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第二章 切断された首についての考察
最後の晩餐
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12月25日。
午後5時55分。
わたしたちは再び一階の食堂に集まる。
前回と大きく違うのは、メンバーが一人減ったことだ。
食堂で倒れていた支倉の死体も、撒き散らした血液も、今は綺麗に片付いている。
テーブルの上には湯気の立っている大量の御馳走が並んでいた。
料理は中華で、八宝菜に酢豚、北京ダック、天津飯、麻婆豆腐、水餃子といったラインナップだ。軽く二十人前はあるだろう。
これだけの量を烏丸が一人で用意したと考えると、案外只者ではないのかもしれない。
「堅苦しい挨拶は抜きにしましょう。席に着いた方からお召し上がりになって下さい。皆様のお口に合うと良いのですが」
烏丸が言うや否や、大食い探偵こと飯田が猛然と食事に取り掛かった。
「いっただっきマース」
小さな身体からは考えられない豪快な食べっぷりだ。
城ヶ崎も天津飯を小皿によそって食べ始める。
「へェ、今度は食うんだな」
無頼探偵こと鮫島が冷やかすように城ヶ崎の肩を肘でつついている。
「そりゃそうだ。食わずに生きてはいけない」
「寿司は食べなかった癖にか?」
鮫島がそこでニヤリと笑う。
意地の悪い、人を見下したような笑みだ。
「ああ、状況が変わったからな。少なくとも、犯人はオレたちを一網打尽にする気はないらしい」
「……何故そんなことが分かる?」
「オレたちをまとめて殺すつもりなら、全ての寿司に遅効性の毒を入れておいても良かった筈だ。犯人は当面ゲームを楽しむつもりなのだろう。勿論、だからと言ってこの料理が100%安全というわけではないがな」
「…………けッ」
鮫島は苛立たしげに城ケ崎から顔を背けた。
「それではルールの説明を再開致しましょう」
全員が料理に手をつけるのを見届けて、烏丸が徐に話し始める。
「これからこの残酷館で殺人事件が発生致します。皆様には事件の謎を解き、犯人を突き止めて戴きます。犯人はここにいる七名の中の一人です。先程申し上げた通り、回答権は一名につき一回のみで、トリックと犯人、どちらも正解でなければ、その時点で失格となります。賞金を受け取ることが出来るのは最初に謎を解いた一名のみ。期限は事件発生からちょうど四日間、九十六時間後とさせて戴きます。ここまでは宜しいですか?」
剣客探偵こと切石が挙手する。
「一つ確認しておきたい。回答は誰が受理するのだ? 貴女に言えばいいのか?」
「いえ、私は明日の午前零時ちょうどに犯人に殺されることが決まっております故」
烏丸は何でもないように答える。
「え?」
わたしは箸で摘んだ水餃子を思わず膝に落としてしまった。
「これは主人の配慮です。折角集めた名探偵が、一度も推理する機会も与えられないまま殺されるというのでは申し訳ないですからね。今ここにいる全員に最低一回は回答のチャンスがあるということです。回答する場合は、必ずその時点で生きている全員の前で行って下さい」
「なるほど。諸刃の剣だな」
城ヶ崎が呟いた。
「ええ」
ゲームをクリアして賞金を得るには、なるべく早い段階で正しい回答をしなければならない。しかし失敗すれば回答権を失うだけでなく、生存者全員にヒントを与えることにもなりかねない。
回答は慎重に行う必要がありそうだ。
「お金はどの時点で手に入るのかしら?」
今度は女優探偵こと綿貫が質問する。
「回答が正解だった時点で、主人が勝者の口座に送金します。その後の主人の処遇については煮るなり焼くなりご自由に、とのことです」
つまり、館の主人はそれだけこの推理ゲームに自信があるということなのだろう。
一体どんなトリックを用意しているのか?
