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本の虫
第35話
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――意外な犯人。
それはミステリ作家がこれまで試行錯誤を繰り返しながら挑み続けた、そしてこれからも挑み続けるであろう永遠のテーマの一つである。
幼児が犯人、動物が犯人、自然災害が犯人、探偵が犯人etc。前例を挙げればきりがないが、突飛な着想とそれを成立させるトリックの数々は称賛に値するだろう。
偉大な先人たちの手によって、既に出尽くしたとも言われる意外な犯人。
しかし、まだ誰も成しえていない意外な犯人が一人存在する。
――読者、である。
否、正確に言えば読者が犯人となる推理小説は過去に幾つか前例がある。
だが、その特殊性から真の意味で読者が犯人であると納得できる作品を俺はまだ知らない。
読者が犯人ということは、今この文章を読んでいるアナタ自身が犯人であるという意味だ。そしてアナタ自身が犯人であるということに納得しなければ決して成立しない物語だ。
如何にすれば、読者を犯人とした推理小説を成立させることが可能であるか?
〇 〇 〇
「……お前何時からミステリ作家になったんだ、鏑木?」
小林声はフォークに突き刺したザッハトルテを齧りながら、訝しそうに俺を見ている。
「違う違う、そういう依頼があったんだよ。締め切りに追われているミステリ作家から、どうすれば『読者が犯人』を成立させることができるか考えてくれって」
「……やれやれ、ものぐさなミステリ作家もいたものだな。それにこれまでに数多の先人が挑み失敗し続けた命題を、一介の私立探偵が一朝一夕で思い付くわけがないだろうが」
「そりゃまァそうなんだが、やはり無理なのか、小林?」
「『読者が犯人』を成立させるのに越えなければならない大きなハードルが二つある。まず一つ目は、読者には犯人の自覚がないということ。読者は無意識の中、自分でも気付かないうちに殺しを行っている必要がある。二つ目は、読者には機会がないということだ。読者には物語世界に干渉する術がない。読者にできるのは、ただ物語を読むという行動だけだ。この行動だけで読者は殺しを行わなければならない」
「……そう聞かされると難しそうだな」
「私に一つ考えがある。『読者が犯人』を成立させる為に考えなければならないのは、被害者の設定だ。被害者を仮にグレゴリーと名付けよう。彼を物語を読んでいるだけの読者でも殺せるくらい、ひ弱な存在に設定すればいいわけだ」
「読むだけで殺すなんて、無理だろそんなの」
「グレゴリーは目に見えないくらいの小さな虫だと設定してみてはどうだ? 叙述トリックで巧みに人と見えていたグレゴリーは、読者がめくる本のページに挟まれて、人知れず小さな染みとなって死んだ」
「……なるほど。紙の本ならまあ一応それで成立させることはできるが、電子書籍の場合はそうもいかないだろ?」
「そんなことはない、タブレットの方がもっと簡単だ。グレゴリーは読者がタブレットをタップした風圧で吹き飛ばされて死んだ」
「……だったらパソコンのモニターならどうだ?」
「グレゴリーは左クリックに圧し潰された後、スクロールホイールに巻き込まれて死んだ」
「グレゴリー、簡単に死に過ぎだろ!!」
俺は思わず叫んでいた。
「その通り。犯人が犯行を自覚せず、日常の何てことのない動作の中で殺害する。それが『読者が犯人』を成立させる条件だ」
「……うーん、でもそれってあんまり面白くないような」
「それは書き手の力量によるだろう。上手くグレゴリーの正体を読者に勘違いさせたまま感情移入させることができれば、グレゴリーを殺したのが自分だと知ったときの衝撃は計り知れない。尤も、私はテクニックで読者を騙すミステリにはあまり興味を惹かれないが」
――そのとき、扉が開く音がする。
――現れたのは神奈川県警の桶狭間警部だった。
「小林君に鏑木君、事件だ。直ちに現場まで来て欲しい」
それはミステリ作家がこれまで試行錯誤を繰り返しながら挑み続けた、そしてこれからも挑み続けるであろう永遠のテーマの一つである。
幼児が犯人、動物が犯人、自然災害が犯人、探偵が犯人etc。前例を挙げればきりがないが、突飛な着想とそれを成立させるトリックの数々は称賛に値するだろう。
偉大な先人たちの手によって、既に出尽くしたとも言われる意外な犯人。
しかし、まだ誰も成しえていない意外な犯人が一人存在する。
――読者、である。
否、正確に言えば読者が犯人となる推理小説は過去に幾つか前例がある。
だが、その特殊性から真の意味で読者が犯人であると納得できる作品を俺はまだ知らない。
読者が犯人ということは、今この文章を読んでいるアナタ自身が犯人であるという意味だ。そしてアナタ自身が犯人であるということに納得しなければ決して成立しない物語だ。
如何にすれば、読者を犯人とした推理小説を成立させることが可能であるか?
