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蝋燭小屋の密室 小林声最初の事件

第63話

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 俺は日浦ひうら香子きょうこを助手席に乗せて、事件現場へと向かった。現場の日浦家は、事務所から車で三十分程で到着した。
 周囲には畑と竹林しかないような長閑のどかな場所だ。

 錆びた鉄の門の前に車を停めると、グリーンの作業着を着た背の高い老人が姿を現した。

「うちの使用人の雨宮あまみやです。詳しい事件の経緯やはるかの部屋の案内は雨宮に全て任せてありますので、わからないことがあれば何でも質問してください。それでは私はこれで」

 香子はそれだけ言うと、一人ですたすたと家の中へ入ってしまう。事務所で見せた、娘の死に涙する母親の態度が嘘のような冷淡さである。

「……あの」

鏑木かぶらき様、お話は奥様から伺っております。どうか密室の謎を解いて、遥お嬢様の無念を晴らしてください。私からもお願い致します」
 雨宮老人はそう言って深々と一礼した。

「……はァ。ではまずは事件現場の遥さんの部屋の様子を拝見したいのですが」
かしこまりました」

 門をくぐり抜けて、俺は雨宮の後について歩く。しかし妙なことに、雨宮は香子が向かった先とは反対方向に進んでいくではないか。

「あの、雨宮さん、これから遥さんの部屋に行くんですよね?」
 俺は慌てて雨宮を呼び止める。遥の部屋へ向かうなら、家の玄関から入るのが普通だろう。雨宮は一体どこへ向かうつもりなのか?

「遥様が暮らしていた部屋は、庭を挟んだ離れになっているのです」
 そう言って雨宮は目を伏せた。

「お嬢様は幼少の頃から皮膚の病を患っておりまして、簡単に申し上げますと光に対するアレルギーをお持ちだったのです」

「……それは日光にっこう過敏症かびんしょうのような症状ですか?」

「日の光だけではありません。白熱電球、蛍光灯、LEDライト、あらゆる光に対して耐性がなかったので御座います。例外として蝋燭ろうそくの火だけは不思議と平気なご様子でしたので、離れの中は何時も蝋燭の明かりだけでした」

 ならば日常生活を送るだけでも一苦労だっただろう。
 遥が香子たち家族と別に生活していたのはこうした事情からだ。
 雨宮の後に付いていくと、木造の小さな小屋が見えてきた。あれが遥が生活していたという離れだろう。

「遥さんとはどういう人だったのですか?」

 雨宮は俺のその質問を予期していたようで、胸のポケットから一枚の写真を取り出した。そこには高校生くらいの美しい少女が写っている。思わず見惚れてしまいそうな美貌だが、同時にすぐに壊れてしまいそうな儚さが同居している。

「遥様は私のような使用人にも優しく接してくださいました。本を読むのが好きな、物静かな方でした。それがまさか、このようなことになるとは……」

「事件があったのは何時頃ですか?」

「私がお嬢様の変わり果てた姿を発見したのは二日前の夕方頃です。離れまで夕食をお持ちしたのですが声をかけても反応がなく、内側から鍵がかけられておりました。こんなことは初めてなので、奥様と旦那様、それからつかさ様にもお知らせして、鍵を壊す許可を戴きました」

「司様?」
「日浦家の長男。遥様のお兄様です」
「それ以外に家族は?」
「いいえ。父、わたる様。母、香子様。長男、司様。長女、遥様。の四人だけです」

 そんな質問をしているうちに俺たちは小屋の前まで到着する。小屋の入り口は黄色いテープで塞がれており、制服警官が一人立たされている。だが香子が探偵を依頼したことを知っているのか、俺が中に入ろうとしても睨みつけてくるだけで何も言ってこない。

 入口の引き戸を開けると外の光を入れない為だろう、黒い遮光カーテンがかけてある。俺はカーテンをくぐって部屋の中に入る。

 そこには……

 ――蝋燭の明かりの中で、黒いパーカーを着た小学生くらいの少年が床に残る血の跡をじっと見詰めていた。

「…………誰です?」
 俺は振り返って雨宮に尋ねる。雨宮の説明では遥に弟はいない筈だ。

「え? 鏑木様のお連れの方ではないのですか? 鏑木様の助手の小林こばやし様と伺っておりますが。先生に言われて一足早く事件現場を見てこいと言われたとかなんとかで」

「…………」

 俺は小林とかいうガキに背後から近づき、首根っこを掴むとそのまま外に連れ出した。

「痛い、何をする!」
「それはこっちのセリフだ。何のつもりか知らんが仕事の邪魔だ。ガキは大人しく家でゲームでもしてろ」
「イーーだッ!」

 俺は尚も立ち去ろうとしない小林の胸の辺りを突き飛ばす。

「きゃあ!!」

「……え?」
 掌に残る、ほんのり柔らかい感触。これって……。

「貴様、よくも触ったな!」
 小林が涙目で俺をキッと睨んでいる。部屋が暗いのとショートの髪の所為で少年に見えたが、よく見ると確かに女の子だ。

「すまない、だが今のはわざとじゃなくてだな……」
「私のパイオツ揉んでおいて何もなしってことはないよな?」
「パイオツ言うな。それから揉む程ねーだろ!!」
「往生際が悪いぞ。男ならきっちり責任を取って貰おうじゃないか!!」
「……せ、責任って何だよ?」
 俺は思わずたじろいでしまう。

「私を探偵助手として雇え!」

 小林は俺にそう命じた。
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