「他に質問がある方は?」
静寂。
「ないようですので次にこの館について少々御説明させて戴きます。知っての通り、ここ残酷館はラスロ=バートリによって建てられた、曰く付きの物件で御座います。今回の推理合戦を行うにあたって、主人は残酷館に更なる改造を施しました。その一つは皆様も既にご覧になった、各プレイヤーと私の部屋に備え付けられた顔認証システムです。因みに皆様の顔のデータは、残酷館に入った直後に撮影した写真を使用しています。これによって、本人以外が他人の部屋に入ることは不可能となります」
それはわたしもさっき確認したことだ。
わたしだけでは、外からも中からも城ヶ崎の部屋の扉を開けることは出来なかった。部屋の扉を開けるには、必ず部屋の主の『顔』が必要になるというわけだ。
「更に午後11時をまわると、館内を毒ガスが満たすように設定されております。毒ガスが館内から完全になくなるのは午前6時です。それまでの間、安全なエリアは各プレイヤーの部屋の中だけになりますので、深夜の捜査活動は御遠慮下さい」
「毒ガス!?」
一気に話がきな臭くなってきた。
「おいおい、冗談じゃないぞ。毒入り寿司の次は毒ガスで俺たちを殺そうってのか?」
物騒な話に色めき立ったのは鮫島だ。
「いいえ、これらはむしろ皆様の為のルールかと。顔認証で開閉する扉と、館内の通路を隈なく満たす毒ガス。この二つが犯人の行動を制限し、部屋で眠る皆様の安全を守ります。勿論、犯人もそんなことは百も承知ですがね」
「オレからも一ついいか?」
城ヶ崎が小さく手を挙げる。
「はい。何なりと」
「あんたはそれでいいのか?」
城ヶ崎が放った一言に、烏丸は一瞬だけ頬を引き攣らせる。
能面のような烏丸の顔に、初めて感情らしきものを見た瞬間だった。
「……お気遣い有難う御座います。しかし、全ては覚悟の上です。私に後悔はありません」
「そうかい。つまらないことを訊いてしまったようだ。あんたが納得してるのなら、オレからは何も言うことはないよ」
城ヶ崎はそう言うと、何事もなかったように酢豚に箸を伸ばした。
「…………」
その後、一同は誰も言葉を発することなく黙々と食事を続け、最後の晩餐は意外にも平和的に終了した。
午後5時55分。
わたしたちは再び一階の食堂に集まる。
前回と大きく違うのは、メンバーが一人減ったことだ。
食堂で倒れていた支倉の死体も、撒き散らした血液も、今は綺麗に片付いている。
テーブルの上には湯気の立っている大量の御馳走が並んでいた。
料理は中華で、八宝菜に酢豚、北京ダック、天津飯、麻婆豆腐、水餃子といったラインナップだ。軽く二十人前はあるだろう。
これだけの量を烏丸が一人で用意したと考えると、案外只者ではないのかもしれない。
「堅苦しい挨拶は抜きにしましょう。席に着いた方からお召し上がりになって下さい。皆様のお口に合うと良いのですが」
烏丸が言うや否や、大食い探偵こと飯田が猛然と食事に取り掛かった。
「いっただっきマース」
小さな身体からは考えられない豪快な食べっぷりだ。
城ヶ崎も天津飯を小皿によそって食べ始める。
「へェ、今度は食うんだな」
無頼探偵こと鮫島が冷やかすように城ヶ崎の肩を肘でつついている。
「そりゃそうだ。食わずに生きてはいけない」
「寿司は食べなかった癖にか?」
鮫島がそこでニヤリと笑う。
意地の悪い、人を見下したような笑みだ。
「ああ、状況が変わったからな。少なくとも、犯人はオレたちを一網打尽にする気はないらしい」
「……何故そんなことが分かる?」
「オレたちをまとめて殺すつもりなら、全ての寿司に遅効性の毒を入れておいても良かった筈だ。犯人は当面ゲームを楽しむつもりなのだろう。勿論、だからと言ってこの料理が100%安全というわけではないがな」
「…………けッ」
鮫島は苛立たしげに城ケ崎から顔を背けた。
「それではルールの説明を再開致しましょう」
全員が料理に手をつけるのを見届けて、烏丸が徐に話し始める。