〇 〇 〇
「……お前何時からミステリ作家になったんだ、鏑木?」
小林声はフォークに突き刺したザッハトルテを齧りながら、訝しそうに俺を見ている。
「違う違う、そういう依頼があったんだよ。締め切りに追われているミステリ作家から、どうすれば『読者が犯人』を成立させることができるか考えてくれって」
「……やれやれ、ものぐさなミステリ作家もいたものだな。それにこれまでに数多の先人が挑み失敗し続けた命題を、一介の私立探偵が一朝一夕で思い付くわけがないだろうが」
「そりゃまァそうなんだが、やはり無理なのか、小林?」
「『読者が犯人』を成立させるのに越えなければならない大きなハードルが二つある。まず一つ目は、読者には犯人の自覚がないということ。読者は無意識の中、自分でも気付かないうちに殺しを行っている必要がある。二つ目は、読者には機会がないということだ。読者には物語世界に干渉する術がない。読者にできるのは、ただ物語を読むという行動だけだ。この行動だけで読者は殺しを行わなければならない」
「……そう聞かされると難しそうだな」
「私に一つ考えがある。『読者が犯人』を成立させる為に考えなければならないのは、被害者の設定だ。被害者を仮にグレゴリーと名付けよう。彼を物語を読んでいるだけの読者でも殺せるくらい、ひ弱な存在に設定すればいいわけだ」
「読むだけで殺すなんて、無理だろそんなの」
「グレゴリーは目に見えないくらいの小さな虫だと設定してみてはどうだ? 叙述トリックで巧みに人と見えていたグレゴリーは、読者がめくる本のページに挟まれて、人知れず小さな染みとなって死んだ」
「……なるほど。紙の本ならまあ一応それで成立させることはできるが、電子書籍の場合はそうもいかないだろ?」
「そんなことはない、タブレットの方がもっと簡単だ。グレゴリーは読者がタブレットをタップした風圧で吹き飛ばされて死んだ」
「……だったらパソコンのモニターならどうだ?」
「グレゴリーは左クリックに圧し潰された後、スクロールホイールに巻き込まれて死んだ」
「グレゴリー、簡単に死に過ぎだろ!!」
俺は思わず叫んでいた。
「その通り。犯人が犯行を自覚せず、日常の何てことのない動作の中で殺害する。それが『読者が犯人』を成立させる条件だ」
「……うーん、でもそれってあんまり面白くないような」
「それは書き手の力量によるだろう。上手くグレゴリーの正体を読者に勘違いさせたまま感情移入させることができれば、グレゴリーを殺したのが自分だと知ったときの衝撃は計り知れない。尤も、私はテクニックで読者を騙すミステリにはあまり興味を惹かれないが」
――そのとき、扉が開く音がする。
――現れたのは神奈川県警の桶狭間警部だった。
「小林君に鏑木君、事件だ。直ちに現場まで来て欲しい」
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