上 下
6 / 44
第一章 来訪者たち

デス・ゲームは突然に

しおりを挟む
「それではこれよりゲームの説明に移らせて戴きます」

 燕尾服を着た烏丸が一礼した。
 顔も指も陶器のように白く、表情らしきものも全くない。
 本当に人形のようだった。

「先程鈴村様が言われた通り、これから皆様には館内で起こる殺人事件の推理をして戴きます。プレイヤーは私を除く七名。そして最も早くトリックと犯人の名前を言い当てた方を勝者とします」

「勝者?」
 わたしは思わず声に出す。

「名探偵の日本一を決める大会とでもお考えください」

「待ってくれ、今この部屋には貴女以外に八人いるが?」
 切石が挙手して質問する。

「いいや、そんなことより肝心なことを言ってねェぜお嬢ちゃん。報酬はどうなる? まずそこんとこハッキリさせておこうや」
 切石の質問を遮るように、鮫島も質問を重ねた。

「それでは一つずつ順番にお答えしていきましょう」
 烏丸は落ち着き払った様子で説明を再開する。

「まず鮫島様の御質問ですが、賞金は七億円で、副賞にここ残酷館の所有権が与えられます。ただし、賞金を受け取ることが出来るのは最初に謎を解いた一名のみとなりますので、予めご了承下さい。トリックと犯人、どちらも正解でなければ勝者とはなりませんので、その点にも御注意を。尚、回答権は一名につき一度までとします。お答えになる場合は慎重に判断なさることをお薦め致します」

「……なるほどな、プレイヤー七人に対して賞金が七億か。勝者が敗者の報酬を総取り出来るってわけだ」
 鮫島はニヤニヤと笑みを浮かべながら顎を摩っていた。

「次に切石様の御質問についてなのですが、誠に遺憾ながら現在当館にはお客様に使って戴ける御部屋が七つしか御用意出来ておりません。つまりゲームを始める前に、まず今いる八名の中から一名の脱落者を選出しなければならないのです」

 全員の視線が一斉にわたしに突き刺さる。

 館の主人の目的が名探偵の日本一を決めることにあるのだとすれば、当然この場には名探偵のみを集めたかった筈だ。
 呼ばれていないわたしが城ヶ崎にくっついてこの場に来ることは、主人にとっては望まない展開だったに違いない。

 そして事実、このメンバーの中でわたしにできることがあるとは到底思えなかった。

 わたしはここでは招かれざる客なのだ。

「あの、烏丸さん、そういうことでしたら、わたしやっぱり帰りますけど?」

 やはり、城ケ崎の言う通りにするべきだった。
 声は自然と小さくなる。

「いいえ鈴村様、それには及びません。脱落者を決める、うってつけの方法が御座います故」
 烏丸は持っていた盆をテーブルに置くと、無表情のまま蓋を取り外した。

 そこには人数と同じ数の握り寿司が並んでいる。
 寿司ネタは、マグロ、イカ、エビ、ハマチ、アナゴ、サバ、ホタテ、玉子の八種だ。

「第一級の名探偵であられる皆様には説明は不要かもしれませんが、この中には毒入りの寿司が紛れています。それも致死量の猛毒で御座います。皆様にはこの中からどれか一つを選んで戴きます」

「…………」

 探偵たちの間に緊張が走る。
 如何に非日常に慣れた名探偵であっても、いきなりのデス・ゲームの提案に平常心を保っていられる筈がない。

 そして、わたしは。
 ――とても頭がついていかない。
 こんなことで本当に人が一人死ぬというのか?

 何時の間にか、手にはジットリと汗が滲んでいる。

「それでは覚悟が決まった方からどうぞ」
「ちょっと待って下さい」

 わたしは慌てて烏丸を止める。
 しかし、頭の中は依然混乱したままだ。
 言うべき言葉が見つからない。

「どうしました?」
 烏丸は不思議そうに首を傾げている。

「……ど、どうもこうもないですよ。だって、おかしいじゃないですか。こんなことで人が死ぬだなんて馬鹿げています。絶対に変ですよ!」

「はて、本当にそうでしょうか?」
「え?」

 烏丸の反応の薄さに、わたしは自分の主張が本当に正しいのか段々自信がなくなってくる。
 わたしは恐る恐る周囲を見渡した。しかし、わたしに賛同しそうな者は一人として見当たらない。
 それどころか、冷ややかな視線さえ感じるのは気の所為だろうか?

