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蝙蝠

第44話

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 空き巣の容疑で逮捕されたのは沼田ぬまた栄作えいさく、四十二歳。
 事件現場の103号室の隣室の102号室を物色していたらしい。その途中、隣の部屋から何かが割れる大きな音がして、慌てて外へ逃げ出したという。

「嘘を吐け! お前が103号室で鳴海なるみ愛莉あいりを殺害したんだろう? そうなんだな?」
 取調室で、桜川さくらがわが机を叩いて沼田に凄んでみせる。

「……うるせーなァ。そんな大声出されても知らねーもんは知らねーよ」

「…………」

 桶狭間おけはざま仲村なかむらは取り調べの様子をマジックミラー越しにじっと観察している。

「お前がコーポ東風はるかぜから慌てて飛び出すところを見たという証人が何人もいる。年貢の納めどきだぞ、コラ!」

「あのな、隣から大きな音がしたら、そりゃ驚いて逃げるだろうがよ。こっちは心にやましいところしかないんだから。正直、ビビッてわけもわからず逃げ出したってのが本音だよ」

「……あくまでお前は鳴海愛莉を殺していないと言うんだな?」

「ああ、そうだ」

「お前は103号室に入っていないと、そう言うんだな?」

「さっきから何度もそう言っている」

「……そうか」
 桜川は溜息を吐き、諦めた様子で取調室を後にしようとする。

「……ってそんな話を信じるとでも思ってんのか、この野郎!!」

 次の瞬間、桜川が沼田に向かって飛び掛かる。

「やめろ桜川!!」
 様子を見ていた桶狭間が慌てて取調室に入り、興奮した桜川を沼田から引き剝がす。

「警部、放してください! こいつが、こいつがやったに決まっている!」

「……くそッ、俺は盗みはするが殺しはやってねェ! 大体ベランダの窓から覗いたとき、あの部屋に蝙蝠こうもりがいるのが見えた。あんな気味の悪いものがいる部屋、誰が入るか!」

「……蝙蝠?」

「知らねーよ、ペットか何かのつもりなんじゃねェのか? そんなことより弁護士を呼んでくれ! じゃなきゃこれ以上あんたらと話すことはねェ!!」

     〇 〇 〇

 取調べを終えた後、桶狭間は桜川と仲村をガード下のおでんの屋台に連れて飲んでいた。

「お前たち、沼田の話を聞いてどう思った?」

「でまかせに決まっています。絶対あいつがやったんだ」
 桜川が熱燗あつかんをあおりながら愚痴っぽく呟いた。

「そう言うからには桜川、何か確証はあるのか?」

「……勝手に人の家に上がり込んでものを盗るような奴の言うことが信用できますか」

「仲村、お前はどう思う?」

「……正直わかりません。沼田がホシじゃないとすれば、怪しいのは鳴海愛梨の元恋人の相馬そうま冬樹ふゆきですが」

「相馬には103号室で物音がした14時30分のアリバイがある。その時間、現場近くのパチンコ屋で顔馴染みの客から目撃されている。とは言っても、現場とパチンコ屋は500メートル以内の距離にあるから、何らかの方法で鳴海を殺害することは可能かもしれないがな」

「……沼田の証言で一つ気になっているのですが、蝙蝠って何のことでしょう?」
 仲村は困ったような顔で桶狭間に尋ねる。

 そうなのだ。
 桶狭間もそれが気になっていた。
 鳴海愛梨の部屋にはペットを飼う為のゲージや、エサなどもなかった。鳴海が蝙蝠を飼っていたとは思えない。

「デタラメ言ってんだよ、どーせ」

「でも何の為にそんなデタラメを言う必要があるんだ?」

「……そりゃ、捜査の攪乱かくらんとか、そういうのだろ」

「それはむしろ逆効果だな。そんな突拍子もないことを言って、信用されなければ余計に自分に疑いが向くことになる。沼田がそんな嘘を言う意味がない」

「うむ、仲村の言うとおりだな。沼田の言う蝙蝠には何らかの意味があるように思えてならない。もう一度現場を洗い直すぞ」

「「はッ!!」」

 桶狭間は熱々の餅巾着もちきんちゃくに齧り付きながら、小林こばやしこえのことを考えていた。
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