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死体パズル
第25話
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「私がまず妙だと感じたのは寒川さんと白雪さん、二人の死亡推定時刻です」
小林がおもむろに自身の推理を語り始める。
「司法解剖でわかった寒川さんの死亡推定時刻は17時から20時。白雪さんの死亡推定時刻は19時から22時。実際には寒川さんは19時まで生存が確認されているので、先に姿を消した白雪さんより、寒川さんの方が先に殺されていることになります」
「……確かに少々意外ではあるが、そこは動かしようのない事実だろ」
俺は至極当たり前のことを言う。
容疑者のアリバイを崩そうにも、司法解剖が間違ってでもいない限り、そこだけはどうしようもない。
「それはどうかな? 死亡推定時刻は動かせなくても、前提条件を動かしてしまえば、こんなアリバイなど砂上の楼閣に等しい」
「前提条件を動かす?」
俺には小林の言っている意味が理解できない。
「売野さんは最初から間違えていたのですよ。貴方が寒川さんだと認識していた人物が白雪さん。白雪さんだと認識していた人物が寒川さんだったのです」
「……はあああああああああァ!?」
よほど意味不明だったのだろう。
売野は素っ頓狂な声を上げる。俺も全く同じ気持ちだった。
「いや、待て待て、寒川と白雪があべこべって、そりゃどういう理屈だよ?」
「考えられるのは、二人がトランスジェンダーだった可能性です。二人は自身に割り振られた性別に違和感を持っているという同じ悩みを抱えていた。そしてあるとき、二人はお互いに成り代わった」
「……いやいやいや、幾ら何でも無茶だろそれ」
「そうですか? 地方から上京してきた彼らの過去を知っている者は東京の大学には一人もいないわけですから、貴方がたを騙すくらいそう難しいことでもないでしょう」
小林は事も無げに言う。
「三人全員にアリバイがあるのは、寒川さんが19時の時点まで生きていたと誤認していたからです。しかし、寒川さんだと思っていた人物が実は白雪さんだったらどうでしょう? 本物の寒川さんは17時から18時の間に殺されていた。となれば一名、アリバイのない人物が浮かび上がるではありませんか」
――17時から18時、寒川(白雪と認識されていた)と一緒にいた苺谷灯。
「いやいや、寒川殺しは苺谷が犯人でいいとしても、白雪殺しはどうなる? こっちにも全員のアリバイがあるぜ」
「そんなの簡単です。先に殺害した寒川さんの死体に罠を仕掛けておけばいい。たとえば、死体に触れることで毒ガスが出るような仕掛けを施しておけば、寒川さんの死体を発見した白雪さんを高確率で殺すことができたでしょう。あとは日付が変わるまで売野さんらと一緒にいることで、アリバイを盤石なものにしておく。頃合いを見計らって薬で二人を眠らせた後、苺谷さんは森の中でゆっくり死体を解体したのです」
「……死体をバラバラにしたのは何故だ?」
「死体を貴方と松岡さんに見られたときの為の保険でしょう。もし死体に顔が付いたままだったら、死体の性別から貴方がたの認識のズレに簡単に気付かれてしまいます。手足を切り落としたのも、死体の身長差から違和感を悟らせない為です。ちなみに死体の服を脱がせていたのは、服装と身体の性別のちぐはぐさから警察が二人の成り代わりに気付く可能性を排除する為」
「……そんな。じゃあ俺たちと警察の会話は最初から嚙み合ってなかったということか?」
「そうなりますね。警察は生きていた頃の寒川さんと白雪さんの人となりを知りません。警察が知っているのは最早物言わぬ躯となった二人だけですから、それも仕方のないことでしょう」
「……幾らだ?」
売野は血走った目で小林をじっと見ている。
「幾らとは?」
「謎を解いた報酬だ。幾ら払えばいい?」
「……そうですね。今回はお話を伺って、そこから推理を発展させただけですので五千円といったところでしょうか」
