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本の虫

第37話

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 俺は改めて事件現場を観察する。

 殺人の舞台となった仕事場の書斎は、十畳程の広さの洋室。部屋の中にはパソコン机に椅子、歴史や民俗学の資料の詰まった書棚、窓辺にはトロフィーや盾が並んでいる。

 部屋の中で一際異彩を放っているのは、壁に掛けられた一枚の絵画である。金縁の額に入れられたその小さな絵にはトリカブトの花が描かれている。

「……何ですこの絵は?」
 俺はトリカブトの絵を指差して、この家の使用人である鴨志田かもしだ亜望つぐみに尋ねる。

「私が先生の家で働く前からずっと飾られていたようです。先生はミステリ作家ですから、面白がって飾っていたのかもしれません」

「…………」

 そうだとしても、自分の仕事場に毒の花の絵を飾る感性は俺には理解できない。ミステリ作家というのは、やはり少し変わっているのだろう。

「書棚の中には九条くじょうさんの著作はありませんね」

 九条義一郎ぎいちろうは速筆で知られる作家だ。年間、十作近いミステリ小説を世に発表している。デビュー三十年を迎えてもなお、その勢いは止まらなかった。

「先生の作品は隣の書庫に保管してあります。仕事場には極力関係ないものは置きたがらなかったんです」

 どうやら生前の被害者はかなりストイックな性格の人物だったようだ。
 その九条義一郎は床の上にうつ伏せに倒れ、背中にはナイフが突き刺さった状態で死んでいる。犯人は義一郎に背後から近づき、殺害したことになる。

「このナイフ、何か妙だな」
 小林こばやしが死体の近くに屈んで、凶器のナイフを観察している。

「ナイフの刃渡りは30センチ程だが、実際に刺さっているのは半分程度。犯人は何故こんなに大きなナイフを使ったんだ?」

「単純に手近にあったものを使ったのじゃないか?」
 桶狭間警部はそんなことかと言わんばかりに溜息を吐く。

「鴨志田さん、このナイフに見覚えは?」

「……いえ、見たことないです」

 ナイフが家の中にあった物ではないということは、犯人が用意したものだということだ。何か必要があって大きなナイフを用意したのか?

「…………」

 ――何かがおかしい。
 上手く説明できないが、一見何の変哲もないこの事件は何かが変だ。
 まるで、九条義一郎の書いたミステリ小説の世界の中に迷い込んだかのような、そんな錯覚を覚えた。

「警部、被害者の家族たちのアリバイはどうなっていますか?」
 小林が警部に言う。

「それなら本人たちから聞くのが一番いいだろう。部屋に一人ずつ待機させているから、好きなだけ話してくるといい」

 俺と小林は早速、被害者の家族から話を聞くことにする。
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