「ノンノンノン」

 人差し指を左右に振りながら、キザったらしく長い足を組み替えるのは上流探偵こと支倉だ。どこから出したのか、自前のティーポットとティーカップで一人だけ優雅に紅茶を楽しんでいる。

「君は探偵というものを全く理解していないようだ。死ぬ覚悟もなしに現場にやってくるだなんて、僕には信じられないことだ。君の師匠は弟子に一体どういう教育をしているのやら」

 わたしは隣に座っている城ヶ崎の顔を盗み見る。
 城ヶ崎は素知らぬ顔で、退屈そうに欠伸を噛み殺していた。

 どうやらここではわたしの常識は一切通用しないらしい。

「何と言われようとわたしの考えは変わりません。こんなこと、絶対に間違っています。わたしは帰らせて戴きます」
 わたしは椅子から立ち上がると、まっすぐ食堂の出口へと向かう。

「やめておきなさい」
 わたしを呼び止めたのは奇術探偵こと不破だった。不破はトランプの束を切りながら、落ち着いた様子で話し始める。

「ここで殺人が起こることを聞いてしまった以上、館の主人が我々をここからみすみす逃がすとは思えません。それに外はあの通りの吹雪。ここから出ることは自殺行為ですよ」

 わたしは烏丸に視線を向ける。

「…………」

 烏丸は無言だったが、その沈黙が不破の読みの正しさを物語っていた。
 館に入る前に城ヶ崎に言われた言葉が重く伸し掛る。

『自分の身は自分で守ること』
 一体どうしたら。

「そうだ、警察に通報すれば」
 わたしは慌てて鞄の中からスマホを取り出した。

 外部と連絡さえつけば、こんな茶番は今すぐにでも終わらせることが出来る。
 城ケ崎たちのような名探偵であればプライドが許さないことかもしれないが、幸いわたしにはそんな邪魔なものはない。

「無駄だ」
 城ヶ崎が吐き捨てるように言った。

「これだけ周到に準備を重ねるような相手だ。お前が思い付くことくらい想定していないわけがない」

「……あ」
 城ヶ崎の予言通り、無情にもスマホの電波は圏外を示していた。

 恐らくこの館のどこかにあるジャミング装置で、電波を妨害しているのだろう。
 わたしはスマホ画面を見つめたまま、愕然とする。
 外部との連絡は絶たれた。
 本当にどうしたらいいのか分からない。

「誰も食べないんならあたしから行かせてもらうわよ」

「え?」
 綿貫はわたしの横をすり抜けて盆の前まで来ると、中央の寿司の一つを口の中に放り込んだ。

 止める間もない。

「ゴクリ」
 一同は固唾を飲んで綿貫の様子を伺う。
 そのとき。

「……うッ!?」

 突然、綿貫が胸を押さえて苦しみだしたかと思うと、口からはブクブクと白い泡が溢れてくるではないか。
 そのまま横に倒れて暫く痙攣したあと、綿貫は胸から腕を下ろしてピクリとも動かなくなった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

復讐の旋律

北川 悠
ミステリー
 昨年、特別賞を頂きました【嗜食】は現在、非公開とさせていただいておりますが、改稿を加え、近いうち再搭載させていただきますので、よろしくお願いします。  復讐の旋律 あらすじ    田代香苗の目の前で、彼女の元恋人で無職のチンピラ、入谷健吾が無残に殺されるという事件が起きる。犯人からの通報によって田代は保護され、警察病院に入院した。  県警本部の北川警部が率いるチームが、その事件を担当するが、圧力がかかって捜査本部は解散。そんな時、川島という医師が、田代香苗の元同級生である三枝京子を連れて、面会にやってくる。  事件に進展がないまま、時が過ぎていくが、ある暴力団組長からホワイト興産という、謎の団体の噂を聞く。犯人は誰なのか? ホワイト興産とははたして何者なのか?  まあ、なんというか古典的な復讐ミステリーです…… よかったら読んでみてください。  

どんでん返し

あいうら
ミステリー
「1話完結」~最後の1行で衝撃が走る短編集~ ようやく子どもに恵まれた主人公は、家族でキャンプに来ていた。そこで偶然遭遇したのは、彼が閑職に追いやったかつての部下だった。なぜかファミリー用のテントに1人で宿泊する部下に違和感を覚えるが… (「薪」より)

