて回る気にはとてもなれなかった。
 次の犠牲者を狙って、犯人が徘徊しているかもしれないのだ。
 館内を単独で行動するのはあまりにも危険過ぎる。

 ――そしてあの雪の上の足跡。

 あの足跡が意味することは一体何か?
 助かる為に、わたしは何をすればいい?

 結局何も分からないまま、時間はゆっくりと流れていく。

     ※

 そして翌朝、また新たな死体が発見されることになる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

雨の向こう側

サツキユキオ
ミステリー
山奥の保養所で行われるヨガの断食教室に参加した亀山佑月(かめやまゆづき)。他の参加者6人と共に独自ルールに支配された中での共同生活が始まるが────。

紙の本のカバーをめくりたい話

みぅら
ミステリー
紙の本のカバーをめくろうとしたら、見ず知らずの人に「その本、カバーをめくらない方がいいですよ」と制止されて、モヤモヤしながら本を読む話。 男性向けでも女性向けでもありません。 カテゴリにその他がなかったのでミステリーにしていますが、全然ミステリーではありません。

無限の迷路

葉羽
ミステリー
豪華なパーティーが開催された大邸宅で、一人の招待客が密室の中で死亡して発見される。部屋は内側から完全に施錠されており、窓も塞がれている。調査を進める中、次々と現れる証拠品や証言が事件をますます複雑にしていく。

マクデブルクの半球

ナコイトオル
ミステリー
ある夜、電話がかかってきた。ただそれだけの、はずだった。 高校時代、自分と折り合いの付かなかった優等生からの唐突な電話。それが全てのはじまりだった。 電話をかけたのとほぼ同時刻、何者かに突き落とされ意識不明となった青年コウと、そんな彼と昔折り合いを付けることが出来なかった、容疑者となった女、ユキ。どうしてこうなったのかを調べていく内に、コウを突き落とした容疑者はどんどんと増えてきてしまう─── 「犯人を探そう。出来れば、彼が目を覚ますまでに」 自他共に認める在宅ストーカーを相棒に、誰かのために進む、犯人探し。

四人の女

もちもち蟹座
ミステリー
[  ] 時代は、昭和 [  ]  場所は、お茶屋の2階、四畳半の お座敷。 [  ] 登場人物、金持ちの男•4人の女

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

この満ち足りた匣庭の中で 二章―Moon of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
それこそが、赤い満月へと至るのだろうか―― 『満ち足りた暮らし』をコンセプトとして発展を遂げてきたニュータウン、満生台。 更なる発展を掲げ、電波塔計画が進められ……そして二〇一二年の八月、地図から消えた街。 鬼の伝承に浸食されていく混沌の街で、再び二週間の物語は幕を開ける。 古くより伝えられてきた、赤い満月が昇るその夜まで。 オートマティスム、鬼封じの池、『八〇二』の数字。 ムーンスパロー、周波数帯、デリンジャー現象。 ブラッドムーン、潮汐力、盈虧院……。 ほら、また頭の中に響いてくる鬼の声。 逃れられない惨劇へ向けて、私たちはただ日々を重ねていく――。 出題篇PV:https://www.youtube.com/watch?v=1mjjf9TY6Io

旧校舎のフーディーニ

澤田慎梧
ミステリー
【「死体の写った写真」から始まる、人の死なないミステリー】 時は1993年。神奈川県立「比企谷(ひきがやつ)高校」一年生の藤本は、担任教師からクラス内で起こった盗難事件の解決を命じられてしまう。 困り果てた彼が頼ったのは、知る人ぞ知る「名探偵」である、奇術部の真白部長だった。 けれども、奇術部部室を訪ねてみると、そこには美少女の死体が転がっていて――。 奇術師にして名探偵、真白部長が学校の些細な謎や心霊現象を鮮やかに解決。 「タネも仕掛けもございます」 ★毎週月水金の12時くらいに更新予定 ※本作品は連作短編です。出来るだけ話数通りにお読みいただけると幸いです。 ※本作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。 ※本作品の主な舞台は1993年(平成五年)ですが、当時の知識が無くてもお楽しみいただけます。 ※本作品はカクヨム様にて連載していたものを加筆修正したものとなります。

処理中です...