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第二章 切断された首についての考察

探索③

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 12月26日。
 午後14時15分。

 厨房の後片付けを終えたわたしは再び一階を中心に調査を再開した。
 厨房と食堂を粗方調べ終え、最後に向かったのは娯楽室である。娯楽室は一階の中心にある部屋で、玄関から向かうには大階段の左右どちらかの通路をぐるりと回り込まなければならない。

 娯楽室のドアノブに手を掛けると、中から話し声が聞こえてきた。

 ――誰だ?

 中を覗くと、部屋の奥にあるビリヤード台で綿貫リエと切石勇魚が玉を突いているところだった。

「あら、助手さん。いらっしゃい」

 綿貫が微笑みながらわたしに手招きする。一方、切石は真剣な眼差しで台の上を見つめていた。

「あたしらの決着がついたら、助手さんも一勝負どう?」

「……いえ、わたしは」

 以前、テレビで綿貫がプロのビリヤードプレイヤーと対戦をしているのを見たことがある。
 その実力はプロを圧倒する程だった。
 仮に百回勝負したとしても、わたしに勝ち目はないだろう。

 そんな綿貫を相手に、切石も決して負けてはいない。ゲームの主導権を奪うと、次々に玉をポケットに沈めていく。

「へェ剣客探偵さん、キューを構えても中々様になるじゃない」

「遊びと言えども手は抜かない主義なんでな」

「…………」
 わたしはそんな二人の白熱する戦いをただ見守る他ない。

「そう気張らず、楽しくやればいいじゃない。折角だからゆっくりお話しでもしましょうよ」

「……事件に関することは一切話さんぞ」

 饒舌じょうぜつな綿貫に、切石がきっちり釘を刺す。
 戦いは台の外でも行われているのだ。

「分かったわ。じゃあ二人はどうして探偵になったのかしら? 差し支えないなら教えてくれない?」

「ふん、決まっている」
 綿貫の質問に間髪入れず答えたのは切石だ。

「私に探偵を務めるだけの能力があるからだ。私が探偵を続けているのにそれ以上の理由はない」
  切石は仏頂面のままそう答えた。

 如何にも真面目で堅物な切石らしい返答だ。

「助手さんは?」
「わたしは……」

 わたしが探偵を志し、城ヶ崎に弟子入りした理由。

 ――それは。
「犯罪者が許せないから、です」

 あれはわたしが小学五年生の夏だ。クラスメイトの女の子が何者かに連れ攫われるという事件が起きた。
 事件があったのは近所のスーパーで、複数の目撃情報があったにも拘らず、女の子の消息はようとして掴めなかった。
 あれから八年が経つ。
 社会に紛れて犯人が今ものうのうと暮らしていることを想像すると、わたしは吐き気を催した。
 ――虫酸が走る。
 わたしが探偵を志すのは、一人でも多くの犯罪者を捕らえる為だ。

「それなら何も探偵でなくてもいいじゃない」
 綿貫が不思議そうにわたしを見つめる。

「ええ。ですが警察はあの事件に於いては殆ど無力でした。噂によると何者かが警察に圧力をかけて、捜査を早々に打ち切らせたとも言われています。真に犯罪者を捕らえる為には、権力から独立した力が必要なのです」

 そして、わたしは城ケ崎と出会った。

「……ふーん、二人とも真面目なのね」
 綿貫は薄く笑みを浮かべて目を閉じる。

「そう言う綿貫さんは何故探偵に?」
 わたしは逆に尋ね返した。

「うん。二人には悪いけど、あたしにそんな立派な理由なんてないわ」
 綿貫はアンニュイな声で答えた。

「あたしの行動原理は楽しいか楽しくないか。つまり、あたしが探偵をやるのは楽しいから。ただそれだけよ」

「……楽しいから?」

 綿貫が最後の玉を沈めて決着がつく。

「あたしの勝ちね」
 彼女はそこで気怠そうに髪をかき上げる。

「…………」
 それが、わたしの目には妙に魅力的に見えた。

「……あの、綿貫さんってテレビで見るより実物の方がずっとお綺麗なんですね」
 わたしがそう言うと、綿貫は思い切り眉間に皺を寄せた。

「まさかそれって褒めてるつもり? テレビに出るのが本職のあたしに、テレビ映りが悪いって言ってんなら承知しないわよ」

 もの凄い剣幕だ。

「……すみません」
 わたしは思わず謝ってしまう。

 確かに失言だったのかもしれない。

     ※

 そして結局、この日も有力な手掛かりを手に入れられないまま、毒ガスが館内を満たす午後11時時を迎えた。

 12月26日。
 午後11時5分。

 わたしは自分の部屋のベッドで身を固くして朝を待つ。
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