ピエロの嘲笑が消えない

葉羽
ミステリー
天才高校生・神藤葉羽は、幼馴染の望月彩由美から奇妙な相談を受ける。彼女の叔母が入院している精神科診療所「クロウ・ハウス」で、不可解な現象が続いているというのだ。患者たちは一様に「ピエロを見た」と怯え、精神を病んでいく。葉羽は、彩由美と共に診療所を訪れ、調査を開始する。だが、そこは常識では計り知れない恐怖が支配する場所だった。患者たちの証言、院長の怪しい行動、そして診療所に隠された秘密。葉羽は持ち前の推理力で謎に挑むが、見えない敵は彼の想像を遥かに超える狡猾さで迫ってくる。ピエロの正体は何なのか? 診療所で何が行われているのか? そして、葉羽は愛する彩由美を守り抜き、この悪夢を終わらせることができるのか? 深層心理に潜む恐怖を暴き出す、戦慄の本格推理ホラー。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

アクトレスの残痕

ぬくまろ
ミステリー
 運転操作不適や不注意での交通事故が相次いでいる。  一生を80年と仮定した場合、人生で交通事故に遭う人は4人にひとり。  明日は我が身と考えてもおかしくない値であり、誰もが加害者にも、被害者にもなりうる。  この先ずうっと、日常に潜む恐怖からの自由を求め続けたい。  出版社勤務の事件記者“中野連”。連には、女性警察官の妹がいる。事件記者と警察官の連携で事件の真相を追う。  都心の集合住宅の一室で女優である藤堂さくらが殺害される。害者は仰向けで倒れていた。争った形跡がないどころか、穏やかな顔をして、髪の毛や衣服がきれいに整えられていた。顔見知りの犯行である可能性が高いということで捜査は進められた。まずは、侵入したと思われる経路を特定する集合住宅のエントランスに設置してある防犯カメラの映像のチェックを試みるも……。さくらが所属する劇団員か、周辺の住民か、あるいは行きずりの犯行なのか。  近々公演予定の舞台で、さくらが主役を務めることが決まっていた。事件をきっかけに、劇団員たちの間に不安が広がり始め、互いに疑心暗鬼に陥り、絆に亀裂が入る。公演中止、解散寸前の状態に。  連と警察は、劇団員の動向に注目しながらも、それら以外の害者周辺の情報を集める中、さくらの両親が交通事故に遭って亡くなっていたという情報を入手する。今回の事件との関連性は薄いと感じながらも取材や捜査は進められた。

幽子さんの謎解きレポート~しんいち君と霊感少女幽子さんの実話を元にした本格心霊ミステリー~

しんいち
ミステリー
オカルトに魅了された主人公、しんいち君は、ある日、霊感を持つ少女「幽子」と出会う。彼女は不思議な力を持ち、様々な霊的な現象を感じ取ることができる。しんいち君は、幽子から依頼を受け、彼女の力を借りて数々のミステリアスな事件に挑むことになる。 彼らは、失われた魂の行方を追い、過去の悲劇に隠された真実を解き明かす旅に出る。幽子の霊感としんいち君の好奇心が交錯する中、彼らは次第に深い絆を築いていく。しかし、彼らの前には、恐ろしい霊や謎めいた存在が立ちはだかり、真実を知ることがどれほど危険であるかを思い知らされる。 果たして、しんいち君と幽子は、数々の試練を乗り越え、真実に辿り着くことができるのか?彼らの冒険は、オカルトの世界の奥深さと人間の心の闇を描き出す、ミステリアスな物語である。

旧校舎のフーディーニ

澤田慎梧
ミステリー
【「死体の写った写真」から始まる、人の死なないミステリー】 時は1993年。神奈川県立「比企谷(ひきがやつ)高校」一年生の藤本は、担任教師からクラス内で起こった盗難事件の解決を命じられてしまう。 困り果てた彼が頼ったのは、知る人ぞ知る「名探偵」である、奇術部の真白部長だった。 けれども、奇術部部室を訪ねてみると、そこには美少女の死体が転がっていて――。 奇術師にして名探偵、真白部長が学校の些細な謎や心霊現象を鮮やかに解決。 「タネも仕掛けもございます」 ★毎週月水金の12時くらいに更新予定 ※本作品は連作短編です。出来るだけ話数通りにお読みいただけると幸いです。 ※本作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。 ※本作品の主な舞台は1993年(平成五年)ですが、当時の知識が無くてもお楽しみいただけます。 ※本作品はカクヨム様にて連載していたものを加筆修正したものとなります。

おさかなの髪飾り

北川 悠
ミステリー
ある夫婦が殺された。妻は刺殺、夫の死因は不明 物語は10年前、ある殺人事件の目撃から始まる なぜその夫婦は殺されなければならなかったのか? 夫婦には合計4億の生命保険が掛けられていた 保険金殺人なのか? それとも怨恨か? 果たしてその真実とは…… 県警本部の巡査部長と新人キャリアが事件を解明していく物語です

処理中です...