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第二章 切断された首についての考察

回答権

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 12月26日。
 午前7時5分。

 食堂に到着すると、わたしたちは自然と昨日と同じ席に着いていた。
 入り口から時計回りに、城ケ崎、鮫島、不破、切石、飯田、綿貫、鈴村(わたし)という順番だ。
 支倉と烏丸、二人分の席が空いているのが何とも痛ましい。

「さて、今後のことで皆さんに相談なんだが……」

 ――ごん。
 不破が話を切り出した刹那、鮫島がテーブルを叩く音がそれを遮った。
 鮫島は不破を鋭く睨みつけている。

「おや。何ですかな、鮫島君?」
 不破が怪訝そうに眉を片方だけ上げてみせる。

「今ここで俺の回答権を使わせて貰う」

「……ほゥ」
 不破は目を細めてじっと鮫島を見据えている。

「確かに今、この場には生存者が全員揃っている状況。ルール上、回答は正式に受理されるでしょう。しかし、解答権は一名につき一度きり。ここで間違えればもう取り返しはつきませんぞ?」

「そんなことは言われなくても分かっている」

 鮫島は苛立ったようにそう言うと、一度ぐるりと辺りを見渡した。それから一度溜息を吐いて、目を細める。

「犯人は切石勇魚、貴様だ」

「…………」
 名前を呼ばれた切石は微動だにしない。

「殺害方法は単純明快。日本刀で烏丸の首を切断したんだ。居合いの達人であるテメェなら、人間の首くらい簡単に切り落とせた筈だ」

「あの、ちょっと待って下さい」
 わたしは思わず鮫島の推理に横槍を入れる。

「よく思い出して下さい。部屋は全て本人の顔を認証することでしか開かない仕様になっていた筈です。犯人はどんな方法で烏丸さんの部屋に侵入したのですか?」

「はん、よく思い出すのはテメェの方だよ青二才。烏丸は犯人から殺されることに納得していたんだぞ。言わば、合意の上での殺人だ。予め時間を決めておいた上で、烏丸に中から扉を開けさせたんだよ」
 鮫島は余裕の笑みでそう答えた。

「推理を続けるぜ。烏丸を殺した切石は、切り取った首を持って部屋から出る。首が部屋の外に転がってたのだから、状況から見てそれはまず間違いない。だが犯行現場の出入りには、顔認証とは別にもう一つ関門がある。毒ガスだ。しかしこれも顔認証と同様、ただの虚仮威こけおどしに過ぎない。ここまで入念に舞台装置を作り上げた犯人だ、ガスマスクの用意を忘れるわけがねェ。つまり、犯人は二十三時以降もガスマスクを装着して館内を自由に行動出来たということだ。QED。証明終了」

「…………」
 それはあまりにも憶測に頼り切った、穴だらけの推理だった。
 証拠と呼べるようなものは何一つない。
 妄想の域を出ない、出来損ないだ。こんな代物でよくもまァ「QED」などと宣えたものである。

 そんなことを思っていると、不意に鮫島と視線が重なった。
 慌てて目を伏せるも、時すでに遅し。
 鮫島はわたしを睨みつけていた。

「まだ何か言いたそうだな、金魚の糞」
「……べ、別にわたしは何も」

 言い淀むわたしに、鮫島は意外にもニヤリと笑いかける。
「テメェ『オッカムの剃刀かみそり』って言葉を知ってるか?」

 オッカムの剃刀。
 複数の仮説がある場合、最もシンプルな仮説こそが真実となるという考え方だ。

「こういう事件はゴチャゴチャ理屈を並べるより、単純に考えるんだ。その方が勝率は圧倒的に高いもんなんだよ」

 確かに鮫島の言った方法で犯行現場と同じ状況を作ることは可能だ。
 そして、それが今のところ最も『一番ありそうな仮説』ではある。
 その意味では、案外馬鹿に出来ない推理なのかもしれない。
 しかし、これは推理ゲームだ。館の主人は一流の探偵たちを相手に、謎を解いてみろと言っている。
 そんな相手が、単純な答えを用意しているとは思えなかった。

 鮫島が自説を展開して一分が経過する。食堂の探偵たちは押し黙ったままで、正解とも不正解とも告げる者は現れない。

「ほっほ、どうやら勇み足だったようですな」
 不破が同情したように鮫島の肩を叩く。

「これで君はリタイヤ、自力で賞金を得る道は絶たれました。しかし鮫島君、私と同盟を組めば幾ばくかの金を手に入れることも夢ではありません。どうです、私と組みませんかな?」

「…………」

 なるほど。
 不破が一同を食堂に集めて提案したかったこととは、同盟を組んで協力して事件解決を目指すことだったのだ。
 同盟を組めば、その分一人当たりの報酬は減るけれど、その代わりにアリバイなどのお互いの情報をやり取り出来る。
 安全かつ確実にゲームを攻略することが出来るということだ。

 ――全員にとって悪い話ではない。

「クククククッ、クハハハハハハハッ!!」
 そこで鮫島は気が狂ったように笑い出した。

「ど、どうしました?」
 不破はそんな鮫島の様子に目を見張り、何度も瞬きをしている。

「フフッ、悪いな爺さん、俺は誰とも組まねェよ。推理ゲームがやりたきゃテメェらだけで好きにやってな。俺は降りるぜ」
 鮫島はそう言って立ち上がると、猛然と食堂から出て行った。

「鮫島さん!?」
 引き止める暇もない。

「……ねェ、これどうするの? 鮫島があのまま自分の部屋に籠城ろうじょうしたら、このゲーム自体が成立しなくなるんだけど」

 綿貫は戸惑いを隠せない様子だ。
 綿貫のこの心配は尤もだ。回答権はその時点で生きているプレイヤー全員を集めなければ使うことが出来ない。
 つまり鮫島がゲームから降りて四日間ずっと部屋から出てこなくなれば、誰も回答出来ないのである。

「やられたな」
 切石が小さく舌打ちする。

「鮫島を部屋から引きずり出すにはもう、奴と同盟を組むしか方法がない。だが、鮫島は恐らく法外な報酬を要求してくるだろう。賞金の半分程度ならまだ可愛い方だ。最悪、殆ど全てを渡さなければ説得に応じない可能性すらある」

 鮫島の目的は、安全な場所から漁夫の利で賞金をかすめ取ることだった。そしてその為に、敢えて自らの回答権をも捨てたのだ。

「冗談じゃないわよ! 何であんな奴を部屋から引きずり出す為だけに大金を叩かないといけないわけ?」
 綿貫がヒステリックに叫ぶ。

「……問題はそれだけではない」
 切石はあくまで冷静に言う。

「犯人を突き止めない限り、私たちはこの館から出ることすら出来ないのだからな」
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