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第二章 切断された首についての考察
惨劇
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ゲーム1日目。
12月26日。
午前6時。
わたしたちゲームのプレイヤー七名は、示し合わせたように二階の烏丸の部屋の前に集まっていた。
昨日の段階で烏丸が殺されることは既に分かっていたのだから、当然と言えば当然である。
「全員揃ったな。では行くぞ」
七人を代表して鮫島が烏丸の部屋の扉をノックする。
「おーい烏丸の嬢ちゃん、生きてるか?」
返事はない。
予想がついていたことだけに、嫌でも部屋の中の惨劇を想像してしまう。
「そんじゃあブチ破るぜ。全員下がってな」
鮫島が助走をつけて、足の裏で思い扉を切り蹴りつける。
しかし豪快な音に反して、扉はビクともしない。
「いってェー、何つー頑丈さだよ」
身長二メートルの大男が足の裏を抱えて蹲ってしまう。
玄関の大扉と同様、決して破壊出来ないように設計されているのだろう。
「これじゃあ中に死体があっても、部屋の中を調べようがないぜ」
「……多分、何処かに鍵がある筈だよ」
そう言ったのは大食い探偵こと飯田円だ。自分の部屋の冷蔵庫から持ってきたのだろう、バナナを房ごと抱えて食べている。
「鍵?」
「そもそも簡単に蹴破れるような扉なら、顔認証システムまで付けて本人以外を入れなくする意味がない。各プレイヤーの部屋の扉はあくまで、本人の『顔』でなければ開けることが出来ない、というのでないとね」
「あったわ!」
綿貫が指差した先は、一階と二階を繋ぐ大階段中央だ。そこにはビニールの袋に包まれた、スイカ大の物体が遺棄されている。
「……まさか!?」
あんなものは昨日調べたときには絶対になかった筈だ。
城ヶ崎が無言でそれに近づいて拾い上げる。
中身は確認するまでもない。
切り落とされた烏丸の頭部だ。
眼鏡をかけたままのその顔は、まるで自分が死んでいることに気づいていないような、惚けた表情だった。
「ビンゴ」
わたしの耳元で、飯田が弾んだ声で囁いた。
早速、城ヶ崎が袋から首を取り出して、扉の横の顔認証装置に向ける。
強固な扉は音もなくスライドして開き、わたしたちは吸い込まれるように烏丸の部屋の中へと入っていった。
※
烏丸の首から下はベッドの上に仰向けになって倒れていた。首の切断面は比較的滑らかで、赤黒く変色した血は部屋中に飛び散っている。
切れ味の良い刃物で一刀両断されたように見えた。
「…………」
わたしたちの視線は自然と、切石が持つ日本刀に集中する。
「おい、剣術使い。テメェの刀、ちょっと見せてみろ」
「断る」
切石は鮫島の言葉を即座に拒絶する。
刀を右手で押さえ、鮫島から顔を反らす恰好だ。
「……状況が分かってねェようだな。テメェは今、疑われてんだよ。潔白を証明したいなら刀見せろ。それが出来ないならテメェがクロだ」
「二度言わすな。断る」
「ほーう」
鮫島と切石、二者の間に緊張が走る。
「バカねェ。状況が分かってないのは無頼探偵、あんたの方よ」
鮫島と切石の会話に入ったのは、女優探偵こと綿貫だ。腕を組んで冷たい視線を鮫島に向けている。
「何だと?」
「ここであんたに身の潔白を証明して、それで彼女に一体どんな得があるっていうのよ? 仮に剣客探偵さんがシロだとしたら、その情報はライバルには隠しておいた方がいいに決まってるじゃない。クロなら尚更隠さなければならない。このゲームでは、どちらにしても自分の情報は明かせないのよ」
「…………」
そこでわたしは漸くこの推理ゲームの本質を理解したような気がした。
プレイヤーがそれぞれ勝者を目指すなら、他のプレイヤーには極力情報を渡してはいけない。
つまり、独力で事件を解決しなければならないのだ。
これが通常の殺人事件であれば、関係者からアリバイや動機の有無などを確認することが出来る。しかし関係者が全員探偵という状況では、それすら難しい。
今朝、城ケ崎が早々と部屋を出る支度をさせたのもこの為だ。
わたしと城ケ崎が同じ部屋で一晩過ごしたことは、他のプレイヤーに知られてはならない情報だ。わたしたち二人にアリバイがあることがばれれば、私たちが犯人ではないことまで知られてしまう。