「これからこの残酷館で殺人事件が発生致します。皆様には事件の謎を解き、犯人を突き止めて戴きます。犯人はここにいる七名の中の一人です。先程申し上げた通り、回答権は一名につき一回のみで、トリックと犯人、どちらも正解でなければ、その時点で失格となります。賞金を受け取ることが出来るのは最初に謎を解いた一名のみ。期限は事件発生からちょうど四日間、九十六時間後とさせて戴きます。ここまでは宜しいですか?」
剣客探偵こと切石が挙手する。
「一つ確認しておきたい。回答は誰が受理するのだ? 貴女に言えばいいのか?」
「いえ、私は明日の午前零時ちょうどに犯人に殺されることが決まっております故」
烏丸は何でもないように答える。
「え?」
わたしは箸で摘んだ水餃子を思わず膝に落としてしまった。
「これは主人の配慮です。折角集めた名探偵が、一度も推理する機会も与えられないまま殺されるというのでは申し訳ないですからね。今ここにいる全員に最低一回は回答のチャンスがあるということです。回答する場合は、必ずその時点で生きている全員の前で行って下さい」
「なるほど。諸刃の剣だな」
城ヶ崎が呟いた。
「ええ」
ゲームをクリアして賞金を得るには、なるべく早い段階で正しい回答をしなければならない。しかし失敗すれば回答権を失うだけでなく、生存者全員にヒントを与えることにもなりかねない。
回答は慎重に行う必要がありそうだ。
「お金はどの時点で手に入るのかしら?」
今度は女優探偵こと綿貫が質問する。
「回答が正解だった時点で、主人が勝者の口座に送金します。その後の主人の処遇については煮るなり焼くなりご自由に、とのことです」
つまり、館の主人はそれだけこの推理ゲームに自信があるということなのだろう。
一体どんなトリックを用意しているのか?
「他に質問がある方は?」
静寂。
「ないようですので次にこの館について少々御説明させて戴きます。知っての通り、ここ残酷館はラスロ=バートリによって建てられた、曰く付きの物件で御座います。今回の推理合戦を行うにあたって、主人は残酷館に更なる改造を施しました。その一つは皆様も既にご覧になった、各プレイヤーと私の部屋に備え付けられた顔認証システムです。因みに皆様の顔のデータは、残酷館に入った直後に撮影した写真を使用しています。これによって、本人以外が他人の部屋に入ることは不可能となります」
それはわたしもさっき確認したことだ。
わたしだけでは、外からも中からも城ヶ崎の部屋の扉を開けることは出来なかった。部屋の扉を開けるには、必ず部屋の主の『顔』が必要になるというわけだ。
「更に午後11時をまわると、館内を毒ガスが満たすように設定されております。毒ガスが館内から完全になくなるのは午前6時です。それまでの間、安全なエリアは各プレイヤーの部屋の中だけになりますので、深夜の捜査活動は御遠慮下さい」
「毒ガス!?」
一気に話がきな臭くなってきた。
「おいおい、冗談じゃないぞ。毒入り寿司の次は毒ガスで俺たちを殺そうってのか?」
物騒な話に色めき立ったのは鮫島だ。
「いいえ、これらはむしろ皆様の為のルールかと。顔認証で開閉する扉と、館内の通路を隈なく満たす毒ガス。この二つが犯人の行動を制限し、部屋で眠る皆様の安全を守ります。勿論、犯人もそんなことは百も承知ですがね」
「オレからも一ついいか?」
城ヶ崎が小さく手を挙げる。
「はい。何なりと」
「あんたはそれでいいのか?」
城ヶ崎が放った一言に、烏丸は一瞬だけ頬を引き攣らせる。
能面のような烏丸の顔に、初めて感情らしきものを見た瞬間だった。
「……お気遣い有難う御座います。しかし、全ては覚悟の上です。私に後悔はありません」
「そうかい。つまらないことを訊いてしまったようだ。あんたが納得してるのなら、オレからは何も言うことはないよ」
城ヶ崎はそう言うと、何事もなかったように酢豚に箸を伸ばした。
「…………」
その後、一同は誰も言葉を発することなく黙々と食事を続け、最後の晩餐は意外にも平和的に終了した。
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