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凄惨(仮)
第11話
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「まず、犯人は麻衣さんの料理が不味いこと、そして黒田さんがそのことで悩んでいたことを知っていました」
小林は自身の推理を静かに語り始めた。
綾部邸の食堂には俺と小林の他、桶狭間警部と綾部姉弟の五人が座っている。
「そして悩みを相談された犯人は、黒田さんの味覚そのものを変えてしまうことを思いついたのです」
「なッ!?」
桶狭間警部は椅子から転げ落ちそうになりながら叫んだ。
「そんなことが本当に可能なのかね?」
「簡単なことです。ミラクルフルーツという果実をご存知ありませんか? この果実に含まれるミラクリンという分子には舌の味蕾に結合し、苦味や酸味のある食べ物を甘く感じさせる働きがあります。味覚の変調は約二時間続くとされます。そのことを黒田さんに教えてやれば、婚約者の料理の味に悩む彼なら藁にも縋る気持ちでこの方法を試そうとするでしょう。黒田さんが麻衣さんに会う前にバーガーファームに寄ったのは、このミラクルフルーツを試す為だった」
――つまり、犯人は綾部心。
「犯人は黒田さんが麻衣さんの料理の味に悩んでいることを利用して、まんまと青酸カリの苦味を誤魔化すことに成功したのです」
「待てよ小林、確かにその方法を使えば黒田さんに青酸カリ入りのアイスコーヒーを飲ませることは可能だったのかもしれない。しかし、もし心君が犯人ならどうやってコーヒーに青酸カリを入れたというんだ?」
そう。犯人が心だった場合、毒を氷に閉じ込めておくトリックは使えない。それどころか監視カメラの映像により、心には犯行が不可能であることが保障されているのではなかったか?
「監視カメラについては幸運でした」
小林は何かに納得するように、一人で頷いている。
「勿論、犯人としてはカメラの存在を計算しての犯行だったのでしょうが、それでも我々はツイていたと言うべきでしょう」
「小林君、それは一体どういう意味だね?」
桶狭間警部の言葉尻は俄かに緊張の色合いを帯びていた。
「警部の方こそ何を言っているのです? 犯人が青酸カリを入れた瞬間なら、監視カメラがばっちり捕らえているではありませんか」
「青酸カリを入れた瞬間が監視カメラに映っているだと!」
「ふざけるなよ小林。それなら警察だって事件解決に苦労はしないだろ」
これには流石に俺も声を荒げずにはいられなかった。
「そう、何も難しく考えることはなかったのですよ。犯人は最初から体内に毒を隠していた。ちょうど毒蜂がそうであるように」
毒蜂。
犯人が毒針を刺すチャンス。
「一度だけあったではありませんか。犯人が容器に毒を入れる決定的なチャンスが」
――嗚呼。
――それはあのときあのとき以外に考えられない。
「桶狭間警部の話では、心さんはバーガーファームに着いたとき、黒田さんのアイスコーヒーを一口飲んでいたそうですね? 否。心さんはあのとき、アイスコーヒーを飲んでなどいなかった。口の中に仕込んでおいた青酸カリをストローから吐き出していたのです」
「んな馬鹿な!」
「手順はこうです。予め青酸カリの入ったカプセルか何かを口の中に入れておきます。次に一度ストローからコーヒーを吸い出し、口の中でカプセルを開ける。最後にストローの中に青酸カリを吐き出せば、毒入りコーヒーの完成です。青酸カリは口の中に含んでも、吐き出してさえしまえば中毒死することはありません」
そう説明されても、俺には到底信じられそうになかった。
「証拠はあるんですか?」
そう言ったのは部屋の隅で小さくなっていた麻衣だった。
もし小林の言うことが真実なら、それは彼女にとって最も不幸な結末と言えた。
「勿論。証拠なら心さん自身がそうですよ。彼の身体を調べれば、微量の青酸カリが出てくる筈です。事件後の彼の体調不良はその為でしょう。微量の青酸カリを取り込むことで吐き気や眩暈を訴えたとしても、事件によるパニックだと説明すれば疑う者はいないでしょうしね」
