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プロローグ
残酷館
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わたしの目の前には、細長い紐状の塊が皿の上に綺麗に乗せられている。紐の塊には上から、赤い液体がかけられている。
匂いから察するに食べ物であることは間違いなさそうなのだが、生まれて初めて目にするものだった。
食堂にはわたしの他に二人の女の子が席についている。年齢は十三歳から十五歳くらい。わたしを含め、三人とも今は煌びやかなドレスを身に着けているが、垢抜けない田舎娘には少しも似合ってはいなかった。
「ようこそ。私は君たちを心から歓迎する」
そう言って両手を広げるこの男こそが、これからわたしたちの暮らす館の主人、ラスロだ。
馬車でここへ連れてきた従者によれば貴族の偉いお方らしい。爵位なんかについては知らない。そんなの、わたしたちが知る必要のないことだ。年齢は多分二十代後半から三十歳くらい。手入れの行き届いた口髭を生やしている。
ちなみに、かなりの美男子だ。
わたしたち三人は皆、貧しい農村から連れてこられた。ラスロの館で使用人として働かせる為である。
わたしの村は何時も食料が不足していた。なので、両親からすれば体のいい口減らしだった筈だ。しかしわたしとしても、貧しい村で一生を終えるより貴族の館で使用人として暮らす方が遥かに幸せだと考えていた。
渡りに船というわけだ。
「今日から君たちは僕の家族だ。遠慮なんていらない。さァ、冷めないうちに早く召し上がれ」
わたしの両隣に座る女の子たちは大喜びで、目の前の紐料理に飛びついた。液体の付着した紐を手掴みでズルズルと啜っている。
わたしはこれまでの人生で、お腹いっぱいになるまでものを食べた経験がない。隣の二人も多分似たようなものだろう。
目の前の御馳走に手を付けないでいる方が、余程不自然な状況だった。
しかし、わたしは金縛りにあったようにその場から動けなかった。
――何かがおかしい。
それは虫の知らせのような漠然とした予感でしかなかったけれど、わたしの頭の中では激しく警鐘が鳴り響いていた。
わたしは目だけで素早く食堂の中を見渡した。この部屋の中の何処かに、わたしを不安にさせるものがある筈だ。まずはその正体を突き止めることが先決だろう。
椅子。
テーブル。
ワイングラス。
紐状の料理。
赤いソース。
皿。
湯気。
テーブルクロス。
二体の西洋甲冑のオブジェ。
――そして、その手に握られた銀色に輝く大剣。
そうか、違和感の正体はあれだ!
そしてわたしが気付いたときには、全てが手遅れだった。
二体の西洋甲冑がひとりでに動き出したかと思うと、わたしの両隣に座っていた女の子たちの首から上が消えてなくなっていた。
首の切断面からは夥しい量の血液が噴き出し、それに押し出される形で、今しがた飲み込んだばかりの紐状の食べ物がゆっくりとせり上がっていく。
「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!?」
恐怖のあまり、わたしは喉が張り裂けんばかりに叫び声を上げた。
しかしそれもほんの一瞬のことで、わたしの意識は次第に遠退いていく。
「おっと」
椅子から転げ落ちそうになったわたしの身体を、ラスロが背後から優しく抱き留めた。
「今回の合格者はどうやら君一人だけのようだね。幾ら召使いと言ってもこの館で共に生活する以上、最低限の礼儀作法くらいは身につけてないと困る。品性のない人間に生きている価値はない。君もそう思わないか?」
――狂っている。
消え入りそうな意識の中で、わたしはこの恐怖の館に来たことを、心の底から後悔し始めていた。
匂いから察するに食べ物であることは間違いなさそうなのだが、生まれて初めて目にするものだった。
食堂にはわたしの他に二人の女の子が席についている。年齢は十三歳から十五歳くらい。わたしを含め、三人とも今は煌びやかなドレスを身に着けているが、垢抜けない田舎娘には少しも似合ってはいなかった。
「ようこそ。私は君たちを心から歓迎する」
そう言って両手を広げるこの男こそが、これからわたしたちの暮らす館の主人、ラスロだ。
馬車でここへ連れてきた従者によれば貴族の偉いお方らしい。爵位なんかについては知らない。そんなの、わたしたちが知る必要のないことだ。年齢は多分二十代後半から三十歳くらい。手入れの行き届いた口髭を生やしている。
ちなみに、かなりの美男子だ。
わたしたち三人は皆、貧しい農村から連れてこられた。ラスロの館で使用人として働かせる為である。
わたしの村は何時も食料が不足していた。なので、両親からすれば体のいい口減らしだった筈だ。しかしわたしとしても、貧しい村で一生を終えるより貴族の館で使用人として暮らす方が遥かに幸せだと考えていた。
渡りに船というわけだ。
「今日から君たちは僕の家族だ。遠慮なんていらない。さァ、冷めないうちに早く召し上がれ」
わたしの両隣に座る女の子たちは大喜びで、目の前の紐料理に飛びついた。液体の付着した紐を手掴みでズルズルと啜っている。
わたしはこれまでの人生で、お腹いっぱいになるまでものを食べた経験がない。隣の二人も多分似たようなものだろう。
目の前の御馳走に手を付けないでいる方が、余程不自然な状況だった。
しかし、わたしは金縛りにあったようにその場から動けなかった。
――何かがおかしい。
それは虫の知らせのような漠然とした予感でしかなかったけれど、わたしの頭の中では激しく警鐘が鳴り響いていた。
わたしは目だけで素早く食堂の中を見渡した。この部屋の中の何処かに、わたしを不安にさせるものがある筈だ。まずはその正体を突き止めることが先決だろう。
椅子。
テーブル。
ワイングラス。
紐状の料理。
赤いソース。
皿。
湯気。
テーブルクロス。
二体の西洋甲冑のオブジェ。
――そして、その手に握られた銀色に輝く大剣。
そうか、違和感の正体はあれだ!
そしてわたしが気付いたときには、全てが手遅れだった。
二体の西洋甲冑がひとりでに動き出したかと思うと、わたしの両隣に座っていた女の子たちの首から上が消えてなくなっていた。
首の切断面からは夥しい量の血液が噴き出し、それに押し出される形で、今しがた飲み込んだばかりの紐状の食べ物がゆっくりとせり上がっていく。
「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!?」
恐怖のあまり、わたしは喉が張り裂けんばかりに叫び声を上げた。
しかしそれもほんの一瞬のことで、わたしの意識は次第に遠退いていく。
「おっと」
椅子から転げ落ちそうになったわたしの身体を、ラスロが背後から優しく抱き留めた。
「今回の合格者はどうやら君一人だけのようだね。幾ら召使いと言ってもこの館で共に生活する以上、最低限の礼儀作法くらいは身につけてないと困る。品性のない人間に生きている価値はない。君もそう思わないか?」
――狂っている。
消え入りそうな意識の中で、わたしはこの恐怖の館に来たことを、心の底から後悔し始めていた。
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