だから、わたしたちは誰よりも早く部屋を出る必要があったのだ。
館の主人はこうなることを想定してゲームを設定した筈である。わたしたちが足を引っ張り合う姿を見て、今も心の中でほくそ笑んでいるに違いない。
わたしの頭は館の主人への怒りでかっと熱くなった。
――ダメだ。
それこそ館の主人の思う壺だ。
こんなときこそ冷静さを失っていてはいけない。
わたしは気持ちを落ち着かせてから、再び烏丸の部屋の中を見渡した。
部屋の作りはわたしや城ヶ崎の部屋と同じだ。ベッドや冷蔵庫、換気窓の位置に至るまで、全て共通している。血の飛び散った範囲の広さから、恐らく烏丸はこの部屋で生きたまま首を切断されたものと考えられる。
その他に気になる点は、首の切断面以外は死体に全く損傷がないことだ。着衣も乱れておらず、部屋の中には争ったような形跡もなかった。
普通に考えれば、烏丸は眠っている間に殺害されたことになる。しかし、烏丸がベッドの上で倒れている向きは枕とは反対方向なのだ。
また、掛け布団の上に死体が倒れていることも寝込みを襲われた状況とは食い違う点だ。この事件、そう簡単なものではないのかもしれない。
単に烏丸が極端に寝相が悪かっただけという可能性も、ないではないが……。
一方その頃、探偵たちは首なしの死体を前に牽制し合っていた。全員が無言で、ただ視線だけがお互いを刺すように交錯している。
「ほッほッ、皆さん、ここは一度食堂に集まって今後のことを話し合うというのは如何ですかな?」
膠着状態に一石を投じたのは奇術探偵こと不破だ。
「何時までも死体の前でにらめっこしていても仕方がないでしょう。それこそ犯人の思う壺です。このまま推理ゲームを続けるのも良いですが、そろそろ別の選択を考えている者もおるやもしれませんしのう」
睨み合う探偵たちの前で朗らかに笑う老人。
ただし、その瞳の奥に宿る光は一層鋭さを増していた。
「それもそうだね。不破さんの言う通り、何時までもここにいても仕方ないや」
不破の発言に飯田が応じる。
「承知した」
「けッ」
「……ふん」
結局不破の提案に反対する者は現れず、わたしたちは烏丸の部屋を一先ず後にして、一階の食堂に移動することになった。
12月26日。
午前6時。
わたしたちゲームのプレイヤー七名は、示し合わせたように二階の烏丸の部屋の前に集まっていた。
昨日の段階で烏丸が殺されることは既に分かっていたのだから、当然と言えば当然である。
「全員揃ったな。では行くぞ」
七人を代表して鮫島が烏丸の部屋の扉をノックする。
「おーい烏丸の嬢ちゃん、生きてるか?」
返事はない。
予想がついていたことだけに、嫌でも部屋の中の惨劇を想像してしまう。
「そんじゃあブチ破るぜ。全員下がってな」
鮫島が助走をつけて、足の裏で思い扉を切り蹴りつける。
しかし豪快な音に反して、扉はビクともしない。
「いってェー、何つー頑丈さだよ」
身長二メートルの大男が足の裏を抱えて蹲ってしまう。
玄関の大扉と同様、決して破壊出来ないように設計されているのだろう。
「これじゃあ中に死体があっても、部屋の中を調べようがないぜ」
「……多分、何処かに鍵がある筈だよ」
そう言ったのは大食い探偵こと飯田円だ。自分の部屋の冷蔵庫から持ってきたのだろう、バナナを房ごと抱えて食べている。
「鍵?」
「そもそも簡単に蹴破れるような扉なら、顔認証システムまで付けて本人以外を入れなくする意味がない。各プレイヤーの部屋の扉はあくまで、本人の『顔』でなければ開けることが出来ない、というのでないとね」
「あったわ!」
綿貫が指差した先は、一階と二階を繋ぐ大階段中央だ。そこにはビニールの袋に包まれた、スイカ大の物体が遺棄されている。
「……まさか!?」
あんなものは昨日調べたときには絶対になかった筈だ。
城ヶ崎が無言でそれに近づいて拾い上げる。
中身は確認するまでもない。
切り落とされた烏丸の頭部だ。
眼鏡をかけたままのその顔は、まるで自分が死んでいることに気づいていないような、惚けた表情だった。
「ビンゴ」
わたしの耳元で、飯田が弾んだ声で囁いた。
早速、城ヶ崎が袋から首を取り出して、扉の横の顔認証装置に向ける。
