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蝋燭小屋の密室 小林声最初の事件

第62話

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 貧乏暇なしということわざがあるが、仕事がなければ金が入らずやることもない。つまり、貧乏暇なしというのは大嘘である。

 俺が横浜の関内かんないに探偵事務所を開いて二週間。一向に依頼は舞い込んでこない。
 大学卒業後、特にこれといってやりたいこともなく、無資格で名乗れるのをいいことに見切り発車で始めた探偵稼業だったが、ドラマや小説のように上手くはいかなかった。
 このままでは誰にも気づかれずに事務所のソファの上で干乾びて死ぬ未来が待っている。

 鏑木かぶらき探偵事務所という名称を変えて、いっそのこと何でも屋とでも名乗ろうか。

 依頼人第一号が現れたのはそんなことを考えていた矢先だった。

   〇 〇 〇

 依頼人、日浦ひうら香子きょうこはソファの上で落ち着かない様子で辺りをキョロキョロ見回していた。年齢は四十代半ばくらい。セミロングの髪に白いブラウス、黒のロングスカートで全体的に上品な印象である。

「単刀直入に申し上げます。探偵さんにお願いしたいのは、密室殺人のトリックを解いて戴くことです」

「……密室殺人?」

 俺はそれを聞いて眩暈めまいがした。

 密室殺人といえば、推理小説ではお馴染みの不可能犯罪の代名詞と言っても過言ではない題材だが、そもそも俺には密室の何が面白いのかがわからない。何度も見て見飽きた手品のタネが少し違うからといって、それがどうしたという感想しか出ないのだ。
 そもそも密室状況を作ったからといって、それ程犯人にとってメリットがあるとはどうしても思えない。効果としては精々自殺の偽装を補強するくらいしかないだろう。密室殺人とは、所詮はフィクションの中でしか起こりえない犯罪なのだ。

 そのフィクションの中でしか起こりえない犯罪の調査の依頼を、俺は今実際に受けている。
 およそ現実とは思えない。きっとこれは夢か何かだろうと考えるが、丸一日何も食べていない空腹感は悲しいほどに現実だった。

「……あの、その事件は現在も警察が捜査しているんですよね?」
 俺がそう言うと、日浦香子はハンカチで目元を押さえた。

「殺されたのは娘のはるかです。警察は密室の謎が解けないからといって、事件を自殺で処理しようとしているのです。遥が自ら死を選ぶ筈がありません!」

「……そうですか」

 俺は気が進まなかった。俺は殺人事件が嫌いだ。それも密室殺人などというふざけた事件になんか関わりたくはない。しかし、折角舞い込んだ依頼だ。食っていく為には依頼を引き受けるしかない。背に腹は代えられないのだった。

「……遥さんはどういう状況で亡くなっていたのですか?」

頸動脈けいどうみゃくをハサミで切られて。辺りは血の海でした」
「……ふーむ」

 その情報だけでは自殺とも他殺とも判断がつかない。
 やはり、一度現場を見なければならないだろう。

「分かりました。それでは早速これから調査に伺いましょう」

 よりによって、最初の依頼が密室殺人とは。

 ――ついてないにも程がある。
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