その場にいた全員の視線が一斉に心に注がれる。
「……ちェ、上手くいくと思ったのにな」
綾部心は天を仰いで、悪戯っぽく呟いた。
小林は自身の推理を静かに語り始めた。
綾部邸の食堂には俺と小林の他、桶狭間警部と綾部姉弟の五人が座っている。
「そして悩みを相談された犯人は、黒田さんの味覚そのものを変えてしまうことを思いついたのです」
「なッ!?」
桶狭間警部は椅子から転げ落ちそうになりながら叫んだ。
「そんなことが本当に可能なのかね?」
「簡単なことです。ミラクルフルーツという果実をご存知ありませんか? この果実に含まれるミラクリンという分子には舌の味蕾に結合し、苦味や酸味のある食べ物を甘く感じさせる働きがあります。味覚の変調は約二時間続くとされます。そのことを黒田さんに教えてやれば、婚約者の料理の味に悩む彼なら藁にも縋る気持ちでこの方法を試そうとするでしょう。黒田さんが麻衣さんに会う前にバーガーファームに寄ったのは、このミラクルフルーツを試す為だった」
――つまり、犯人は綾部心。
「犯人は黒田さんが麻衣さんの料理の味に悩んでいることを利用して、まんまと青酸カリの苦味を誤魔化すことに成功したのです」
「待てよ小林、確かにその方法を使えば黒田さんに青酸カリ入りのアイスコーヒーを飲ませることは可能だったのかもしれない。しかし、もし心君が犯人ならどうやってコーヒーに青酸カリを入れたというんだ?」
そう。犯人が心だった場合、毒を氷に閉じ込めておくトリックは使えない。それどころか監視カメラの映像により、心には犯行が不可能であることが保障されているのではなかったか?
「監視カメラについては幸運でした」
小林は何かに納得するように、一人で頷いている。
「勿論、犯人としてはカメラの存在を計算しての犯行だったのでしょうが、それでも我々はツイていたと言うべきでしょう」
「小林君、それは一体どういう意味だね?」
桶狭間警部の言葉尻は俄かに緊張の色合いを帯びていた。
「警部の方こそ何を言っているのです? 犯人が青酸カリを入れた瞬間なら、監視カメラがばっちり捕らえているではありませんか」
「青酸カリを入れた瞬間が監視カメラに映っているだと!」
「ふざけるなよ小林。それなら警察だって事件解決に苦労はしないだろ」
これには流石に俺も声を荒げずにはいられなかった。
「そう、何も難しく考えることはなかったのですよ。犯人は最初から体内に毒を隠していた。ちょうど毒蜂がそうであるように」
毒蜂。
犯人が毒針を刺すチャンス。
「一度だけあったではありませんか。犯人が容器に毒を入れる決定的なチャンスが」
――嗚呼。
――それはあのときあのとき以外に考えられない。
「桶狭間警部の話では、心さんはバーガーファームに着いたとき、黒田さんのアイスコーヒーを一口飲んでいたそうですね? 否。心さんはあのとき、アイスコーヒーを飲んでなどいなかった。口の中に仕込んでおいた青酸カリをストローから吐き出していたのです」
「んな馬鹿な!」
「手順はこうです。予め青酸カリの入ったカプセルか何かを口の中に入れておきます。次に一度ストローからコーヒーを吸い出し、口の中でカプセルを開ける。最後にストローの中に青酸カリを吐き出せば、毒入りコーヒーの完成です。青酸カリは口の中に含んでも、吐き出してさえしまえば中毒死することはありません」
そう説明されても、俺には到底信じられそうになかった。
「証拠はあるんですか?」
そう言ったのは部屋の隅で小さくなっていた麻衣だった。
もし小林の言うことが真実なら、それは彼女にとって最も不幸な結末と言えた。
「勿論。証拠なら心さん自身がそうですよ。彼の身体を調べれば、微量の青酸カリが出てくる筈です。事件後の彼の体調不良はその為でしょう。微量の青酸カリを取り込むことで吐き気や眩暈を訴えたとしても、事件によるパニックだと説明すれば疑う者はいないでしょうしね」
その場にいた全員の視線が一斉に心に注がれる。
「……ちェ、上手くいくと思ったのにな」
綾部心は天を仰いで、悪戯っぽく呟いた。
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