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BONUS STAGE
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「どういうことか説明してください!」
わたしはパニックに陥りかけていた。
何が起きているのか分からない。
しかし、わたしの想像を遥かに超える『何か』が起きている。
「いいでしょう。それにはまず、嵐山センセの勘違いを正すことから始めなければなりません」
「勘違い?」
何のことだ?
「センセが今いるここはB館ではありません。センセはA館を出た後、ぐるりと回って元の場所、A館に戻って来ていたんです」
「そんな馬鹿な!」
わたしは走って斧の突き刺さった玄関まで戻り、ホールを抜けて浴室へと向かう。浴室には鍵が掛かっていて中に入れない。わたしは扉に向かって体当たりをする。三度目でドアが破壊されて中に入る。
そこには、わたしが刺殺した被害者のアバターが倒れていた。
「嘘だ、そんな筈がない!」
わたしはモニターの中の現実を受け入れられない。
一体何が起きている?
「わたしは地雷原を迂回する為、A館から南に向かい、次に東、そして最後に北へ向かった。それなのに、何故元いた場所に戻っているんです?」
「まだ気付きませんか? ある特定の条件を満たした場合のみ、センセが北へ向かえばどこにいても必ずA館に戻って来てしまうからくりがあるんです」
馬場は笑いを堪えながら言う。
「A館は北極点の上にあった」
――北極点?
「何だそりゃ!」
わたしは絶叫する。
「現実ではコンパスの針が指す方向は北極点からかなりズレているのですが、このゲームではコンパスは正確に北を指す仕様になっています」
「そんなの詐欺だ! ここが北極というなら摂氏20度の気温になるのはおかしいじゃないか!」
「いやァ、それは最初に説明したじゃないですか。この仮想空間はあくまで地球と似た星であって、地球ではないと。ですから北極が暖かくてもおかしなことはありません」
「ペテンだ! インチキだ!」
「それを言ったらセンセの小説はみんなインチキですよ」
馬場にそう言われて、悔しいことにわたしは何も言い返せなかった。
思い返せば玄関に突き立てられた斧は、A館をB館だと思い込ませる為の罠。
血の足跡は真っすぐわたしを書斎に誘導して、他の部屋を調べさせない為の罠だ。
「でもそれだと、わたしが地雷原に踏み入ることになるじゃないですか。地雷を踏んだら流石にわたしでも妙だと気付きますよ」
「別にそれはそれで構わないんですよ。センセが館に着く前に死亡すれば、その時点でもう僕の負けはなくなるわけですから。僕がA館で偽の密室を作るのは、センセがA館に戻って来たのを確認してからでも間に合います。むしろ僕が危惧したのは、センセが真っすぐB館へ向かった場合です。何せ北極点からはどの方向に進んでも南ですから、運次第でB館に辿り着くことは可能だったわけです」
――全ては馬場の掌の上だった。
そうとも知らず、わたしは自らの密室トリックを得意になってペラペラ喋ってしまった。
「それでわたしは何時までに原稿を仕上げればいいんです?」
わたしは馬場に敗北したことで、少々投げやりな気持ちになっていた。
「出来れば来週までにお願いします」
「それはまた、随分急ですね」
「いやまァ、嵐山センセにお願いするのは今回の対決の文字起こしですので」
「……文字起こし?」
「僕たちの対決の様子はライブで動画配信されています。それを小説の形にまとめるのがセンセの仕事ということになります。今回の企画はあくまで『本格ミステリーツクール』のテストプレイですので、ゲームの宣伝になるようなものをお願いしますよ」
自分が負けたゲームを小説にするのか。
何たる屈辱。
「ところで、馬場さんはB館にどんな密室トリックを用意してたのですか?」
すると馬場は声を立てて愉快そうに笑った。
「それは勿論、企業秘密です」
【了】
わたしはパニックに陥りかけていた。
何が起きているのか分からない。
しかし、わたしの想像を遥かに超える『何か』が起きている。
「いいでしょう。それにはまず、嵐山センセの勘違いを正すことから始めなければなりません」
「勘違い?」
何のことだ?
「センセが今いるここはB館ではありません。センセはA館を出た後、ぐるりと回って元の場所、A館に戻って来ていたんです」
「そんな馬鹿な!」
わたしは走って斧の突き刺さった玄関まで戻り、ホールを抜けて浴室へと向かう。浴室には鍵が掛かっていて中に入れない。わたしは扉に向かって体当たりをする。三度目でドアが破壊されて中に入る。
そこには、わたしが刺殺した被害者のアバターが倒れていた。
「嘘だ、そんな筈がない!」
わたしはモニターの中の現実を受け入れられない。
一体何が起きている?
「わたしは地雷原を迂回する為、A館から南に向かい、次に東、そして最後に北へ向かった。それなのに、何故元いた場所に戻っているんです?」
「まだ気付きませんか? ある特定の条件を満たした場合のみ、センセが北へ向かえばどこにいても必ずA館に戻って来てしまうからくりがあるんです」
馬場は笑いを堪えながら言う。
「A館は北極点の上にあった」
――北極点?
「何だそりゃ!」
わたしは絶叫する。
「現実ではコンパスの針が指す方向は北極点からかなりズレているのですが、このゲームではコンパスは正確に北を指す仕様になっています」
「そんなの詐欺だ! ここが北極というなら摂氏20度の気温になるのはおかしいじゃないか!」
「いやァ、それは最初に説明したじゃないですか。この仮想空間はあくまで地球と似た星であって、地球ではないと。ですから北極が暖かくてもおかしなことはありません」
「ペテンだ! インチキだ!」
「それを言ったらセンセの小説はみんなインチキですよ」
馬場にそう言われて、悔しいことにわたしは何も言い返せなかった。
思い返せば玄関に突き立てられた斧は、A館をB館だと思い込ませる為の罠。
血の足跡は真っすぐわたしを書斎に誘導して、他の部屋を調べさせない為の罠だ。
「でもそれだと、わたしが地雷原に踏み入ることになるじゃないですか。地雷を踏んだら流石にわたしでも妙だと気付きますよ」
「別にそれはそれで構わないんですよ。センセが館に着く前に死亡すれば、その時点でもう僕の負けはなくなるわけですから。僕がA館で偽の密室を作るのは、センセがA館に戻って来たのを確認してからでも間に合います。むしろ僕が危惧したのは、センセが真っすぐB館へ向かった場合です。何せ北極点からはどの方向に進んでも南ですから、運次第でB館に辿り着くことは可能だったわけです」
――全ては馬場の掌の上だった。
そうとも知らず、わたしは自らの密室トリックを得意になってペラペラ喋ってしまった。
「それでわたしは何時までに原稿を仕上げればいいんです?」
わたしは馬場に敗北したことで、少々投げやりな気持ちになっていた。
「出来れば来週までにお願いします」
「それはまた、随分急ですね」
「いやまァ、嵐山センセにお願いするのは今回の対決の文字起こしですので」
「……文字起こし?」
「僕たちの対決の様子はライブで動画配信されています。それを小説の形にまとめるのがセンセの仕事ということになります。今回の企画はあくまで『本格ミステリーツクール』のテストプレイですので、ゲームの宣伝になるようなものをお願いしますよ」
自分が負けたゲームを小説にするのか。
何たる屈辱。
「ところで、馬場さんはB館にどんな密室トリックを用意してたのですか?」
すると馬場は声を立てて愉快そうに笑った。
「それは勿論、企業秘密です」
【了】
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