強固な扉は音もなくスライドして開き、わたしたちは吸い込まれるように烏丸の部屋の中へと入っていった。
※
烏丸の首から下はベッドの上に仰向けになって倒れていた。首の切断面は比較的滑らかで、赤黒く変色した血は部屋中に飛び散っている。
切れ味の良い刃物で一刀両断されたように見えた。
「…………」
わたしたちの視線は自然と、切石が持つ日本刀に集中する。
「おい、剣術使い。テメェの刀、ちょっと見せてみろ」
「断る」
切石は鮫島の言葉を即座に拒絶する。
刀を右手で押さえ、鮫島から顔を反らす恰好だ。
「……状況が分かってねェようだな。テメェは今、疑われてんだよ。潔白を証明したいなら刀見せろ。それが出来ないならテメェがクロだ」
「二度言わすな。断る」
「ほーう」
鮫島と切石、二者の間に緊張が走る。
「バカねェ。状況が分かってないのは無頼探偵、あんたの方よ」
鮫島と切石の会話に入ったのは、女優探偵こと綿貫だ。腕を組んで冷たい視線を鮫島に向けている。
「何だと?」
「ここであんたに身の潔白を証明して、それで彼女に一体どんな得があるっていうのよ? 仮に剣客探偵さんがシロだとしたら、その情報はライバルには隠しておいた方がいいに決まってるじゃない。クロなら尚更隠さなければならない。このゲームでは、どちらにしても自分の情報は明かせないのよ」
「…………」
そこでわたしは漸くこの推理ゲームの本質を理解したような気がした。
プレイヤーがそれぞれ勝者を目指すなら、他のプレイヤーには極力情報を渡してはいけない。
つまり、独力で事件を解決しなければならないのだ。
これが通常の殺人事件であれば、関係者からアリバイや動機の有無などを確認することが出来る。しかし関係者が全員探偵という状況では、それすら難しい。
今朝、城ケ崎が早々と部屋を出る支度をさせたのもこの為だ。
わたしと城ケ崎が同じ部屋で一晩過ごしたことは、他のプレイヤーに知られてはならない情報だ。わたしたち二人にアリバイがあることがばれれば、私たちが犯人ではないことまで知られてしまう。
だから、わたしたちは誰よりも早く部屋を出る必要があったのだ。
館の主人はこうなることを想定してゲームを設定した筈である。わたしたちが足を引っ張り合う姿を見て、今も心の中でほくそ笑んでいるに違いない。
わたしの頭は館の主人への怒りでかっと熱くなった。
――ダメだ。
それこそ館の主人の思う壺だ。
こんなときこそ冷静さを失っていてはいけない。
わたしは気持ちを落ち着かせてから、再び烏丸の部屋の中を見渡した。
部屋の作りはわたしや城ヶ崎の部屋と同じだ。ベッドや冷蔵庫、換気窓の位置に至るまで、全て共通している。血の飛び散った範囲の広さから、恐らく烏丸はこの部屋で生きたまま首を切断されたものと考えられる。
その他に気になる点は、首の切断面以外は死体に全く損傷がないことだ。着衣も乱れておらず、部屋の中には争ったような形跡もなかった。
普通に考えれば、烏丸は眠っている間に殺害されたことになる。しかし、烏丸がベッドの上で倒れている向きは枕とは反対方向なのだ。
また、掛け布団の上に死体が倒れていることも寝込みを襲われた状況とは食い違う点だ。この事件、そう簡単なものではないのかもしれない。
単に烏丸が極端に寝相が悪かっただけという可能性も、ないではないが……。
一方その頃、探偵たちは首なしの死体を前に牽制し合っていた。全員が無言で、ただ視線だけがお互いを刺すように交錯している。
「ほッほッ、皆さん、ここは一度食堂に集まって今後のことを話し合うというのは如何ですかな?」
膠着状態に一石を投じたのは奇術探偵こと不破だ。
「何時までも死体の前でにらめっこしていても仕方がないでしょう。それこそ犯人の思う壺です。このまま推理ゲームを続けるのも良いですが、そろそろ別の選択を考えている者もおるやもしれませんしのう」
睨み合う探偵たちの前で朗らかに笑う老人。
ただし、その瞳の奥に宿る光は一層鋭さを増していた。
「それもそうだね。不破さんの言う通り、何時までもここにいても仕方ないや」
不破の発言に飯田が応じる。
「承知した」
「けッ」
「……ふん」
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