「……釣りはいらねェ」
売野はテーブルに一万円札を置くと、そそくさと事務所を出て行った。
小林がおもむろに自身の推理を語り始める。
「司法解剖でわかった寒川さんの死亡推定時刻は17時から20時。白雪さんの死亡推定時刻は19時から22時。実際には寒川さんは19時まで生存が確認されているので、先に姿を消した白雪さんより、寒川さんの方が先に殺されていることになります」
「……確かに少々意外ではあるが、そこは動かしようのない事実だろ」
俺は至極当たり前のことを言う。
容疑者のアリバイを崩そうにも、司法解剖が間違ってでもいない限り、そこだけはどうしようもない。
「それはどうかな? 死亡推定時刻は動かせなくても、前提条件を動かしてしまえば、こんなアリバイなど砂上の楼閣に等しい」
「前提条件を動かす?」
俺には小林の言っている意味が理解できない。
「売野さんは最初から間違えていたのですよ。貴方が寒川さんだと認識していた人物が白雪さん。白雪さんだと認識していた人物が寒川さんだったのです」
「……はあああああああああァ!?」
よほど意味不明だったのだろう。
売野は素っ頓狂な声を上げる。俺も全く同じ気持ちだった。
「いや、待て待て、寒川と白雪があべこべって、そりゃどういう理屈だよ?」
「考えられるのは、二人がトランスジェンダーだった可能性です。二人は自身に割り振られた性別に違和感を持っているという同じ悩みを抱えていた。そしてあるとき、二人はお互いに成り代わった」
「……いやいやいや、幾ら何でも無茶だろそれ」
「そうですか? 地方から上京してきた彼らの過去を知っている者は東京の大学には一人もいないわけですから、貴方がたを騙すくらいそう難しいことでもないでしょう」
小林は事も無げに言う。
「三人全員にアリバイがあるのは、寒川さんが19時の時点まで生きていたと誤認していたからです。しかし、寒川さんだと思っていた人物が実は白雪さんだったらどうでしょう? 本物の寒川さんは17時から18時の間に殺されていた。となれば一名、アリバイのない人物が浮かび上がるではありませんか」
――17時から18時、寒川(白雪と認識されていた)と一緒にいた苺谷灯。
「いやいや、寒川殺しは苺谷が犯人でいいとしても、白雪殺しはどうなる? こっちにも全員のアリバイがあるぜ」
「そんなの簡単です。先に殺害した寒川さんの死体に罠を仕掛けておけばいい。たとえば、死体に触れることで毒ガスが出るような仕掛けを施しておけば、寒川さんの死体を発見した白雪さんを高確率で殺すことができたでしょう。あとは日付が変わるまで売野さんらと一緒にいることで、アリバイを盤石なものにしておく。頃合いを見計らって薬で二人を眠らせた後、苺谷さんは森の中でゆっくり死体を解体したのです」
「……死体をバラバラにしたのは何故だ?」
「死体を貴方と松岡さんに見られたときの為の保険でしょう。もし死体に顔が付いたままだったら、死体の性別から貴方がたの認識のズレに簡単に気付かれてしまいます。手足を切り落としたのも、死体の身長差から違和感を悟らせない為です。ちなみに死体の服を脱がせていたのは、服装と身体の性別のちぐはぐさから警察が二人の成り代わりに気付く可能性を排除する為」
「……そんな。じゃあ俺たちと警察の会話は最初から嚙み合ってなかったということか?」
「そうなりますね。警察は生きていた頃の寒川さんと白雪さんの人となりを知りません。警察が知っているのは最早物言わぬ躯となった二人だけですから、それも仕方のないことでしょう」
「……幾らだ?」
売野は血走った目で小林をじっと見ている。
「幾らとは?」
「謎を解いた報酬だ。幾ら払えばいい?」
「……そうですね。今回はお話を伺って、そこから推理を発展させただけですので五千円といったところでしょうか」
「……釣りはいらねェ」
売野はテーブルに一万円札を置くと、そそくさと事務所を出て行った。
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