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ダイイングメッセージ
第57話
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その日、鏑木探偵事務所のソファには朝から仏頂面の桶狭間警部がどっかりと腰掛けていた。
「……ですから、小林なら学校が終わるまでここへは来ませんよ。午後また出直してください」
「いいや、小林君が来るまでここで待たせて貰う」
桶狭間警部はてこでも動かないというようにソファにふんぞり返っている。
「……いやね、言いにくいんですが警部にそこにいられると迷惑なんですよ」
「何故だね? どうせ客なんて滅多に来んのだろう?」
「……相変わらず失礼ですね。その滅多に来ない依頼人が来たときに警部みたいな強面のオッサンがいたら、驚いて帰っちゃうじゃないですか。警部がそこにいると商売の邪魔なんですよ」
「……鏑木くん、君の方こそ猛烈に失礼だな。私だって君からしたら大事な客だろうに」
「俺は小林とは違うんです。俺にとって大事な客というのは殺人事件の依頼を持ち込まない客のことです。その点、毎度毎度厄介な殺人事件ばかり持ってくる警部は客としては下の下なんですよ」
「……ふん、こっちとしても君になど用はない。私が仕事を依頼したいのは小林君なのだからな」
「ふんだ。だったらご自由にどうぞ」
「…………」
――重苦しい沈黙。
鏑木探偵事務所は時計の秒針が奏でる単調なメロディーに支配される。
「……あの警部、折角来て貰ってただ待つだけというのも退屈でしょう。事件の概要だけでも先にお聞かせ願えませんか?」
俺は沈黙に耐えられず、桶狭間警部にコーヒーとカヌレを差し出して話し掛ける。
「……うむ。ま、それもそうだな」
桶狭間警部の方も気まずさに耐えかねた様子で、不承不承といった感じでコーヒーに口をつけた。
「殺されていたのは県内の学校に通う大学生、椎名竜生。一人暮らしのアパートの一室で、鉄アレイで頭を殴られて殺されていた。部屋は特に荒らされた様子もなく、犯人の指紋や遺留品も見つからなかった」
「……聞いた限り、ごく普通の殺人事件ですね。物盗りの線も薄そうですし、普通に被害者の交友関係を洗い出せば、容疑者を絞り込めそうですけど?」
「ふん、ここまではいわば前置きだ」
「前置き?」
「本題はここからという意味だ」
桶狭間警部はそこでペロリと上唇を舐める。
「椎名竜生の死体の傍らには、ダイイングメッセージが残されていたのだ」
――ダイイングメッセージ。
その言葉を聞いて、俺は気が遠くなるのを感じていた。
ダイイングメッセージといえば、確かにミステリでは定番のネタだ。過去の作品の中にもダイイングメッセージを扱った傑作は枚挙に暇がない。
だが俺が一つ言いたいのは、被害者が今際の際に残すメッセージで価値があるのは、犯人の名前以外にないということだ。これから死ぬ人間が最後の力を振り絞って残すべきは、犯人の名前以外にない。わざわざ捻りの効いた頓知を繰り出す必要などどこにもないのである。
何? それでは犯人に見つかったときに、メッセージを消されてしまうではないかって?
そんなことを心配する必要はない。残されたメッセージが直接的なヒントだろうが意味のわからない暗号だろうが、犯人がそのままにしておくわけがないではないか。
ダイイングメッセージとはどんなものであれ、犯人に見つかればかき消される運命にあるのだ。
「おい鏑木君、人の話を聞いているのかね?」
「……すみません警部、急に目眩がしたものですから。それで、現場のアパートにはどんなメッセージが残されていたのですか?」
桶狭間警部はメモ帳を破ると、それにボールペンですらすらと文字を書き込んでいく。
――そこには次のようなメッセージが書かれていた。
8÷2(2+2)=X
「……ですから、小林なら学校が終わるまでここへは来ませんよ。午後また出直してください」
「いいや、小林君が来るまでここで待たせて貰う」
桶狭間警部はてこでも動かないというようにソファにふんぞり返っている。
「……いやね、言いにくいんですが警部にそこにいられると迷惑なんですよ」
「何故だね? どうせ客なんて滅多に来んのだろう?」
「……相変わらず失礼ですね。その滅多に来ない依頼人が来たときに警部みたいな強面のオッサンがいたら、驚いて帰っちゃうじゃないですか。警部がそこにいると商売の邪魔なんですよ」
「……鏑木くん、君の方こそ猛烈に失礼だな。私だって君からしたら大事な客だろうに」
「俺は小林とは違うんです。俺にとって大事な客というのは殺人事件の依頼を持ち込まない客のことです。その点、毎度毎度厄介な殺人事件ばかり持ってくる警部は客としては下の下なんですよ」
「……ふん、こっちとしても君になど用はない。私が仕事を依頼したいのは小林君なのだからな」
「ふんだ。だったらご自由にどうぞ」
「…………」
――重苦しい沈黙。
鏑木探偵事務所は時計の秒針が奏でる単調なメロディーに支配される。
「……あの警部、折角来て貰ってただ待つだけというのも退屈でしょう。事件の概要だけでも先にお聞かせ願えませんか?」
俺は沈黙に耐えられず、桶狭間警部にコーヒーとカヌレを差し出して話し掛ける。
「……うむ。ま、それもそうだな」
桶狭間警部の方も気まずさに耐えかねた様子で、不承不承といった感じでコーヒーに口をつけた。
「殺されていたのは県内の学校に通う大学生、椎名竜生。一人暮らしのアパートの一室で、鉄アレイで頭を殴られて殺されていた。部屋は特に荒らされた様子もなく、犯人の指紋や遺留品も見つからなかった」
「……聞いた限り、ごく普通の殺人事件ですね。物盗りの線も薄そうですし、普通に被害者の交友関係を洗い出せば、容疑者を絞り込めそうですけど?」
「ふん、ここまではいわば前置きだ」
「前置き?」
「本題はここからという意味だ」
桶狭間警部はそこでペロリと上唇を舐める。
「椎名竜生の死体の傍らには、ダイイングメッセージが残されていたのだ」
――ダイイングメッセージ。
その言葉を聞いて、俺は気が遠くなるのを感じていた。
ダイイングメッセージといえば、確かにミステリでは定番のネタだ。過去の作品の中にもダイイングメッセージを扱った傑作は枚挙に暇がない。
だが俺が一つ言いたいのは、被害者が今際の際に残すメッセージで価値があるのは、犯人の名前以外にないということだ。これから死ぬ人間が最後の力を振り絞って残すべきは、犯人の名前以外にない。わざわざ捻りの効いた頓知を繰り出す必要などどこにもないのである。
何? それでは犯人に見つかったときに、メッセージを消されてしまうではないかって?
そんなことを心配する必要はない。残されたメッセージが直接的なヒントだろうが意味のわからない暗号だろうが、犯人がそのままにしておくわけがないではないか。
ダイイングメッセージとはどんなものであれ、犯人に見つかればかき消される運命にあるのだ。
「おい鏑木君、人の話を聞いているのかね?」
「……すみません警部、急に目眩がしたものですから。それで、現場のアパートにはどんなメッセージが残されていたのですか?」
桶狭間警部はメモ帳を破ると、それにボールペンですらすらと文字を書き込んでいく。
――そこには次のようなメッセージが書かれていた。
8÷2(2+2)=X
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