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蝋燭小屋の密室 小林声最初の事件

第65話

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 ――その夜、日浦ひうら家の食堂に事件の関係者たちが集められた。

「もう密室の謎が解けたのですか?」

 驚いたように目を見開いているのは、依頼人の香子きょうこだ。
 家の中ではコンタクトから眼鏡に変えて、セミロングの髪を後ろで束ねている。
 娘の無念を晴らすために探偵を依頼したり、その割には捜査に非協力的だったり、俺の目からすると掴み所のない人物でもある。怪しい。

「無論です」
 小林が力強く答える。

「ほら、やっぱり探偵を雇って正解だったでしょう?」

「…………」

 妻の言うことに肯定も否定もせず、俺と小林こばやし猜疑さいぎの視線を向けているのは、はるかの父、わたるだ。
 薄い頭髪をオールバックにしていて、メタボ気味の腹を高級そうなスーツで包んでいる。大手食品会社の役員を務めるだけあって、中々の貫禄だ。かなり怪しい。

「探偵の推理をリアルで聞けるなんて、めちゃレアな体験じゃん! 超楽しみー!」

 妹が死んだばかりだというのに軽薄な態度をとっているのは、遥の兄、つかさだ。
 父親似の小太りの体型に、韓流スターのような青い髪が全く似合っていない。有名大学の四年生らしいが、親のコネがあるので就活はしていない様子。とても怪しい。

「……オホン、では早速始めてくれ給え。ただ今回は特例中の特例の措置だ。もしも根拠のない妄言を話してみろ。そのときは公務執行妨害で逮捕してやるからな」

 苦虫を噛み潰したような顔で俺と小林を睨んでいるのは、この事件の担当刑事、桶狭間おけはざま警部。
 禿げ上がった頭と嘴のように鋭い鼻から、ハゲタカの異名を持つとか持たないとか。何だかんだで小林に言いくるめられてこの状況を作り上げたことからも、警察官としての能力はあまり高くないのだろう。

「…………」

 そして俺、鏑木かぶらきしゅんはというと、不安な気持ちでいっぱいだった。
 小林があまりにも堂々としているものだから、つい話に乗ってしまったが、本当に大丈夫なのだろうか?

「さて、今回の密室殺人の謎を解くに当たって最も注目すべきは、唯一の出入り口である引き戸の立て付けが悪かったことです」
 小林がおもむろに推理を語り始める。

「そして遥さんの部屋の中には蝋燭ろうそくが沢山あります。立て付けの悪い戸の応急措置として、サッシの部分にろうを塗って滑りを良くする方法は有名ですね。犯人はそれを利用したのです」

「どういうことだ?」
 俺は前のめりになりながら言う。

「犯人は引き戸のサッシに蝋を厚めに塗ります。そして一度溶かしてから、固めてしまう。蝋が溶ける温度は約70℃なので、お湯を用意しておけば焦げ跡などの痕跡を残さずに溶かすことができます。あとは蝋が固まるまで一時間程度待てば、引き戸は動かなくなり密室の完成。蝋が固まるまでの時間を短縮させたい場合は、氷水で冷やせばいいでしょう。つまり犯人は引き戸の修繕をしていても怪しまれない人物、雨宮あまみやさん、貴方です!」

 全員の視線が雨宮老人に集中する。

「ま、待ってください、私は無実です!! 離れの密室はそんなチャチな細工ではなく、確かに内側から施錠されていました!! そのことは旦那様も確認した筈です!! そうでしょう?」

 今度は亙に全員の視線が向く。

「……いや、私が確認したのは幾ら力を込めても引き戸が開かなかったことだけだ。本当に鍵がかけられていたかどうかまでは断言できないな」

「そんなッ!?」
 雨宮は茫然自失して膝から崩れ落ちる。

「……オホン、結論は出たようですな。あとは署で詳しくお話を伺いましょうか」

 桶狭間警部が指示し、警官が両脇から二人がかりで雨宮を連行する。

「待ってくれ!! 私は潔白だー!!」

「…………まさか、雨宮が遥を殺してただなんて!?」

 依頼人、日浦香子は言葉とは裏腹に満足そうな表情で俺に報酬の五十万円が入った封筒をこっそり手渡した。
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